■くすぶる欧米メディアへの不満
私は2016年から年に1度、国際協力機構(JICA)が企画し、公益財団法人太平洋人材交流センターが運営しているアフリカ諸国の政府職員向け研修会で講師を務めている。貿易や投資業務に携わる政府職員に日本の経験などを伝える目的で、例年は各国から職員が来日して研修を実施していた。
今回は新型コロナ感染拡大の影響でオンライン開催となり、私を含む大学教員や日本企業関係者が2021年2月15日~3月5日の間に交代で講師を務めた。エジプト、ナイジェリア、タンザニア、エチオピア、コートジボワール、ブルキナファソ、ソマリア、ジンバブエの8カ国の経済関連の省庁から計11人が研修に参加した。
講義を担当した私は、受講者と言葉を交わす中で、あらかじめ予想していなくはなかったある感想を持った。その感想をひと言で言えば、アフリカの人々は「主に欧米のマスメディアがアフリカの悪い面ばかりに焦点を当て、しばしば偏見に満ちた視点で世界に伝えてきたために、世界の人々はアフリカのことを誤解している」との思いを強く抱いているということである。
研修最終日の3月5日には、講師、受講生、アフリカでビジネスを展開しているいくつかの日本企業の関係者ら約30人が参加し、意見交換会が開かれた。その際、受講者の一人のナイジェリア産業・貿易・投資省の幹部職員が「アフリカについては悪いことばかりが世界に伝えられてきた。アフリカの状況を正確に知って欲しい」と発言し、他の国々の参加者が一様にうなずいている様子を見て、私の感想はいよいよ強くなった。
■コロナの感染爆発は起きたか?
先述した通り、新型コロナ感染が世界に拡大し始めた当初、先進国ではアフリカにおける感染爆発を危惧する声が多かった。例えば2020年4月13日の『東洋経済オンライン』には、「アフリカでの感染爆発はケタ外れの悲劇を生む」と題する記事が掲載されている。
また、英紙『テレグラフ』は2020年2月15日、新型コロナ感染がアフリカに波及すれば死者が続出し、その結果、世界全体の死者が1000万人を超えるというマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏の発言を伝えた。
それからおよそ1年が経過した今、アフリカの感染状況はどうか。世界保健機関(WHO)アフリカ地域事務局によると、3月14日現在の同事務局管轄内の47カ国の検査陽性者数は291万5874人、死者は7万4486人。47カ国の総人口は約10億人なので、10万人当たりの感染者数は約292人である。
10万人当たり感染者数は、南アフリカ共和国(南ア)が約2696人、人口約54万人の島国カボベルデが約2903人、人口約9万7000人の島国セーシェルが約3209人――と3カ国が突出して高い。カボベルデとセーシェルは、人口が少ない島国という閉鎖空間にウイルスが持ち込まれた結果、感染が爆発的に拡大したとみられ、アフリカ全体の状況を語るうえでは例外的事例と言える。
一方、3月14日現在、日本の感染者数は累計で44万7912人、死者は8594人である。総務省が公表している2019年10月1日現在の日本の総人口1億2616万7000人を用いて計算すると、人口10万人当たりの感染者数は約355人になる。つまり、WHOアフリカ地域事務局管内の人口10万人当たりの感染者数は、日本のそれよりも少ない。
とはいえ、無症状の感染者が多い新型コロナの特性を勘案すれば、実際の感染者数が統計上の感染者数よりも多いことは十分にあり得る。さらに言えば、「アフリカ諸国では検査体制が充実しておらず、農村部や遠隔地を中心に検査にアクセスできない人が多いので、実際の感染者はもっと多いのではないか」という疑問を抱く人もいるだろう。
■人口密集国でも日本より低い感染率
しかし、例えば東アフリカのルワンダの統計に着目すると、アフリカ諸国の統計が実態とかけ離れているとは必ずしも言えないのではないか、と私は考えている。
ルワンダの感染者は1万9426人、人口10万人当たりの感染者数は約148人で、日本の355人よりかなり低い。また、ルワンダの死者は267人、死亡率は1.37%。日本の死亡率は1.87%、世界平均は2.2%なので、死亡率もルワンダの方が低い。
ルワンダは、四国の約1.4倍にあたる2万6338平方キロの国土に約1295万人(国連推計2020年)が住んでおり、1平方キロ当たりの人口密度は492人に達する。日本の人口密度は1平方キロ当たり347人(同)なので、ルワンダがどれほど人口稠密(ちゅうみつ)な国かが分かるだろう。そうした国土が狭く人口稠密で、なおかつ一定水準の行政能力を有するルワンダのような国では、すべての感染者を捕捉できないことはあっても、死者に関してはかなり実態に近い数が捕捉されていると考えられるのである。
