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アフリカ農業発展のヒントをミャンマーにみた

アフリカの地図を片手に
ミャンマー・ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ=山本壮一郎撮影

1月下旬から1週間、筆者を含む大学教員5人でミャンマーを訪れた。ミャンマーを訪れるのは4回目で、前回の訪問は毎日新聞ワシントン特派員時代の201211月、現職の米国大統領として初めてミャンマーを訪問したオバマ大統領(当時)の同行取材だった。

筆者がこれまでに訪問ないし居住したことのある国は50カ国ほどあるが、そのうち半分はアフリカの国々である。3年間家族で住んだ米国を別にすれば、アフリカ以外の地域の国々については、会議のために首都を訪れただけのことが多く、その国の社会を落ち着いて観察できる機会は少なかった。

しかし今回は、筆者にとっては幸運極まりないことに、ミャンマー農村研究のエキスパートである立命館大学の松田正彦教授が一行のリーダーを務め、ヤンゴンのダゴン大学を中心とするミャンマー人研究者の皆さんが我々の調査をアレンジして下さった。このため出張の本来の目的である人間の安全保障研究の合間に、ミャンマーの社会を様々な視点から観察する機会に恵まれた。

国際通貨基金(IMF)によると、ミャンマーの2017年の実質GDP成長率は6.8%で、2018年は6.4%と予想されている。前回訪問時のおよそ6年前と比べると、首都ヤンゴンは高層建築が増え、自動車の爆発的増加で交通渋滞が激化していた。

前回訪問時には伝統衣装のロンジー(巻きスカート)を身に着けている人々が男女ともに多かったが、ヤンゴンの若年男性はズボンをはいた人が多数派に変わり、スカートやジーンズをはいた女性が増えたようにも感じた。オバマ大統領訪問の前後に米国による経済制裁が段階的に撤廃されたことにより、トイレの便器から清涼飲料水に至るまで、様々な米国製品が流入していたのも印象に残った。 

しかし、これまでアフリカ諸国以外の国を落ち着いて観察する機会の少なかった筆者にとって印象的だった光景は、こうした経済発展に伴う都市部の変貌ぶりだけではなかった。

我々は今回、ヤンゴンから車で10時間ほど走り、タイとの国境の小都市ミャワディを訪れたが、その道中には水田や畑が広がっていた。これまでアフリカ諸国の農村ばかり見てきた筆者の目には、ミャンマーの田畑は大変新鮮なものに映った。 

■基本的な技術がまだ足りない

ミャンマーの水田=白戸圭一撮影

上の写真を見てもらうと分かるが、道の両側に広がる水田には畔(あぜ)があり、田んぼは平らだった(田のデコボコをならして平らにすることを均平化という)。乾期の田に水はなく、収穫後の稲の根元の部分が残っているだけだったが、稲の根元は整然と直線になって並んでいる。これはミャンマーの農民が田植えを直線的に行っていること(正条植えの実施)を示している。 

日本の水田を見慣れている現代日本人には、均平化、畔の存在、正条植えなど当たり前の光景に過ぎない。東南アジア諸国の農村をよく知っている人にとっても、当たり前の光景なのかもしれない。

しかし、こうした生産性の向上につながる基本的な技術が十分に行き渡っていないのが、アフリカ諸国の農業である。次の写真はアフリカのモザンビーク中部で筆者が撮影したメイズ(トウモロコシ)の畑である。畔がなく、正条植えもなされておらず、灌漑設備もなく、雨水頼みの栽培が行われていることが分かるだろう。 

モザンビークのメイズの畑=白戸圭一撮影

コメ、メイズ、小麦といった主食穀物を自国内において安定的に生産することは、飢餓を防ぎ、国民の栄養状態を改善するだけではない。自国の農村から都市部に安く安定的に主食穀物を供給できれば、都市労働者の賃金を抑制することが可能になり、国際競争力を持った製造業の育成にもつながる。

農業の問題を考える際には、1ヘクタール(100メートル×100メートル)当たりどれくらい農作物を収穫できるかという視点が重要である。一定の広さの面積でより多くの作物を収穫できれば、その農業は効率が良く、競争力も高い。その逆に広い面積で少量の作物しか収穫できない農業は効率が悪く、競争力を持たず、最悪の場合その国に食糧危機をもたらす恐れすらある。

