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公立校でもここまでできる学校改革 麴町中の工藤校長が目指す「現代の寺子屋」とは

グローバル教育考

最初に工藤さんに会ったのは、今年6月に開かれた教育NPOFutureEdu Tokyo」(竹村詠美、吉川まりえ共同代表)主催の公開討論会でのこと。その会場が麴町中学校だった。

パネリストの一人としても登壇した工藤さんは、「今の学校教育の問題は、学習指導要領を神様のように敬っていること」と発言した。公立校の校長らしからぬ歯に衣着せぬ物言いに、思わず身を乗り出した。「学校の宿題や定期テストを全廃」「固定担任制もやめた」と聞いて、さらに驚いた。公立中でそんなことができるのか。

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麴町中学校。創立は1947年。2012年に新校舎が竣工した

民間出身の校長なのかと思ったが、経歴を調べてみたらそうではなかった。2014年に校長として麹町中に赴任する前は、新宿区や東京都の教育委員会でも働いていた。興味をもって学校に通い、改革の狙いやその原動力について話を聞いた。

 ■学校は「社会に出るため」にある

工藤さんに話を聞いて、最大の特徴だと感じたのは、学校の目的や存在意義を明確にし、公言していることだ。

「何のために学校があるのか。私の答えはシンプルです。子どもたちが社会の中で生きていくためだ、と思っています。学習指導要領をこなすためや、暗記してテストで良い点を取るために学校があるわけではない」

工藤さんが学校を社会への準備と位置づけている背景には、人工知能(AI)の発達などで人間の職が失われていく変化が激しい時代だからこそ、生き抜くための「ソフトスキル」を身につけさせたいという発想がある。

コンピューターソフトを自在に使えたり、プログラミングができたりといったスキルは、「ハードスキル」と言われる。

それも大事ではあるが、他人と協力しながら課題を解決する能力、リーダーシップといった「ソフトスキル」が、AI時代にますます重要になっている。工藤さんは、世間に対してわかりやすくするために、目指すべき中学像として「現代の寺子屋」という言葉を使っている。経済活動やコミュニケーション活動の学びを基本とした江戸時代の寺小屋のような学びの場が今、改めて必要だと感じているのだ。

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「全員が、みんな違っていい、ということを受け止めること。それが大事だと思っている」

ソフトスキルを学ぶには学校を閉鎖的にしないことが肝心だ。「学校が社会からかけ離れた存在にならないように」と、授業のカリキュラムやアフタスクールなどを通じて、民間企業の社員や研究者、大学生など外部の人、多様な人材と触れ合える機会を積極的に作っている。

例えば、NTTドコモや大和ハウスなど大手企業の協力を得て、模擬的なインターンシップを導入している。各企業から具体的なミッションをもらい、企画力を磨くのが狙いだ。

また、さまざまなジャンルで活躍している専門家に「特別講義」をしてもらっている。これまでに脳科学者、経営コンサルタント、カメラマン、シェフなどが講義をした。実際に生徒に感想を聞いてみたら、面白かった講義として、日本マイクロソフト勤務でプレゼンテーションの指導で定評のある澤円さん、フリーアナウンサーの赤平大さんなどの名前が挙がった。

アフタースクールでは、部活動やサークルのほかに「麹中塾」があり、東大や東京理科大、上智大の学生が実際に勉強を教えてくれる。アナウンスやプログラミングなどを学ぶサークルもある。

■「プロジェクトを提案せよ」

修学旅行も一味違う。「ツアー企画取材旅行」と称し、大手旅行会社と連携し、生徒たちがツアー企画を提案する形にしている。生徒は、出発前に旅行会社の社員から「出前授業」を受け、現地取材のコツを学び、実際に訪れた京都などで取材して、情報を集める。旅行から戻ると、再び社員からパンフレットの作り方などを学び、最後にプレゼンを行う。こうして、生徒発案のツアー企画ができあがる。

麴町中は昨年、70周年を迎えた。かつては「番町小→麹町中→日比谷高→東大」が典型的なエリートコースとされ、麹町中は「公立の名門校」と称された。近年は中学受験で私立高を選ぶ学生が増え、目標の私立や中高一貫の公立中学に合格できず、挫折感を抱いて麹町中に来る生徒も少なくはない。

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校長室にはホワイトボードがある。工藤校長は学校のコンセプトを、ホワイトボードに書き込みながら説明した

