HTHには、決まった教科書、定期試験がないことで知られる。時間割も一日2、3コマしかなく、緩やかである。どんな授業をするかはそれぞれの教師にまかされている。生徒たちはチームを作り、保護者などが見学に来る学期末の展示会に向け、作品を制作する。教師は2人でチームを組み、それぞれの得意分野を生かしつつ協業する形で、プロジェクトを考える。
低所得者層の子弟も多いHTH
この学校を舞台にしたドキュメンタリー映画「Most Likely To Succeed」(成功に一番近い教育とは)のプロデューサーであるテッド・ディンタースミスさんには、昨年6月にインタビューをした。
■【関連記事】 米教育界の論客が映画で見せた「これからの教育」
HTHは裕福な子弟が通う私立校ではない。特別な認可を得た公立のチャータースクールで、低所得層の子どもが5割を占める。だが、テスト準備のための授業がないのに、州の標準テストの成績は平均を上回り、大学進学率も98%と高い。
ディンタースミスさんに、なぜなのかと聞いたところ「生徒たちはやっていることが面白いから、早いスピードで学んでいく。先生にたくさんの質問を投げかけ、楽しいから学びも深くなり、そこで得た知識も保持できる」と話していたのが印象的だった。
今回のワークショップは、1月4日から6日までの3日間、東京都千代田区にある武蔵野大学附属千代田高等学院で開かれた。招かれた先生は、HTH高校の科学教諭のジョン・サントスさんと、小学校教諭のジャメル・ジョーンズさんの2人である。
研修は、46人が受講
経済産業省の「未来の学校」事業の採択を受けた研修で、参加した小中高の学校や教育委員会関係者は46人。この東京での研修の前に、15人の学校の先生や教育委員会関係者を連れて、サンディエゴのHTHへの見学研修も行われた。
「FutureEdu」代表理事の竹村詠美さんと、「こたえのない学校」代表理事の藤原さとさんが中心になって、米国と日本の研修を企画・実行した。
ワークショップで配られた「教師向けの手引き」には、PBL学習を成功に導くには3つのカギがある、とある。それは
①展示 ②(何度も練られた)草案 ③(建設的な)批評
なのだという。
展示の部分を日本の先生たちに解説していたサントスさんは、「どういう場所でどういう展示を行うか、ということを、学習の最初に考えるべきだ」と強調していた。学校内ではなく、公共の目に触れる場所で一般公開する形で展示スペースが確保できれば、生徒たちのやる気はさらに増す。「良い点数を取る」などというものよりも、はるかに強い動機付けになるし、学校と地域の関係を強化することにもつながるという。
生徒に何度も草案を作らせることは、個人評価を行うのに有益だという。最終の作品だけでなく、最初の草案からどの程度改善したかが評価できるからだ。
また、生徒同士が、その作品を批評しあうことはPBLでは最も大事なプロセスだが、その際に3つの基本原則があるという。それは、
①作品を出す側は弱い立場にあるため、親切に
②曖昧ではなく、具体的に
③作品の改善に役立つ
この3点を意識させると、良いプロセスになっていくのだという。
研修では実際に、日本の先生たちが生徒になりかわって、プロジェクトを経験する実践も行われた。段ボールを使って実際に履けるハイヒールを作ったり、自分の顔をスマホで撮影し自画像を描き、お互いに批評するといったプロジェクトがあった。
ようやく体系化されたPBL
PBL学習そのものは、古くからある方法だ。「手引き」によれば、20世紀初頭には人気を博し、1970年代にも再びもてはやされたという。だが、体系化できず、厳密さに欠けたことなどから、評判が落ちた時期もあった。
だが、デジタル技術の発展などによって、生徒たちが本格的な調査ができ、高品質な作品を制作して公開することが容易になったのは追い風だった。また、プロジェクト学習や評価の方法などを体系化することで、PBLを広める環境が整ってきたという。
研修には、都立武蔵高校の山本崇雄教諭も参加していた。山本さんの英語の授業は、生徒たちが教壇にたち、教えあいを行い、成績を伸ばしていることで知られる。「なぜ『教えない授業』が学力を伸ばすのか」(日経BP社)という本の著者でもある。
