学校教育がなかなか変われない中、私塾やネット企業などが様々な模索を続けています。オンライン講座はもうすっかり定着しましたし、英会話教室もスカイプによるオンライン・レッスンが花盛りです。
また、ハーバード大学を始めとする名門校がこぞってオンラインで授業を公開しています。英語さえできれば、世界最高峰の大学の授業を自宅で受けることができるのです。学校という箱に通う価値がどのくらいあるのか、しみじみと考えさせられてしまう出来事ではないでしょうか。
オンラインのメリット、デメリット
私自身、過去にいくつものオンライン授業を受けてきました。メリットもたくさん感じる一方で確かにデメリットもあり、一概に「絶対にオンラインの方がいい」とは言えません。そこで一度、私が感じるオンライン学習のメリットとデメリットを列挙した上で、今後の学習の在り方について考えてみたいと思います。
メリット1)習熟度に応じて学習を進められる
各人の習熟度に応じて学習を進められるのは、オンライン学習の最大のメリットです。わからないところは何度でも繰り返して学べますし、クラス全員とペースを合わせる必要もありません。学びに時間がかかる人はその人なりのペースで進めばいいですし、逆に進むのが早い人はどんどん進んでいけばよいのです。
メリット2)好きなことを好きなだけ学習できる
お仕着せのカリキュラムに囚われず、好きなことをトコトン学べるのもオンライン学習の大きな強みです。小学生のうちにプログラミングを学習してしまう話などもちらほら耳にしますが、これなどもネットがなかったらかなり難しいでしょう。また、今年は14歳の天才棋士、藤井総太さんが大きな話題になりましたが、彼もまたネット上での対戦環境がなかったら、これほどにまで早く上達しなかったのではないかと思います。
メリット3)自由にチャレンジしやすい
カリキュラムに囚われずに難しいことにチャレンジできるのもオンライン学習の良い点でしょう。何しろ、ハーバードの授業さえ受講できるのです。トライした上で「難しすぎる」「基本が足りてないな」と感じたら、次の日から自分にあったレベルに戻ればよいのです。
メリット4)通学の必要がない
朝のラッシュを見ればわかる通り、通学というのは壮大な時間と体力の無駄です。これがなくせるメリットは個人レベルに止まらず、社会的にみても非常に大きいでしょう。
メリット5)時間の都合がつけやすい
時間の都合がつけやすいのも、オンライン学習の大きなメリットです。会社の後にどこかの教室に通うのと、自宅で授業を受けるのとでは、負担の度合いが違います。
デメリットも間違いなくある
一方、デメリットも間違いなくあります。それは「自由すぎる」ことに起因します。いくつか挙げてみましょう。
デメリット1)玉石混交の情報が多すぎる
ネット上のリソースが多すぎて、何が有用な情報なのか判断がつかないのは大きな問題です。検索上位に現れるのは必ずしも有益な情報ではなく、SEO対策が行き届いた情報なのです。見つかった情報の良し悪しを初心者が自力で見極めるのはほぼ不可能です。
デメリット2)学習内容に偏りが出やすい
学校という箱の中で強制的に学ばされることの中には、たとえ好きでなくても、その後の人生で役立つこともたくさんあります。私自身、例えば民主主義の仕組みであるとか、日本の近代史など、学校で学んで良かったと思うことがたくさんあります。しかし、ネットという場所は自分の好きなことだけつまみ食いしやす過ぎるため、見識やものの見方を広げる機会を失う可能性が大いにあります。
デメリット3)キッカケの喪失
学校で習ったことがきっかけになり、特定の分野に興味が湧くことがあります。日本史の授業から歴史に興味が湧き、時代物の小説を読むようになった人も多いでしょう。そこからさらに過去の生活習慣や時代背景などに興味を持つこともあると思うのです。こうした「学び」のきっかけは学校の中だけにあるわけではありません。しかし、ネットにあまりに依存すると食わず嫌いが増える可能性があります。
デメリット4)自分を知る機会が減る
学校に行って色々な教科を強制されるからこそ、「算数と英語は割と好きなんだな」「物理は好きだけどあまり得意じゃないな」などと、自分の好き嫌いや、得手不得手を知ることができます。しかし、ネット独特のつまみ食いのしやすさは、自分を客観的に知るうえで、大きな妨げとなる可能性があります。
デメリット5)競争機会の喪失
なんでも競争がいいわけではありませんが、クラスメイトと競い合うことは、別の観点から「自分を知る」ことに繋がります。「国語なんて別に好きじゃないけどできる方なんだな」とか「体育は好きだけどあんまり大したことないな」などの向き不向きは、人と比較して初めてわかる部分です。そうした比較対象がないとすると「俺はあいつほど頑張り屋じゃないな」とか「頭は良くないけど、割と親切な部類かも……」などの性格的な部分での気づきは、一体どこで得るのでしょうか?