新型コロナウイルスについては今も分からないことが多く、何がアフリカにおける感染爆発を防いだのかについて、現時点で科学的エビデンス(証拠)に基づいて確定的なことを言うのは難しい。また、私は感染症の専門医でもない。
しかし、年齢別人口構成比の観点から考えると、アフリカにおいて新型コロナの犠牲者が相対的に少ない理由は、ある程度説明できるようにも思われる。
国連統計を見ると、65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合は2019年現在、世界平均が9.1%、日本が28.5%と世界最高であるのに対し、サハラ以南アフリカは3.0%に過ぎず、地域別では世界最低である。反対に25歳以下の若年層が総人口に占める割合は世界平均の41%に対し、サハラ以南アフリカは62%と地域別で最高だ。
新型コロナ感染症は、高齢者や基礎疾患のある人の方が重症化しやすく、若年層の方が軽症ないし無症状で終わる確率が高いことは周知の通りである。つまり、人口の大半が若年層であるアフリカでは、総人口に占める重症者の割合が低く、仮に統計に計上されない感染者が多数存在していたとしても、軽症ないし無症状のまま感染をやり過ごし、自然治癒している人が多い可能性がある。
いずれにせよ、1年前に先進国を中心に予想したアフリカにおける「ケタ外れの悲劇」は起きていないのである。
■「効果的に対応した」との評価も
さらに言えば、アフリカで感染爆発が起きなかったことは、単なる偶然や幸運の結果ではないという見方もある。オーストラリアの有力シンクタンク「ローウィー国際政策研究所」が2021年1月末、世界98カ国・地域が新型コロナウイルスにどの程度効果的に対応できたのかを指数化し、ランキングにして公表したところ、興味深い結果が出た。1位ニュージーランド、2位ベトナム、3位台湾――と、アジア太平洋勢が上位を占める中、アフリカからルワンダが6位に入った。それだけではない。45位の日本よりも上位にランキングされたアフリカの国が、ルワンダを含めて実に13カ国もあった。ちなみに英国は66位、米国は94位だった。
何らかの問題に対する「対応の良さ」を評価するこうした国際ランキングを作成すると、先進国が上位を占め、アフリカ諸国が下位にひしめくのが一般的である。だが、新型コロナへの対応に関しては、話が違った。アフリカ諸国は常に様々な感染症の脅威に直面しているため、感染症対策に習熟している行政官や医療関係者が多いのである。その結果、短期集中の徹底した都市封鎖や迅速な検査・隔離の実施など、適切な感染防止策を講じたアフリカの国が少なくなかったのである。
■曲がり角迎えたアフリカへの認識
新型コロナの感染が拡大し始めた1年前の段階では、ウイルスの性質は今ほど解明されておらず、この感染症が人間にどのような影響を与えるのか判然としなかった。そうした時点で、起きるかもしれない最悪の事態を想定し、感染爆発について警鐘を鳴らしたこと自体は否定されるべきではないだろう。
しかし同時に、ビル・ゲイツ氏のインタビューが掲載された時、ケニア人の友人が「またアフリカはダメだという話か」とウンザリした様子のメッセージを送ってきたことを私は覚えている。アフリカビジネスのコンサルティング企業「アフリカビジネスパートナーズ」代表の梅本優香里氏も以前、「ビル・ゲイツ氏のインタビューが出た時、怒っているアフリカ人が少なからずいた」という趣旨の話をNewsPicksのコメントに記していた。
問題は、先進国のマスメディアがアフリカにおける感染爆発に警鐘を鳴らすニュースを報じたことではなく、感染爆発の危機をあおることには熱心でも、アフリカ諸国が感染爆発を抑え込んだ事実にはほとんど関心を示さないことだろう。アフリカの人々は、そうした先進国側の関心の持ち方に、自分たちを「格下」と見なす意識を感じ取っているように思われる。
私が今回の講義でランキングを紹介し、「新型コロナの感染対策では、日本が皆さんに何かを教える立場にはない」という話をしたところ、受講者の何人かがうれしそうな表情を見せたのが印象的であった。21世紀に入って以降のアフリカは各国で経済成長が続き、最先端のビジネスが興隆するなど急速な変貌(へんぼう)を遂げており、人々は自信を深めている。「支援が必要なアフリカ」「ケタ違いの悲劇が起きそうなアフリカ」といったアフリカ認識は曲がり角を迎えている。