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白人たちはなぜ貧困化したのか

ITが創る未来のカタチ
ラストベルトと呼ばれるかつての工業地帯では、廃墟となった工場跡地などが目につく=オハイオ州マホニング郡、2016年
ラストベルトと呼ばれるかつての工業地帯では、廃墟となった工場跡地などが目につく=オハイオ州マホニング郡、2016年

近年アメリカでは、白人中年男性の自殺が目立って増えています。原因は白人の地位の低下です。プライドもお金も、そして精神の安住さえない。それが現在アメリカの中西部や南部の田舎に住む、少なからぬ白人たちの立ち位置なのです。

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ラストベルトと呼ばれるかつての工業地帯では、廃墟となった工場跡地などが目につく=オハイオ州マホニング郡、2016年

こういった傾向が色濃く見られるラストベルト(錆び付いた工業地帯)と呼ばれる中西部は、かつては豊かな一大工業地帯でした。学歴などなくても誰もが豊かに暮らせたのです。僕がこの地域にホームステイしたのは1980年代の前半でしたが、そのあまりの豊かさには度肝を抜かれました。どの家の庭もスプリンクラーで水がまかれ、高校生がマイカーで通学していました。その頃日本ではまだ下水道の普及率が40パーセントにも満たず、道端には空き缶が転がっていたのです。

パソコンから始まった変化

しかし、IT革命はそんなアメリカの豊かだった中西部を残酷なまでに変えてしまいました。最初のきっかけは80年代に始まったパソコンのビジネス利用です。ワードやエクセルを使うのが当たり前になり、ホワイトカラーの生産性が劇的に向上しました。

そしてその頃から、田舎からの人材流出が始まったのです。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの成功が話題になり、能力のある者たちは彼らに続けと都会へ出ていってしまいました。西海岸と東海岸に優秀な人材が集まり、地方に残った、どちらかといえば学歴が低く保守的な人々との差が少しずつ開き始めました。

90年代に入るとインターネットが普及し、コミュニケーションのスピードが飛躍的に上がりました。そして、変化は国内に留まらなくなっていったのです。コンピューターを駆使して緻密なスケジュールを組めるようになったり、製品の設計内容をどこにでも瞬時に送れるようになった結果、世界各地から必要な部材を中国の工場に同じ日に一点の間違いなく搬入し、即日に製造して送り返すなどといった離れ業が可能になったのです。工場の国外移転が一気に加速しました。僕が勤めていたアップルも90年代には米国内の生産拠点で1万5000人ほど雇用していましたが、2004年にはすべて閉鎖し、中国に移転してしまったのです。自動車メーカーがメキシコへと工場を移したのもこの頃です。製造業における人員削減は著しく、1980年から2010年の間に就業者数は1890万人から1220万人へと670万人も減ってしまったのです。

貧困化

やがて、地方が立ち行かなくなっていきました。IT企業を誘致するなどしてうまく人材流出を逃れた都市もありましたが、大半の地域はなす術もなく衰えていったのです。何しろ田舎に残っているのは変化に対応できなかった頭の固い人たちが多かったので、ハイテク企業の誘致なんて思いつきもしなかったのでしょう。

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ラストベルトと呼ばれる地域の一部、オハイオ州トランブル郡の風景

05年を過ぎると、今度は製造業以外でも雇用の喪失が始まりました。ITの更なる発達によってコールセンター業務や事務処理作業なども国外に移っていき、ホワイトカラーの仕事さえもなくなってしまったからです。

こうして田舎に住む白人たちは、時給25ドルで健康保険や退職金もある仕事から、時給12ドルで健康保険も退職金もないサービス業への鞍替えを余儀なくされ、急速に貧困化していきました。しかし、救済策が打ち出されることはなかったのです。それどころか、都市でハイテクや金融系の仕事に就いた者たちは、これらの人々をヒルビリー(田舎者)、レッドネック、あるいはホワイトトラッシュなどと呼んで蔑んだのです。レッドネック(赤い首)というのは屋外で肉体労働に従事する白人の首が赤く陽に焼けていることからつけられた蔑称です。極めつきはホワイトトラッシュ(白いごみ)でしょう。白人がゴミ呼ばわりされるなんて、80年代には到底考えられないことでした。彼らはプライドがズタズタとなり、やがて悪者探し、弱者探しが始まったのです。

トランプの登場

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熱狂的な支持者に手を振るトランプ氏=2015年11月、テキサス州ボーモント

そんな折に登場したのがドナルド・トランプ氏です。「あんたたちは何も悪くない。悪いのは都会のインテリたちと、職を奪った外国人だ!」とけしかけて見事に大統領の座を射止めました。しかし、お門違いもいいところで、すべてのコトの始まりはIT革命なのです。また、必要なスキルがない白人たちがシリコンバレーで働くインテリ外国人たちの競争相手になることなどありえません。それに、ろくに英語さえ喋れない不法移民が彼らの仕事を奪ったというのも、かなり無茶な言いがかりです。農場でフルーツを摘むような重労働の多くは不法移民が担っていますが、白人たちはこうした3K仕事には就こうとさえしないのです。

また、変化は一夜にして起きたわけではありません。30年の時間を要したのです。変化に柔軟に対応し、新しく生まれた職業に就き、時代を謳歌している白人もたくさんいます。アメリカの世論は今、大きく二分していますが、これは変化に対応したインテリと有色人種の連合軍と、変化に対応できなかった白人たちとの間の対立と捉えることもできるのです。

IT革命は止まらない

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「サイレント・マジョリティー(声なき多数派) トランプを支持する」と書かれたポスターが揺れる=2015年11月、テキサス州ボーモント

イギリスでも怒れる白人たちがEU脱退を決めましたが、グローバル化を逆転させることなどできませんし、テクノロジーの発達を止めることもできません。なぜなら排他的な政策ばかり取っていると、まずはお金が逃げ出し、次には全てを牽引してきたインテリのオタクたちが逃げ出して国そのものが没落してしまうからです。そして逃げ出したオタクたちは、別の国で世界を変えることに勤しむのです。

この世界規模の変化に対して、それがたとえアメリカでも、一国の政府が単独でやれることなどほとんどありません。単独ではなく国際的な枠組みでソフトランディングを考えるべきなのですが、残念ながらどの国でもポピュリストの政治家が支持を集めているため、有効な対策が打ち出されることはないでしょう。アメリカの白人たちの自殺率は、今しばらく下がることはなさそうです。