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遺伝子を人工的につくる 大胆すぎる未来図を描く研究者たち

World Now
ハーバード大学教授の遺伝学者、ジョージ・チャーチ氏=田中郁也撮影
ハーバード大学教授の遺伝学者、ジョージ・チャーチ氏=田中郁也撮影

■新手法、次々と

米国・ボストンのウォーターフロント。世界貿易センターの講堂に、ブロード研究所の若手研究者、フェン・チャンが姿をみせると、満席の会場から拍手がおきた。

「ここ数年で、新しい手法が次々に生み出され、本当にいい循環ができているんだ」。どの分野の実用化が早そう?デザイナーベビーは本当にできる?最近のスタートアップは何が目的?司会者の質問に、丸顔の童顔に人懐こそうな笑みをうかべながら、答えていく。

6月上旬に開かれたトークセッション「クリスパー科学者との対話」の目玉として登場したチャンは、ゲノム編集技術クリスパー・キャス9の開発で知られる若手のひとりだ。

20126月、ジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエの2人の生物学者が、基本原理を発表、翌年1月に、チャンとハーバード大学のジョージ・チャーチが相次いでヒトの細胞に応用できることを証明した。

遺伝子の狙った場所をピンポイントで改変でき、ヒトにも、植物にも同じ技術が使えるのが特徴で、手軽さと汎用性の高さに一気に注目が集まった。

遺伝子の分野ではヒトゲノム(ヒトの全遺伝情報)の解読完了が2003年に宣言され、以来、様々な生物のゲノム情報が解き明かされてきた。どの遺伝子がどんな役割を担っているのか、それぞれの「設計図」の解明も進んでいた。そこに設計図の編集技術が登場したことで、家畜や作物の品種改良、遺伝子治療、創薬など応用の動きが加速した。

■白血病の再発防いだ

最も期待されているのが医療分野だ。遺伝性疾患は、原因遺伝子を書き換えることで、治癒する可能性があり、臨床試験に向けた準備が進められている。

英国のグレート・オーモンド・ストリート病院では15年、血液がんの免疫療法「CART細胞療法」にゲノム編集技術が使われた。担当したロンドン大学小児保健研究所教授のワシーム・カシム(49)によると、患者は治療の手立てがなくなった白血病の女児2人。ドナーから提供された免疫細胞を白血病細胞を攻撃するように改変して注入した。2人とも、白血病は再発していないという。ゲノム編集技術をクリスパーに変えて改良を重ねているカシムは言う。「治療法の確立は、あと数年のところまで来ている」

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ロンドン大学グレート・オーモンド・ストリート病院小児保健研究所のワシーム・カシム教授=宋光祐撮影

■米東海岸に「ゲノムのシリコンバレー」

米国では、創薬や遺伝子解析などの研究所やスタートアップが目白押しだ。「10年前は西海岸のシリコンバレーの方が活発だったが、いまは東海岸、とくにボストンの人気が高い」とブロード研近くのインキュベーション施設に研究所を構えたEdiGENEの森田晴彦はいう。ゲノム関連の産業を集積しようと、ニューヨークの主要大学などと連携して非営利のニューヨーク・ゲノムセンターが設けられ、施設の拡充が進む。フィラデルフィアは「CelliconValley」と銘打って、生命関連産業の強化に乗りだしている。

クリスパーの先を見据える構想も動き始めている。「ゲノムプロジェクト・ライト(GPwrite)」はその一つ。ゲノム解読、ゲノム編集の次にゲノムを人工的に構築しようという構想だ。リーダーをつとめるのは、ジョージ・チャーチやニューヨーク大学のジェフ・ブーケら4人。当面はヒトの細胞を一から人工的に作り出すことが目標で、この細胞にウイルスに感染されにくい機能をつけ加える。

ブーケは、この10年余り、酵母菌の全ゲノムを人工的に作り出す国際プロジェクトを続けてきた。16本ある染色体を一つずつ人工的に作り出しては、もとの酵母の染色体と取り換え、生命としての機能に変化はないかを調べてきた。今年中に16本すべての染色体を人工染色体に切り替える計画で、その次のステップがヒト細胞の構築になる。「DNAの解析コストはこの10年足らずで1000分の1になった。ゲノム合成のコストもまずは1000分の1にしたい」

ウイルス感染防御の機能組み込みはチャーチの研究の延長にある。「細胞を一から作り出せば、ゲノム編集に比べて自由度ははるかに大きくなる」。大胆すぎないか。そう聞くと「それぐらいで始めてちょうどよくなるのが技術進歩のスタートなんだ。ヒト1人のゲノム解読はかつて3000億円したが、いまは10万円しない。そのくらいの差が生まれてこそ技術進歩といえるんだ」(田中郁也、宋光祐)

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