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IT時代に教育はどうあるべきなのか?!(2)

ITが創る未来のカタチ
大人が決めたことをさせるのではなく、生徒が自主的に考えることをめざす部活動も増えてきた=2016年、ハーフタイムに選手同士でミーティングする長崎・鳴北中サッカー部

何をめざし、誰が指導するのか。学校の部活動の場では、今も議論が続いている(写真と本文は関係ありません)

思考能力を奪う部活動

結論から言うと日本のこれまでの教育制度にはその反面教師となるような事例は山ほどあっても、ヒントになるような事例はあまりないように感じています。そしてこの反面教師の最たる例が部活動です。

僕は水泳部でしたが、無駄な練習を実によくする部活でした。冬場は走り込みや筋トレに明け暮れ、夏は夏休みを全て潰して泳ぎこみです。僕らは走り込みが効いてか陸上部ばりに足が速かったのですが、足が速くても泳ぐのには役に立ちません。

現に大会で活躍する子は小学生の頃からスイミングクラブの選手コースに属し、専門家から指導されてきた子ばかりでした。一方学校の水泳部の部員の大半は、泳げる期間が夏に限られている上、素人の顧問の先生や先輩がなんの経験も知識もないままに漫然と指導しているだけですから、これで速くなったらむしろ驚きです。

ですが泳がされている方はわずか13歳の中学1年生ですから、まさか先輩や顧問の先生たちが一生懸命にやっていることが壮大な無駄だなんて疑いもしません。それに上級生が威張り散らしているのが怖くもあり、言われた通りに練習する他、選択肢はありません。2年生になると下級生が入ってきて今度は自分たちが先輩ヅラをして後輩の指導を始めるのです。

そしてその指導内容と言えば、それまで自分たちが課された練習をそっくりそのまま下級生に押し付けるだけです。そんな練習をいくらしても効果などあるはずもなく、大きな大会で表彰台に上がるのは、結局小さな頃からスイミングクラブに通い、理にかなった練習を何年も積んできたほんの数名の部員だけでした。

もしも異論を唱えたら?

もしも「練習が理にかなっていない」などと異論を唱えようものなら、「みんなの和を乱す奴」などと浮いてしまうのが関の山です。あるいは目をつけられて先輩に殴られるかもしれません。現にそうされた同級生もいました。こうして効果のない練習が代々繰り返されていくのです。また、「部活を辞めたい」なんて言い出そうものならあの手この手で引き止められ、それでも振り切って辞めれば「根性のない奴」とディスられるという、ブラック企業も真っ青の体質でした。

身も蓋もないことをを言ってしまえば、一切の思考を停止させ、ただただ上級生の理不尽な命令に絶対服従する奴隷根性を身に付けた3年間と言っても良いでしょう。またこれは僕が属していた30年以上前の水泳部固有の問題ではなく、おそらく今でも綿々と続いている日本の部活動の形ではないでしょうか? 

強豪チームの指導者はPDCAサイクルを実行している

では日本全国の全ての部活動がこんな具合かというと、もちろんそんなはずはありません。実際のところ、強豪チームと弱小チームとでは何かが少しずつ違うものです。顔つき、準備や後片付けの早さ、威張っているだけの先輩の数……。こうした「違い」を何が生み出しているのか考えていくと、結局は指導者の質に行きつくように思うのです。

大人が決めたことをさせるのではなく、生徒が自主的に考えることをめざす部活動も増えてきた=2016年、ハーフタイムに選手同士でミーティングする長崎・鳴北中サッカー部

強いチームの指導者は、例えそんな言葉を知らなくても、PDCAサイクルを着実に実行しています。試合に負けてしまっても「根性が足りない!」なんて怒鳴りつけて誤魔化さず、自分たちに何が欠けていたのか冷静に話し合って分析し、次の試合に生かしていきます。そこには研究熱心で創意工夫を欠かさない、人生の手本になるような指導者の姿が確実にあります。

部員たちもそんな先生の姿を見て同じようなマインドセットを身につけていくのです。そして、こうした「強いチーム」で揉まれて来た生徒たちは、社会に出てからも活躍していきます。例え部活では補欠で終わったとしても、そこから生きて行くのに大切な姿勢を学んでいくからです。

また、根性論にまみれ、生徒を怒鳴りつけるだけの先生にしても、あながち責めることもできません。決められた授業を教え、父兄の対応に追われるだけだって大変なのに、その上私生活を全て投げ打って部活の顧問を務めざるを得ない先生たちの立場もまた、改めていく必要があります。先生の熱意と根性だけではどうにもならないものがたくさんあるのに、今の学校システムは、なんの解決策も先生たちにも提示していないからです。

