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未来の食糧問題に立ち向かう「スピードブリーディング」の可能性

ニューヨークタイムズ 世界の話題
A farmer harvests wheat crop on a field in the El-Menoufia governorate, north of Cairo, Egypt  May 1, 2019. REUTERS/Mohamed Abd El Ghany
エジプト・ミヌフィーヤ県の農場で収穫される小麦(写真は記事と関係ありません)=2019年5月1日、ロイター

農業者と作物の品種改良を担う育種業者は、時間との戦いに挑んでいる。世界の人口が急速に増え、より大量の食糧が必要になっているのだ。だが、耕作できる土地は限られている。気温の上昇は地域によっては成長時期を長引かせているが、他の地域では干ばつや害虫被害をもたらしてもいる。

「私たちは、世界を養うという意味でとてつもない戦いに挑んでいる」。オーストラリアにあるクイーンズランド大学の植物遺伝学者リー・ヒッキーは語った。「統計を見れば分かるが、世界の人口は2050年までに約100億人になろうとしている。すべてを養うには、今より60%から80%も多い食糧が必要になる。急速に品種改良が進んでいるが、作物に影響を及ぼす気候変動や病害に直面している。これはかつてないほど大きな挑戦でもある」と。

とはいえ、育種のプロセスはゆっくりだ。新しい品種――収穫量がより多く、栄養価もより高く、干ばつや病気にも強い――を開発するには、伝統的な改良技術を使って10年、あるいはそれ以上の年月がかかる。そこで、育種業者はそのペースを上げようとしている。

ヒッキーのチームは、光と温度をきっちり管理して植物成長を促す「スピードブリーディング(速成育種)」に取り組んでいる。この技法を使えば、育種研究者は種を早く収穫でき、次世代の農作物を育成し始めることができる。

チームが使っている技術は、NASA(米航空宇宙局)が宇宙ステーションで実験している作物育成に着想を得た。青と赤のLED(発光ダイオード)ライトを1日22時間照射し、気温をカ氏62度(セ氏約16・7度)からカ氏72度(セ氏約22・2度)に保って開花を早めるという方法だ。ヒッキーらは18年11月の英科学誌「ネイチャー(訳注=Nature Protocols)」に発表した論文の中で、小麦、大麦、ひよこ豆、キャノーラ(訳注=遺伝子工学でつくられたセイヨウアブラナの品種)の成長を1年間に6世代まで促進させることができた、と明らかにした。伝統的な方法では、せいぜい1世代か2世代しか収穫できない。

ヒッキーと彼のチームは19年6月17日の学術誌「ネイチャーバイオテクノロジー」で、作物の安全性向上に役立つような他の技術と同時に、スピードブリーディングの潜在力に焦点を当てた論文を出した。この研究者たちによると、新しい農作物の供給体制を作り出すには、スピードブリーディングとゲノム編集といった最先端技術を組み合わせるのが最良の方法だとしている。

「この中で私たちが本当に語ろうとしているのは、植物工場を巨大な規模で造っていくことだ」とヒッキーは言った。

作物研究の新時代が到来した、と言明するのは米カリフォルニア大学デービス校育種センター所長のチャーリー・ブラマー。ブラマーは上記の研究には携わっていない。育種家と育種企業は常に新種作物の開発にかける時間の短縮に取り組んできたが、彼はスピードブリーディングのような新しい技術を利用すれば「これまでよりずっとうまく開発することができる」と言った。

今から150年前、植物学者は炭素アーク灯という人工的な光を当てて植物の成長促進に着手した。それからというもの、LED技術が進んで照射の精度が大幅に改善され、科学者たちはそれぞれの作物種に応じて個別に照射することができるようになった。

また、研究者たちは開花時期を最適化し、温暖化にもっと耐えられる食用植物を作ろうと、新たな遺伝学的技術を取り入れてきた。昔ながらの異種交配や品種改良技術と違って、CRISPR(訳注=ゲノム編集技術。遺伝物質を特定し、削除、置換できる。Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsの略)といった最新の技術を使って、病気にかかりやすそうな遺伝子が載ったDNAを狙った場所で削除できるようになった。ヒッキーと彼のチームは、大麦とソルガムの苗にCRISPRの仕組みを直接組み込み、その遺伝子を改変すると同時にスピードブリーディングができるように取り組んでいる。

しかし、いくつかの作物に関しては、言うほど簡単なことではない。

ジャガイモ、それにアルファルファ(訳注=ムラサキウマゴヤシ。マメ科の多年草)といった数種の作物は、染色体数が4倍体だ(ヒトやほとんどの動物の染色体は2倍体で、父親と母親の染色体を一つずつ1対持っている)。育種家は生産量を減らす1個の遺伝子を切り取ってしまいたいと考えてみても、その遺伝子のコピーが他の染色体に三つあるかもしれない。

Potatoes are seen inside a planter on a field outside Vaudoy-en-Brie, near Paris, France April 23, 2018. REUTERS/Christian Hartmann
パリ近郊の農場。ジャガイモの植え付け作業が行われいた(写真は記事と関係ありません)=2018年4月23日、ロイター

この独特な遺伝子パターンが意味することは、ジャガイモは一般的に実をつけないということだ。ジャガイモは地下茎の一部が膨らんだイモ(塊茎)を収穫し、塊茎を種イモにして繁殖させなければならない。ドイツ・デュッセルドルフにあるハインリヒ・ハイネ大学の植物遺伝学者ベンヤミン・シュティッヒの話だと、スピードブリーディングとゲノム編集にできることは、せいぜい増殖の速度を上げることくらいだ、という。

シュティッヒと彼のチームは、望ましい遺伝形質をもったジャガイモの塊茎を優先的に見分けるために「ゲノム予測」と呼ばれる技術を開発している。開発研究者たちは最初にさまざまな遺伝子がいかに成長と生産量に影響しているのか、分かる限りの情報を手に入れる。それから、そのデータをコンピューターモデルにインプットし、どの植物(ジャガイモ)が畑で育てるうえでベストの遺伝子と生産量の組み合わせを持っているのかの予測を立てる。

「今では、我々は高い信頼度で、多くの遺伝形質を同時に予測できる」とシュティッヒ。チームはこの技術を使ってジャガイモの塊茎が胴枯れ病に感染しやすくなることを正確に予測した。同時に、塊茎に含まれるでんぷん量や生産量、収穫の最適期も予測できるようになった。

より安価で、より強力な技術によって、世界の農作物をさらに発展させる道が開かれている。オーストラリアのヒッキーのチームは、NPO「国際半乾燥熱帯作物研究所」と協力し、慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」からの資金を得て、向こう数年間、インドやジンバブエ、マリで育種家を養成する計画を立てている。

ヒッキーは「開発途上国の農民の利益になる。それを確認することが重要だ」と言った。スピードブリーディングのほとんどは、最小限の技能があれば設置できる。電気、その他のインフラが不足している国では、ソーラーパネルを使って安価なLEDにつなげれば可能になる。スピードブリーディングはゲノム編集やゲノム予測と組み合わせることもできる。

「一つの技術だけでは問題を解決することにつながらない。我々は、倉庫にあるすべての道具を必要としているのだ」。ヒッキーはそう語った。(抄訳)

(Knvul Sheikh)©2019 The New York Times

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