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ただ聞くではない、身につく聞き方がある ベテラン翻訳家が出した「おうち英語」本

グローバル教育考 更新日: 公開日:
鹿田昌美さんの仕事部屋。本棚には、訳書や原書などが並んでいる=東京都内の自宅で

売れっ子翻訳家の日常は、忙しい。平日は、午後10時に寝て午前3時に起きる。起きてから午前6時までの3時間と、午前9時から午後4時までが基本的に仕事の時間で、それ以外は、家事や家族との団らんなど翻訳以外の時間にあてているという。

仕事との両立の関係で、いま11歳の息子は、ゼロ歳児から一般の認可保育園に入れた。

海外暮らしをしたわけでもなく、英語の早期教育にお金をかけたわけでもない。

「がんばらない」「教えない」ままにしていたのに、息子は、10歳で英検2級(高校卒業程度)に合格した。自らが息子と一緒に実践してみた学習法を、広く伝えたい。そんな気持ちで出した単著が、7月13日に発売された「『自宅だけ』でここまでできる! 子ども英語 超自習法」(飛鳥新社)だ。

■「おうち英語」始めたきっかけ

7月13日に発売された鹿田さん初めての単著「子ども英語超自習法」

さまざまなヒントが記されているが、最も肝心なのは、乳幼児のころから、意味がわからなくても、英語を自然な形でリスニングをさせる、という点だ。乳幼児は、日本語についても、最初は意味がわからないまま聞いているので、その意味では同じである。用意するのは、CDプレイヤーとCDだけで良いという。

ただし、何でもいいから英語のCDを聞かせればいいという訳ではない。

子どもを観察し、子どもが興味を持つ分野やテーマについての日本語や英語の本を読ませつつ(英語は見せるだけでもいい)、朗読CDを聞かせると効果があるという。

親が子どもに読ませたい本を与えるのではなく、子どもが読みたいもの、関心があるものを優先させるのがポイントだ。

同じCDでいいので、繰り返し聞くと、英語も自然に覚えていくという。

「もともとは、英語を教えよう、という気持ちではなかったんです。いろんな歌を聞かせたい、歌の楽しさを知ってほしい、という気持ちで、英語の歌のCDを買ったのが、おうち英語のスタートでした」と鹿田さんは話す。

なぜ英語の歌にしたかというと、自分もマザーグースの歌詞をおさらいできたら楽しいと思ったからだという。「私は学生時代、コーラス部で、趣味で楽器を弾きます。『人生に本と音楽を』が信条なので、子どもには赤ちゃんの頃から音楽に親しみを持たせたかったのです」

本の中で推薦文を書いた慶應義塾大学の皆川泰代教授(言語心理学)は、この本のノウハウを「鹿田メソッド」と名付けた。

推薦文によれば、ただ聞かせるだけだと、乳幼児の言語習得に効果がないということは科学的に示されているため、「リスニング中心」の方法に、最初は懐疑的だったという。ただ、本の中に、リスニングだけの学習を「おうち」で可能にさせる仕組みや仕掛けがあり、親が英語と子どもをつなぐための「技」について腑に落ち、夢中で読み進めたという。

■損保会社から翻訳業へ

母校の国際基督教大学キャンパスで=佐藤慈子撮影

鹿田さんは大阪生まれ。従業員30人ほどの鍛造会社を経営していた父と、専業主婦の母の家庭で育った。13歳のときに、母を病気で亡くし、大きなショックを受けた。中高一貫の女子校であるプール学院から国際基督教大学に進み、大学3年で、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に留学した。その留学の1年以外に、海外に住んだことはないという。

大学卒業後、損保会社に就職したのち、翻訳会社に転職。勤めながら、映画雑誌のライターの仕事もこなした。1999年に、翻訳家として独立したあとも、ライターの仕事は続けていたが、2009年に息子を出産したのを機に、翻訳に専念するように。エンジニアの夫は仕事が忙しく、家事と育児は、「ほぼワンオペ」でこなしてきたという。

手がけた訳書の中で、「いまの科学で『絶対にいい! 』と断言できる最高の子育てベスト55』(ダイヤモンド社) と「レディ・レッスン」(大和書房)の2冊が10万部を超えている。「子育ての経済学」(慶応大学出版会)、「フランスの子どもは夜泣きをしない」(集英社)など、子育て関係の訳書も多い。

■英語は世界を広くするドア

訳書は、単行本が文庫になったのも含めると78冊。イギリス人ジャーナリストの著した「世界を知る101の言葉」(写真中央)は、今年5月に出版された

鹿田さんはなぜ、本業である翻訳を離れ、単著を出そうと思ったのだろうか。

それは、「英語は世界を広くする『ドア』であり、そのツールを日本の多くの子どもたちにプレゼントしたい」と思ったからだという。英語を使う人口は、非ネイティブも含め11億人。英語を使えば、世界の5人に1人とコミュニケーションが取れる。インターネットからも、英語が読めれば、ぐっと情報を取りやすくなる。

息子にも、英語が得意になってほしいというより、「英語ができると、世界が広がって、人生が楽しい、とあなたのお母さんは思っています、と伝えたかったのです」と鹿田さんは話す。

「自動翻訳の時代には、英語力が不要になるという考え方もありますが、自動翻訳に頼りすぎると、人間社会にとって最も大事な『相互理解』から遠ざかると思います」とも言う。

その思いは、翻訳者としての経験に基づいている。よい翻訳をするには、背景となる異文化への理解が必要で、翻訳者は「コミュニケーションの架け橋」を行っているのだという。単に外国語を日本語に置き換えているのではなく、ファクトチェックを行い、訳注を入れたり、原書にはない参考資料を追加したりすることもある。

英語を学ぶことは「多様性に理解のある子どもを育てる」ことだと、鹿田さんは考える。

■母語を大切に。ベースは日本語

翻訳するときには、書見台に原書を立て、ノートパソコンで訳していく=東京都内の自宅で

皆川教授も推薦文で記しているように、子どもの性格や家庭環境などによっては、このメソッドに通りやっても、うまくいかない場合もあるかもしれない。ただ、英語漬けの早期教育の推奨ではなく、母語である日本語力が一番重要という立場に立っている点は、「バイリンガル教育」という観点からも参考になる。

親の勤務の関係で子どもが小さいころから英語圏で暮らしたり、日本にいて子どもを幼児からインターナショナルスクールに通わせたりするのは、恵まれた環境だと見られがちだが、実は、日本語と英語の両方とも年齢相応のレベルに達しない「ダブル・リミテッド」といわれる状態になるリスクもある。「鹿田メソッド」は、日本語をベースにしつつの英語自習法なので、たとえ子どもが英語自習になじまなくても、「ダブル・リミテッド」になる心配はなさそうである。

「子ども英語超自習法」は、英語の早期教育のノウハウ本にみえるが、それだけではない。多様な価値観、異文化への理解を進めつつ、子どもが興味を持っている分野を伸ばすという「主体性重視」の考え方に立っている。この本を読めば、そもそもどんな子育てをしたいのか、親が考えるきっかけにもなりそうだ。