世界各国のコーヒー消費量が毎年発表されると、北欧各国がランキングトップを占めることが多い。
特にその消費量が世界一としても知られるのが、ムーミンの国としても有名なフィンランド。首都ヘルシンキに渡り、現地の専門家たちに話を聞いてみた。
スペシャルティコーヒー・フィンランド協会の代表であるアレクシ・クーシヤルヴさんと、市内にあるカフェ「Sävy」(サヴ)でお会いした。
浅煎りで酸味のある良質な豆、いわゆる「ノルディック・ロースト」(北欧風焙煎)ともいわれるトレンド。フィンランドでのトレンド中心地は、フィンランド南部と首都ヘルシンキ。
街でのコーヒーカルチャーの変化を見守ってきたアレクシさんは、こう語る。
「10年前に『カッファ・ロースタリー』が筆頭となって、スペシャルティコーヒーのカルチャーが浸透していきました。今では20~40代の世代を中心に受け入れられ、コーヒーはエネルギー源として飲まれるだけではなく、コーヒーを誰がどこで栽培しているのか、情報の透明度や品質にこだわる人が増えてきましたね」
自分の家でも豆を挽き、ドリップ式コーヒー器具で淹れる人が以前よりも増えてきているという。
「フィンランド人にとっての大切なリラックスするための儀式といえば、サウナとコーヒー休憩。サウナではビールを飲み、カフェや自宅などでは、コーヒーを飲みます」。
コーヒー休憩は、労働者の権利!
北欧スウェーデンのコーヒーやお茶の時間を総称する言葉といえば、「フィーカ」(Fika)がある。フィンランド版のコーヒーカルチャーを象徴するものといえば、「カハヴィタウコ」(kahvitauko)とアレクシさんは話す。
「フィンランド人は、コーヒーをたくさん飲むことで世界的に知られています。労働法では、コーヒー休憩を必ず設けるように、法律で定められているんですよ」。
確かに、フィンランド労働組合PAMのサイトをみると、
- 労働時間が4時間以下ならコーヒー休憩はなし
- 4~6時間の労働ならコーヒー休憩1回
- 6時間以上ならコーヒー休憩 2回
これは商業企業の場合で、業種によって内容は多少異なるが、「コーヒーブレイク」は必ず設けるように労働条件で定められている。
「コーヒー休憩のことは労働契約書に書かれているのも普通。あ、そうだ。もし、カハヴィタウコの典型的な写真を撮影したければ、工事現場を訪れるといいかもしれませんよ」と、アレクシさん。
「ぜひ撮影したい!」と思った私は、市内を走る路面電車の窓から見かけた工事現場に駆け付けた。
「カハヴィタウコの風景を撮影したいんです!」というと、きょとんとした顔をした作業員の人たち。「カハヴィタウコって、そんなにすごいの?」と驚きながらも、快く受け入れてくれた。
「今日のカハヴィタウコはもう終わっちゃったから、明日来なよ!9時、11時、14時30分の3回あるよ!」。
翌日、9時のコーヒー休憩にお邪魔した。
雪が多い冬は工事ができないため、春から集中的に工事が始まるフィンランド。1日に12時間も働くこともあり、コーヒー休憩は5~6回ということがよくあるそうだ。
「コーヒー休憩は1回15~20分、ランチ休憩は30分くらいかなぁ。僕はセネガル出身でフィンランドに住んで16年。フィンランド人の同僚ほどはコーヒーは飲めないよ。フィンランド人はコーヒー飲みすぎだ、飲み方がおかしい!」と笑うチャルボさん
フィンランド人のサミさんとオッシさんは、1日に飲むコーヒーは、「6~10杯」だそうだ。
「イタリアと違って、フィンランドのコーヒーは薄いから飲みやすいんだ。お茶はあまり飲まない。僕の体はコーヒーとビールでできている」
「コーヒーを飲まないと疲れてしまって、仕事ができないよ」
「コーヒーを最初に飲んだのは4才かな」
「仕事の契約書にカハヴィタウコが明記されているかは、しっかり確認していないなぁ。きっと雇い主は守ってくれるだろうと、心から信じているよ」
コーヒーが日常でどれだけ浸透しているかを教えてくれた。
ちょうど後日、ほかのカフェを回っていると、工事現場で働いていそうな男性たちが、おしゃれな店内でコーヒーを飲んでいた。
「もしかして、今はカハヴィタウコ中ですか!?ぜひ、写真を撮らせてください!」
そう言いながら興奮して近づくと、ぽかんとされ、店内の他のお客さんも笑っていた。フィンランド人にとっては、当たり前すぎる光景で、何が珍しいのかわからないようだ。
スヴァンテ・ハンプさんは、カフェ・焙煎所「カッファ・ロースタリー」(Kaffa Rostery)の創設者だ。
「カハヴィタウコのおもしろい点といえば、労働規約で、『休憩』とではなく、『コーヒー休憩』と、『コーヒー』という言葉が強調して明記されている点です。みんなの1日の生活の中で深く根付き、企業は社員に無料でコーヒーを提供し、人と人が会って話す時にもコーヒーは必要。私たちのメンタリティに深くつながっているんでしょうね。冬は長くて寒いから、余計コーヒーが飲みたくなるのかもしれません」
4月に開催されたヘルシンキ・コーヒー・フェスティバルで、「今年のインフルエンサー」に選ばれたラリー・サロマさん。スウェーデン発祥、フィンランドにあるカフェ「ヨハン&ニーストロム」の経営をする。
フィンランドの人がコーヒーをたくさん飲む理由に、「寒い気候」「綺麗な水道水」に加えて、「戦後に国を立て直すために、たくさん働かなければいけなかった国民は、よりコーヒーを必要とした」と話す。
「フィンランド人は平日か週末かは関係なく、ずっとコーヒーを飲んでいます。結婚式、葬式、仕事をしている時。失職中だとしても、それはそれでコーヒーを飲める時間がさらに増えますしね」と笑う。
ヘルシンキを訪問中だった私は、フィンランドの総選挙とコーヒーカルチャーを同時に取材した。選挙の開票日直前、各地で政党がスタンドを出し、市民と政治について話をすることができる。どこの政党もコーヒーを無料配布しており、国民連合党の議員は、「コーヒーは絶対に用意しておかないと、立ち寄る人がふてくされてしまうんですよ。人と話す時にコーヒーは絶対必要」と話した。
滞在最終日、空港に向かう前に「アルティザン・カフェ」でカプチーノを飲んでいる時だった。
「フィンランドにカハヴィタウコの習慣がなかったら、カフェに来るお客さんの数は圧倒的に少なくなっていると思いますよ」と、バリスタのカーポ・パーボライネンさんはつぶやく。
「コーヒーを飲む時間は、人として当たり前の権利」。冬が長く寒い国で、その考え方を小さい頃から教えられているから、フィンランドの人はこんなにもたくさんのコーヒーを飲むのかもしれない。