デメリット6)モチベーション維持の難しさ
私自身がオンラインのクラスを受講してわかったことは、苦楽を共にするクラスメイトがいないと、モチベーションの維持が案外難しいということです。クラスメイトがいれば「この課題をやっているのは私だけじゃない」と思えますし、「どこまで進んだ?」なんて聞いて安心したり焦ったりもできますが、そうした相手がいないと孤独感が強く、時としてモチベーションを失いがちです。
デメリット7)人付き合いをどこで学習するのか?
学校という箱に入ると、クラスメイトや先生、あるいは部活の先輩後輩など、別段好きでもない人とも一緒に色々なことをしなければなりません。そしてそれは、実社会に出ても同じことです。一人でできることなどたかが知れていますから、大勢の人と協力しあって働ける能力は、生きていく上で欠かせないスキルです。これはオンラインでは得難い体験の一つではないかと思います。
デメリット8)どこで友達と出会うのか?
学習の大半をネットでできるようになったとしたら、一体どこで友達と出会って行くのかという疑問も湧きます。私自身、今でも付き合いのあるたくさんの友達ができたのは、学校に行ったおかげだとしみじみ思っています。オンラインに大きくシフトするのであれば、この辺りは考慮すべき大切なことの一つではないかと思います。
デメリット9)どこで恋に落ちるのか?
学校のような場があるからこそ少しずつ異性へのアプローチなどを覚えていくわけで、家にこもって学習可能となったら、一体どこで異性を好きになるのでしょうか?
デメリット10)規則正しい生活習慣をどこで身につけるのか?
学校に通っていると嫌が応にも毎朝同じ時間に起きて通学するため、ある程度規則正しい生活習慣が自動的に身につきます。しかし、自由にいつでも受講できるとなると果たしてこうした生活習慣がつくのでしょうか?
そしてどうなる?
デメリットの方が多くなってしまいましたが、私はオンライン学習推進派です。テクノロジーは進化する一方ですから、ここでデメリットに挙げたことでも、ほんの数年後には解決しているかもしれません。ただ、学校という物理的な箱にはそこでしか担えない役割が間違いなくあるはずなので、何をオンラインに移し、なにを対面で提供するべきなのか、試行錯誤を繰り返しながら固めていく必要があります。
最後にいくつか参考になる事例を紹介したいと思います。
現在アメリカでは、赤十字社が提供する救命救急法の講習さえもオンラインで提供されています。私はこれを2年に1回受講していますが、受けるたびにシステムが進化しています。以前は教室で提供していた講習の部分が全てオンライン化され、自宅でできるようになったのです。包帯の巻き方や人工呼吸のやり方などといったネットでは学習しにくい部分は、実際の講習によって補われています。また、質問などもこのときに受け付けてくれるため、以前の講習オンリーの時よりも、学習効率が格段に上がったと感じています。
また、グループワークを伴う大学の講義なども同じような形式が採られています。オンラインで課題をこなしつつ、1ヶ月に1、2回だけ教室で実際に会うのです。一度グループを決めると、あとは個別にプロジェクトに取り組み、学期末にプレゼンテーションをするといった具合です。これなどはオンラインと対面のいいとこ取りで、やがて多くのクラスが、このような方向に収束していくのではないかと感じさせてくれます。
また、アメリカのコミュニティカレッジなどは、すでに「習熟度別」という方向へとシフトしています。これもオンライン学習との相性が良く、社会人の中には10年もかけて大学を卒業する人もいます。
今はまだ過渡期ですが、やがて小学校から大学院に至るまで、全ての教育の在り方が根本から変わらざるを得ない状況になるでしょう。みんなで一緒に机を並べて……そんな風景はやがて懐かしい過去の風景になっていくのではないでしょうか?