「制限時間は18分間。さあ、スタート」
シドニー北部の州立フォレストハイスクール(中高)の教室で、先生のかけ声とともに、「ランニング書き取り」と名付けられた競争が始まった。12人の生徒たちが4つのチームに分かれ、チームの1人が廊下の壁に貼ってある英語の文章を覚えて戻ってきて、教室内のメンバーに話し、みんなで書き起こす。何度も教室と廊下をメンバーが行き交いながら、チームの中でやりとりし合い、文章を完成させる。11年生(日本の高2)のノンネイティブの生徒たちが学ぶ英語(同校ではEALD=第2言語としての英語=という)の授業の一コマだ。
この日の文章は、カンボジアのポル・ポト政権時代の大量殺害を題材にした映画「最初に父が殺された」を説明した6つの文からなる一節だった。そのうちの文をひとつ紹介すると、
”It teaches us how essential it is to be empathetic and caring towards each other, as well as help people in times of war”(この映画は、戦時において、助け合うということともに、互いに心を傾け合い、気にかけることが、いかに大切なのかを私たちに教えてくれる)
といった具合だ。
「単語のつづりが間違いないか、文法的に正しいか、よく確認して」とキャメロン・ローランド教諭。「できました」と最初に手を挙げたのは韓国人の女子生徒たちのチームだった。
文章を読んで覚え、チームの仲間に話して伝えて、つづりや文法も間違いがないように書き取る。「トータルな英語力を鍛える授業。生徒もとても楽しんでいる」(ローランド教諭)
こんなEALDの授業は週3、4時間。難民問題から先住民(アボリジナルピープル)と様々なテーマで新聞記事や小説、映画などいろいろな素材を使いながら、ノンネイティブの生徒たちの英語力のアップを図る。
サポート要員は少なめ
前回紹介したメルボルンのウェストール・セカンダリーカレッジ(中高)と違い、フォレスト校は、7~12年生(日本の中1~高3)の約800人のうち3割が英語を母語としない生徒たちで、外国からの留学生は80人ほど。学校ではネイティブの白人の生徒たちの姿が目立つ。オージーが大好きなビーチにも近い同校周辺は、白人の人口が多い地域だ。
ただ、そんな地域だから、EALDを専門とする教員は、ローランド教諭ら2人しかいない。そのローランド教諭も、人繰りの関係で歴史や地理も教えないと、回らない。EALDの教員の陣容はノンネイティブの生徒の数に応じて州の予算が割り振られる。英語を母語としない生徒たち向けの教育にどこまで力を注げるかが課題になる。
とは言え、そこは、移民社会の豪州。「留学生は歓迎します。国際的な雰囲気になることは望ましいから」というデニス・ライト副校長をまとめ役に、留学生の支援チームをつくっている。ノンネイティブの多くは、以前にとり上げた州立の英語集中校(IEC)を学んだ後で入ってくる。
それでも、やはり現地校で学ぶには、引き続き支援が必要だという。とくにアジア系の生徒のサポート役になっているのが、普段は第2外国語の科目で、中国語と日本語を教える修叶教諭だ。中国出身で自身も小学5年生から豪州にやってきた元留学生。3年前に同校に赴任してきた。
登校時の出欠確認の20分間に留学生たちの出欠を取るのは、修教諭の役目だ。その時間を使って、各教科で提出が求められている課題の内容などで不明な点はないかを個別に聞く。英語力が足りず、課題で何が求められているのかを十分に理解できず、よい成績が取れないといったケースが以前は多かったため、留学生をほかの生徒たちと分けて出欠を取ることにしたという。「科学とか地理、歴史とか、課題はあらゆる科目で出ますから」。ときには、特定の科目の授業に入って、個別に生徒を助けることもある。
現地高校で英語を学ぶ、ということは、英語で行われる高校の授業をこなしていく、ということなのだ。英会話学校で話し言葉を学ぶ、というのとは訳が違う。
ネイティブと仲良くなれるかどうかは自分次第
一方で、ネイティブの生徒が多い学校なのだから、授業以外でも英語ができるようになる環境なのでは。そう思うのだが、豪州の中高校には「ホームルーム」はなく、選択する科目の授業がある教室に、生徒たちが移動するのが普通。日本のように「1年3組」のような所属クラスのホームルームでいつも同級生と顔を合わせ、授業やいろいろな行事を通じて友情や交流を深めていく、という状況には必ずしもならないという。
それでも、7、8年生から学び始めた場合、この年次では全員が受ける必修科目も少なくなく、ネイティブの生徒たちとも親しくなりやすい。ただ、10年生になるころまでに、仲良しグループは固まってしまう。10年生以降に入ってきた外国人たちは「まず、複雑な授業の内容を英語でこなすことに悪戦苦闘する」(ライト副校長)こともあって、ネイティブの生徒たちの中に入っていく余裕がないケースも少なくないようだ。
11年生の中国人留学生、ジョーダン・チャンさん(16)はIECで半年学んだ後、昨年、10年生で入学した。「授業で先生が言っていることはたいていわかる。でも、地元の生徒たちがとても速く話すので、聞き取るのが難しい。ふだんは中国人の友達といっしょにいることが多いです」と認める。
一方で、11年生の韓国人のエミリー・キムさん(17)は中学時代に米国にいた経験もあり、ネイティブの友達もできた。「私は、ネイティブの人が多いという理由で、この学校を留学先に選んだ。怖がらずに自分から心を開けば、いい友達がつくれる。でも、アジア出身の生徒たちは本当にシャイなので」と話す。積極的にネイティブが多数の環境に入っていくかどうかは自分次第、ということだ。
「私たちは家でも英語を話すように奨励しますし、どこまでできるようになるかは個人の姿勢に大きく左右されます。過去2年とも、首席で卒業したのは留学生でした。2人ともとても一生懸命に取り組んでいた」(ライト副校長)
修教諭も言う。「私たちは能力ではなく、態度で生徒たちを判断します。IECでの成績が良くなかった生徒も、高校に移ってきてからやる気を持って取り組み、相当よい成績を取ることも珍しくないのです」
(次回は9月5日に掲載します)