国連食糧農業機関(FAO)によると、ミャンマーの2017年の1ヘクタール当たりのコメの収量は約3.61トンである。一方、ミャンマーと同じくコメを主食としている西アフリカのコートジボワールの1ヘクタール当たりのコメの収量は約2.57トンと、ミャンマーより1トンも少ない。

アフリカ最大のコメの消費国ナイジェリアでは、政府が近年、コメの増産に力を入れている。この結果、2009年に年間354万トンに過ぎなかったコメの生産量は、2017年には986万トンと3倍近くに増えた。

だが、1ヘクタール当たりのコメの収量は2トン前後で伸び悩んでおり、ミャンマーの3.61トンに遠く及ばない。つまりナイジェリアでは、農業生産性が向上しないまま、コメの作付面積の拡大によって増産を達成しているのである。

国土には限りがあり、農地として使用できる土地は更に限られているので、1ヘクタール当たりの収量の改善(農業生産性の向上)を図らなければ、ナイジェリアのコメの生産量は早晩頭打ちになってしまうだろう。

ちなみに先ほど写真でお見せしたモザンビークのメイズの1ヘクタール当たりの収量は0.93トン。コメに至っては0.77トンに過ぎない。これでは、アフリカ諸国で進む人口爆発に対応できない日が来るのは時間の問題という他ない。

日本の農業に関心を持つアフリカ各国の在日大使館幹部らが田植えを体験=2016年、栃木県小山市、矢鳴雄介撮影

農作物の収穫量を増大させるためには、化学肥料の適量投入、改良品種の開発と普及、灌漑の整備──などが必要だが、その前に日本やミャンマーの田畑のように、畦作りや正条植えといった基礎的な栽培技術が農民に共有されることが必要である。

畔がなく、均平化されていなければ、田んぼに水を張ることができず、稲と稲の間に雑草が繁茂してしまう。また、畔がなければせっかく投入した肥料が田の外に流出してしまう。さらに、田んぼが均平化されていなければ、直まきであれば種が水没して発芽が妨げられてしまうこともある。正条植えは、稲刈りの効率を高めるだけでなく、農作物と雑草を明確に区分して除草のためのスペースを作り出すために極めて重要な植え方だ。

こうした基礎的な栽培技術が農民の間に普及し、定着していくに際しては、自然発生的な技術の誕生と伝播を期待するのではなく、政府機関による指導や普及が死活的に重要である。戦後日本の場合は、都道府県の農政部傘下に存在した農業改良普及所や農業試験場などがその役割を果たしてきた。

農民が昔から続けている農法を「伝統」や「民衆の知恵」として尊重することも時には大切だが、政府が農民の伝統の中に潜む「後進性」や「停滞」を洗い直し、これを改善していくことが必要な場合もあるのだ。「昔ながら」が常に正しいわけではないのである。

■アジアとアフリカは互いに学べる

低生産性にあえぐアフリカの農村を長年見てきた者の目には良く整備されているかに見えたミャンマーの水田風景だが、ミャンマーの米作は様々な問題を抱えているという。

ミャンマー政府は1970年代以降、化学肥料投入や近代品種導入等の「緑の革命」を実施し、1990年代には作付面積の拡大も図った。

2003年には、公務員や軍人に対するコメの配給とそれを支えてきた農家に対するコメ供出の強要制度が廃止され、コメの流通が自由化された。政府は2007年からコメの輸出を奨励しているが、灌漑設備や化学肥料投入の不足などによって、生産性の向上は頭打ちになっているという。

だが、車窓の外に広がるミャンマーの水田を見ながら、仮に化学肥料の投入や灌漑が不十分であったとしても、畔の存在や正条植えといった基礎的な技法の普及によって、アフリカ諸国の農業は少なくとも1ヘクタール当たり1トン程度の増収は期待できるのではないかと考えていた。

水田を見ながらもう一つ考えたことは、このアジアの農村の光景を、できるだけ多くのアフリカの農民と農政担当者に見て欲しいということだった。人は異なる文化に接し、自分の文化を批判的に再検討することによって、様々なことを学ぶことができる。アジアとアフリカには互いに学び合える事柄が多数あるように思う。