山本さんは、研修について「自分が実践していたこととつながる」と思ったという。たとえば、題材に観光が出てくれば「理想の旅行プランを提案しよう」、学校生活が出てくれば「理想の学校を作ろう」といったテーマで授業を行ってきた。
山本さんが驚いたのは、プロジェクトを展示会で終わらせずキュレーション(そのプロジェクトをいかに社会に還元するか)まで考えられていた点だったという。
また、隠岐諸島にある島根県立隠岐島前(どうぜん)地区から、魅力化プロジェクトの澤正輝コーディネーターも参加していた。同地区は、地域と密着したPBL学習で知られ、全国から高校生が集まり、離島には珍しく生徒数が増えている。澤さんは「HTHはプロジェクトを効果的に進めるためのツールはどんどん提供し、それを用いて何を作るかは生徒たちに任せている印象だった。隠岐では主体性と協働性を育むために何を作るかだけでなく、どう作るかも生徒たちに任せている点は異なる」との感想だ。
同じ公立校でも、島根県の場合、ほぼ3年ごとに先生は他校へ異動するのに対して、教員になってからも学び続ける仕組みは、HTHのほうが整備されていると感じたという。
ちなみに、サントスさんに聞くと、HTHの教師は1年ごとの契約で、サントスさんのように16年も務める人もいれば、学校が再契約しなかったり、本人の希望で転職する人もいるという。
「学び方を学ぶ」――それがPBL
研修最終日の夕方に、サントスさんとジョーンズさんに話を聞いた。2人とも来日は初めてだ。
サントスさんは「PBLのすべてをカバーできたわけではないが、プロセスの最初としてはとても成功だった。先生たちはとても熱心だった」と話し、ジョーンズさんは「日本の先生たちが慣れないやり方にもオープンにトライする姿勢が嬉しかった」という。
高校生に生物や物理を教えるサントスさんの授業では、85%をPBLにすることをめざし、小学校1年生を教えるジョーンズさんはおよそ半分がPBLだという。残りは、知識を直接教えるタイプの従来型の授業だが、その中でも、生徒たちが議論しあうように心がけている。
裕福な地区ではない公立の高校でPBL中心の授業を行い、州の平均点よりも、標準テストの成績も良くなるのはなぜか。サントスさんの回答はシンプルだった。「単に情報を話すだけだと、人間は多くを忘れる。何かを具体的に示せば、いくらかは覚える。だが、プロジェクトに巻き込めば、人間は理解するものだ」
「PBLの究極の目的は、学び方を学び(learn how to learn)、生涯にわたって学ぶ人間を育てることだ」と2人は一致して語る。プロジェクトによって知識もつくがそれが目的ではなく、「フレームワーク」を学ぶことがより重要なのだという。問題に直面し、常に考え、失敗もしながら、解決法を見いだしていく。
なので立派な見栄えのよい作品を作ることよりも、批評や失敗も含むプロセスが重要なのだという。サントスさんがPBLを学び始めた先生たちにいつも教えるのは、「展覧会において展示されている作品が、展示物ではない。それは単なる工芸品(artifact)であり、話題(talking point)にすぎない。それを作った生徒自身が、展示の主役なのだ」と。違ったプロセスで学び、成長する生徒そのものが、それぞれ違った展示(exhibition)になっていることに意味があるのだという。
この研修を共同企画した藤原さんは、HTHを昨年3回訪問した。「HTHは、公立校であり、さまざまな人種、経済的なバックグラウンドをもつ生徒が集まっている。家庭環境から前向きに生きられなかったような生徒が、PBLを通じて前向きになれるような文化がある。そうしたことを今後も研修などを通じて伝えていきたい」と語る。
竹村さんは、2016年からHTHを訪れ、「Most Likely to Succeed」の映画上映会も全国で実施している。「PBLは、文部科学省が次期学習指導要領で掲げる『主体的・対話的で深い学び』との親和性も強い」とした上で、「映画をみれば、HTHの魅力や効果はわかってもらえるが、日本の現場でPBLを広げるには、実際に研修を受けたり、そこで体感したことを学校に戻ってほかの先生に伝えるプロセスが有益だと思う。今後も、先生方の実地面での支援となる活動を継続したい」と話している。