自宅の本棚にしまってあった大学の卒業アルバムを久々に開いてみたところ、留学生と推定される人は、同級生約220人のうち、ほんの数人であった。
それから四半世紀が経過した2018年10月1日現在、国際関係学部の学生1453人のうち、留学生は22%に当たる320人。大学院国際関係研究科に至っては、院生172人のうち133人が留学生だ。院生全体に占める留学生比率は実に77.3%に達しており、大学院に関する限り、日本人は完全な少数派である。
この結果、たとえば今年の春学期(4月~7月)に私が担当したある大学院の授業は、受講生15人全員が留学生だった。学生の国籍は米国、中国、タイ、インドネシア、ネパール、カナダ、キルギス、フィンランド、ポーランド。日本の大学でありながら、日本人学生はゼロである。
これ以外の授業でも、韓国、ベトナム、ルーマニア、デンマーク、フィリピン、オーストラリア、シンガポール、台湾、そして私の専門領域であるアフリカのソマリアや南アフリカ……と、それこそ世界中の国からやってきた若者と顔を合わせる。日本語が全く分からない学部生・院生も多数おり、私は四苦八苦しながら下手な英語で授業している。
これまでにも「日本の大学にも留学生が増えた」という漠然とした認識はあったが、恥ずかしながら、ここまでキャンパスの光景が激変しているとは知らなかった。
そこで、独立行政法人日本学生支援機構の統計を調べたところ、2017年5月1日現在、日本の大学、大学院、短大、高等専門学校などの高等教育機関で学んでいる留学生は、前年比10.1%増の18万8384人だった。
この統計によれば、私が大学に入学した1989年の日本で学ぶ留学生の総数(日本語学校も含む)は3万1251人に過ぎなかったというから、キャンパスの光景も大きく変わって当然である。
違う価値観に触れ、自分を相対化する
(学生)「言論の自由が重要だというのは分かります。しかし、中国は世界で最も人口が多く、皆が自由に好きなことを言い始めたら国は混乱します。人口が多い国では、言論の自由が制限されるのはやむを得ないと思います」
(白戸)「確かに人口の多い中国は、国家としての統一を保つのが大変でしょうね。しかし、国連の推計によると、インドの人口は中国に迫っており、2025年までに逆転すると予想されています。そのインドでは既に民主主義が定着し、言論の自由が存在しますが、インドは国家としての統一を保っています。あなたはこの現実をどう説明しますか」
(学生)「しかし、貧しい国が経済発展するためには社会の安定が必要です。中国はまだ貧しいので、まずは経済発展を優先し、民主化は後で考えればよいと思います」
(白戸)「なるほど。経済発展のためには政治や社会の安定が重要です。しかし、中国よりも遥かに貧しい国がひしめくアフリカでは、1990年代以降、大半の国が複数政党制下で選挙を実施し、民主的な政権交代が実現している国が多数あります。それでも『貧しい国には民主主義の導入は時期尚早』と言えるでしょうか」
(学生)「いやあ、それは……(苦笑)」
ここで紹介したのは大学院の授業で、私が中国人留学生と実際に交わしたやり取りの一部である。授業では、各国から来日している留学生と教師の間で、あるいは留学生同士で、こうした意見交換や対話が行われている。
留学生たちは、日本人や他国の留学生との対話によって、自らの考えを相対化する機会を得ている。ここで紹介した例でいえば、共産党の一党支配を正当化しようとする中国の若者は、日本人教師の私の「意地悪」な反問によって、自らの考えがどの程度普遍性を持つか否か再検討せざるを得ないだろう。日本の大学は、世界の若者たちに、そうした機会を提供する場になっている。
自国礼賛からは何も生まれない
文部科学省によると、海外の高等教育機関に留学している日本人は、9万6641人(2016年度)。一方、先述した通り、日本の高等教育機関で学ぶ留学生は18万8384人に達する。つまり、現在の日本は、外国へ勉強に行く若者よりも、勉強しにやって来る外国人の方がはるかに多い国になっている。
学びに来てくれる外国人の多さは、誇るべき現象である。わざわざ膨大な時間と金をかけて「ダメな国」にやって来る若者はいない。人によって訪日の理由は様々だろうが、日本は長期留学に値する国であると判断されているのである。
ただし、われわれ日本人の側も、留学生との対話によって、しばしば海外旅行をはるかに上回る知見が得られることを忘れたくない。
近年、日本国内で自国礼賛が流行っている。書店に行くと、日本は素晴らしい国であるという本と、反中や嫌韓の本が並んで売られている。私も日本は素晴らしい国だと思うが、自国礼賛と他国非難から進歩は生まれない。日本が長年、世界に学んで発展してきた国である事実は、自国礼賛よりも他国の長所を学ぶ方が重要であることの証左ではないだろうか。
世界の人々は自国を、日本を、世界を、あるいは歴史や政治について、どのように考えているのか。また、各国の優れた点は何か。留学生の増加は、こうした事柄について、日本にいながら知ることができる貴重な機会である。
■新聞記者としてアフリカを取材し、現在はアフリカ研究を続けながら大学で国際ジャーナリズム論を教える白戸圭一さんが、国際情勢や日本社会を独自の視点で取り上げる「アフリカの地図を片手に」の連載を今月から始めます。
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