そうした学生が中学2年の23日の合宿のあたりから、自信を持ち、大きく変わっていく光景がみられるという。この合宿は「スキルアップ宿泊」と名付けられ、企業や大学の協力を得て、与えられたミッションの企画を練り、プレゼンを行う。その過程で、ブレーンストーミングやKJ法など実際のビジネス現場でも使われているさまざまな思考ツールを学び、さまざまな対立を経験し、解決策を探る。

昨年のミッションは「2020年、東京オリンピック後のハッピープロジェクトを提案せよ」だった。

■「大人ってけっこう素敵」が原動力になる

「学校は生徒たちにとってこれから生きていく社会を象徴するもの」だと考える工藤さんは、生徒たちに実際の社会を疑似体験させ、「世の中まんざらでもない。大人って、けっこう素敵だ」と思ってもらうのが願いだという。

先行きが不透明な時代、信頼できる大人も大勢いて問題を解決に向けて努力しているという確信を持ててこそ、生徒たちは希望をもって前に進むことができる。学校を外部に開き、ロールモデルになるような社会人や学生との触れあいが、生徒に刺激を与え、将来を考えるきっかけになるのではないか、と考えている。 

■宿題は自律を失わせる

 麴町中の3つの目標は、「自律」「貢献」「創造」。その中でも、特に「自律」の重要性を掲げる。これからの変化の激しい社会を生き抜くには、自分で問題を解決し、乗り越えていく力とスキルが欠かせないからだ。

2014年度に着任以来、宿題は徐々に減らしてきたが、今年度からついに「全廃」したのは、「宿題はできる子にとっては時間の無駄、できない子にとっては重荷になる。宿題を出し続けると、子どもたちが自律の精神を失う」と考えたからだという。

毎学期の中間、期末といった定期テストをなくしたのも、同様の理由からだ。本来、テストは生徒自身が自分の学力を把握して、勉強を続けていくために行うべきものなのに、生徒は定期テストのために知識を詰め込み、その後は忘れてしまう。そもそも、定期テストは生徒のためではなく、生徒を評価する教師のための仕組みになっているのでは、と感じたという。

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FutureEdu Tokyo主催の教育イベントの分科会で、教育関係者らにプレゼンをした

麹町中では、定期テストを廃止した代わりに、各教科ごとの単元テストを頻繁に行い、授業で学んだことが定着しているかどうか自分でわかるようにした。テストの点数が悪かった生徒は、希望すれば再びチャレンジでき、点数が上がれば、成績に反映される。

出題範囲を定めない実力テストも年5回、実施している。ただし、結果は成績には反映されない。自分の学力向上のの判断材料にしてもらうのが目的だ。実力テストを成績に反映してしまうと、またその対策として暗記に走りがちなためだ。

この方法だと、付け焼刃の勉強方法では、いい成績がつかない。社会人になってからも仕事で一夜漬けをしている人も多いと思うが、「学生時代、定期テストに向けて、一夜漬けを繰り返したことに原因があるのではないですか」と工藤さん。いつも原稿の締め切りが迫らないと腰を上げない私も、ギクリとした。

麹町中では他にも、生徒の自律に向けて、自己管理のツールを教える場なども設けている。新入生にはビジネス手帳を使ったスケジュール管理法、ノートの取り方などについてもかなりきめ細かく指導している。ただ、こうした方法を取り入れるかどうかは、生徒の自主的な判断に任せている。

「教育に限らないが、日本では、手段が目的化して、なかなか変革できないケースが多い。目的を達成するために手段があるはず。まずは学校が変わらないといけない」と工藤さんは言う。

学校では当たり前の「固定担任制」まで廃止した。その代わりに導入されたのが「全員担任制」である。クラスの担任は週ごと、ときには日替わりで代わり、生徒は面談の時は相談相手の先生を自由に選ぶことができる。本来、担任が受け持つ道徳や総合学習なども適任者を選ぶ形にしている。他にも、職員会議の時間短縮など、工藤さんが実現した改革は多い。

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こうした改革に対して、千代田区の教育委員会からクレームがついたことは一度もないという。工藤さんは「定期テストの実施、固定担任制などは、文部科学省などがルール化しているのではない。長年の慣習として続いているだけ。公立の学校でも、改革しようと思えばできることは多い。個々の学校の裁量は意外に思えるほど大きい」と話す。(次ページに続く)

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くどう・ゆういち 1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大理学部卒。山形県飽海郡松山町(現・酒田市)で数学の中学教諭を5年務めたのち、東京都の教員採用試験を受け直して、台東区の中学に赴任。その後、東京都や目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から千代田区立麴町中学校長。著書「学校の『当たり前』をやめた。生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革」が18年12月、時事通信社から出版される。