政情不安で食料調達に懸念も
レバノンでは上位1%の国民が国内総生産(GDP)の4分の1近くを稼ぎ出し、中東でも貧富の格差が大きい国の一つ。上位0.1%が下層50%と同じ収入を得る。公正な競争やルールに基づいて富が蓄積されたなら庶民の怒りも高まらない。だが、多くのレバノン国民は、政治家や特定の一族など特権階級が不正を働いて富を収奪していると憤っている。政治家の経済失政も加わり、2018年4月時点の政府総債務残高は対GDP比152%と財政破綻の懸念が浮上している。
レバノンは移民を海外に送り出してきた歴史が長い。ゴーン被告は大統領候補として名前が挙がったこともあり、成功した移民の一人として尊敬を集めてきた。ところが、昨年10月に始まったデモで、有力政治家や富裕層には庶民から一段と厳しい視線が送られるようになった。ゴーン被告に対しても風当たりが強まっている。
デモや政治の機能不全は、経済活動に悪影響を与え、食生活も懸念される事態に陥っている。中東のニュースサイト「アル・モニター」によると、2019年10月17日にデモが始まって以降、企業の操業停止や一部停止が相次ぎ、16万人以上が失職。貧困水準にあるのは国民の3割以上に達しており、国連食料計画(WFP)によると、49%のレバノン国民が食料の調達に懸念を抱いている。
肉食減らす動きも
そこで注目されているのが、安価で栄養豊富な豆料理というわけだ。 ところが、レバノンの農業基盤は弱く、約8割の食糧を輸入に頼る。レバノン・ポンドの下落により、豆を含む輸入食料の高騰が庶民の台所を直撃している。このため、自分たちで食料を生産しようという動きが活発化。首都ベイルート南東にあるショーフ地区では、民間団体と行政が連携し、耕作放棄地を再び開墾して小麦や豆類の種を蒔いたという。
庶民の間では、値の張る鶏肉や羊肉を食べる回数が減っている。レバノン人の友人は「肉を食べるのは以前よりも減って週1回程度」と話す。肉の代わりとなるタンパク源を供給するのが栄養豊富な豆料理であり、 代表的なのはレンズ豆を使ったムジャッダラだ。
筆者がムジャッダラを知ったのは、エルサレムに住んでいた時だった。戦争取材の息抜きとして週末に通ったり、地元の人たちとの会話を通じてアラビア語を習得したりしたいと思い、パレスチナ人が住むヨルダン川西岸の小村タイべに部屋を間借りした。家主である老婆ミリアムから最初に手ほどきを受けたのがムジャッダラだった。パレスチナもレバノンも、かつてはオスマン帝国統治下にあったという歴史を共有する。共に地中海東部沿岸地方のレバントという地域に存在し、ムジャッダラをはじめとした食文化も共通する部分が多い。
このムジャッダラは筆者の大好物。ヘルシーで腹持ちがいい。ヨーグルトやサラダを添えれば、栄養バランスはさらに良くなる。イタリアのお粥にリゾットがあるが、ムジャッダラはいわば中東のリゾット。ベジタリアン・メニューでもある。豆の甘みがお米に染み込み、ターメリックの香りがたまらない。今は亡きミリアムが「またムジャッダラかい。たまには肉を食べないとね」と言って、よく微笑んでいたのを思い出す。