見切りをつけられた公教育

さらに根深い問題は、こうした問題点があることがわかっていながら、それに対してなんの解決策を講じることなく何十年も流れていく「変われなさ」の病でしょう。これは教育システムのみならず、日本全体を覆う重度の病と言ってもよいかもしれません。少子高齢化も財政赤字もイジメも30年も前から提起されているのに、なんの対抗策も講じられないまま、ただただ時間だけが過ぎていっています。

学校教育が変わるのを待っていられないと、多くの親御さんが見切りをつけて公立ではなく私学に子供を通わせたり、塾に行かせたりしているのが教育の「今ここ」なわけですが、時代の変化があまりにも早すぎるため、一体どのようなスキルを身につければ良いのか訳がわかりません。「大学なんか行っても意味ない!」と断言する有名人がいる一方、今や6割以上もの人が大学を卒業する時代になっており、大学を卒業しておかないと就職もままならないという現実もあります。

どうしても身に付けるべきスキルはなんだろう?

学校というハコは、果たして必要なのでしょうか?

僕自身は必要だし、変えようがあるだろうと考えています。ただ、そうは言っても当分は何も変わりそうもありませんから、現行の教育制度と折り合いをつけつつ、学校では身につけられない能力を自分で補っていく必要があります。僕が考える、身につけておくべき能力は次のようなものです。

1) 読み書きそろばんを身に付ける
まず、基本的な「読み書きそろばん」の能力を身につけます。これは普通に小1から中3までの学校で教えてくれるものが身につけば達成可能です。この部分に関しては現行の日本の教育システムが十二分に機能していますから、素直にその恩恵に授かっておいた方がいいでしょう。この基礎能力があまりに欠けていると、その後自分を自分で磨いていくことが著しく困難になるので、ここは絶対に押さえておきます。

米国の幼稚園の中で、算数の初歩などで日本の教材を使う試みも始まっている=2013年、米シカゴ市

2) 一芸を身に付ける
その次は自分なりの一芸を身に付けるフェーズです。なお、小学生の頃からこちらを並行させても全く構いません。また、身に付けるスキルは別にスケボーでも水泳でも英語でも数学でもプログラミングでも将棋でもチェスでもギターでもピアノでも、それこそなんでもいいように思うのです。ここで成し遂げたいのは、自己学習する能力を身に付けることです。


前回お話ししたPDCAサイクルを回していけば、誰だって必ず一定のレベルに達することができます。「学習の仕方」を学習すると言ってもよいでしょう。これができれば、2つ目、3つ目、4つ目のスキルを身に付けるのもさほど難しくありません。どこかに習いにいくのも有効な手段です。独りよがりになるのを防いでくれるからです。


ただ、「一から十まで先生の言った通りにしないとダメ」なんてところは敬遠しましょう。自分で考えて実行する能力がいつになってもつかないからです。また、学習のためのリソースはネット上にタダでいくらでも転がっています。英語ができると学習のためのリソースが本当に「無限」になりますので、まずは英語を一定のレベルに引き上げてしまうのもオススメです。

米国ではインターネットの教育教材も充実している。写真はオンライン教育企業「ユダシティー」のビデオ講座の編集作業=2013年、米カリフォルニア州

3)人と交わるスキルをつける
世の中は様々な能力を持った人で溢れており、お互いに教えあったり、助け合ったりすることで色々なことが成されています。ところが学校という閉じた世界だけにいると、メンツが固定した集団の中で浮かないように合わせていく力や、力関係を敏感に察知する能力などは磨かれますが、「初対面の人と人間関係を構築する能力」を磨くことはほとんどできません。そしてこの能力があまりに欠けていると、自分の世界を広げていくのが必要以上に困難になります。

人と交わる能力というのはその他の能力同様、訓練することで伸ばすことが可能なものです。僕自身は例えばバイトや習い事を通じて、色々な年代の初対面の人とでもある程度如才なく話せるようになりましたが、ネットなどを通じて同好の士と知り合い、そこから世界を広げていくといったことも可能でしょう。

サーフィン感覚で行こう

現行の学校のシステムは、おいそれとは変わりませんし、別に全く役に立たないものでもありません。人生の師となりうるような優れた先生もたくさんいますし、旧態然とした部活の世界にだって、優れた指導者もいれば、一生涯付き合いが続くような仲間との出会いもあるわけです。ただ、「今ここでやっていることは、自分でモノを考え、行動に移す能力を伸ばしてくれるのか?」という切り口で考え、取捨選択していく必要があると思うのです。

移り変わりの激しい時代を生き抜いていくには、頭を柔らかく保ち、考えすぎずに実行に移し、失敗から学んでいける能力が何よりも大切なのです。かつては登山の準備をするように、将来に備えて学生時代に学び切っておくのが正しいアプローチだったのです。でももう、そんな緩やかな時代には戻りません。根っことなる基礎的は学力を身につけたら、あとは変わりゆく時代の波に乗って行くしかないのです。必要なスキルはその時々に自分で身につけていく。そんなサーフィン感覚が大切なのです。