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自律を阻む精神論はいらない、意見対立は歓迎 麴町中・工藤勇一校長が変える学校

グローバル教育考

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■生徒、保護者、全員が当事者意識を 

学校の改革には、教師だけでなく、生徒たち、さらに保護者の理解も必要で、「学校にかかわるすべての関係者が、当事者意識を持つことが重要だ」と工藤さんは強調する。保護者の不満や不安を取り除くため、積極的に対話の場を設けてきた。アフタスクールなどではPTAと協力しつつ、「社会に出るための準備」という目的の共有化に務めている。

高校受験についても、軽視はしていない。「進学率も上がらないと、保護者が納得してくれませんからね」と笑う。麴町中の生徒の平均偏差値は、入学時には全国の平均並み。入学後は、科目によって異なるものの、全般的に上昇カーブを描く。生徒の関心が高い英語については、特に平均偏差値の上がり方が大きく、60近くになっているという。

以前、この連載で、新しい教育方法を試みる米国の高校を舞台にしたドキュメンタリー映画「Most Likely To Succeed」(成功に一番近い教育とは)を紹介し、プロデューサーのテッド・ディンタースミスさんのインタビューを掲載した。

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今年6月、「FutureEdu Tokyo」が主催した麴町中でのイベントには多くの教育関係者が集まった=フェスラー千酉氏撮影

映画の舞台となったのは、カリフォルニア州サンディエゴにある高校「High Tech High」(ハイテク・ハイ)。この公立高校では、教師が知識を教えるのではなく、生徒が自ら学ぶことに力点を置いたプロジェクトベースの授業が中心になっている。同校は試験の点を上げるための授業をしていないにもかかわらず、大学進学率が98%と高く、州の標準テストの成績も州平均を上回ったという。

ディンタースミスさんは、この記事の前ページ冒頭に紹介した「FutureEdu Tokyo」主催のイベントで麴町中を訪れており、工藤さんとも話している。

ハイテク・ハイのコンセプトと麹町中には、ある程度の共通点があるように思えた。生徒が自ら目的意識をもち、勉強を楽しく感じ、自主的に学ぶようになれば、おのずと学力もあがっていくのかもしれない。

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米国の教育ドキュメンタリー映画のプロデューサー、テッド・ディンタースミス氏と工藤校長。麴町中のプールで

 ■対立は歓迎、対話のプロセスが訓練になる

工藤さんのもう一つの特徴は、「精神論」に立たないリアリズムである。

学校での現場で、「忍耐」「礼儀」「協調性」を強調して教えるのはよくみられる光景だが、それはむしろ「自律」の精神を奪ってしまう、とみる。

例えば、学校などの教育現場、あるいはオリンピック、災害などのときに一斉に唱和される「心を一つに」という言葉。こうした言葉は美しいが、日本の多様性を阻む要因にもなっていると感じている。「心はみんな違っていいと思います。人を差別する心はなかなか完全には消し去れない。でも、行動は、誰でも変えられる」

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「公教育は変われる。校長になって、それを示したいとは思っていた」

人間は、心の中をのぞくと、みんな弱いところがある。つい自分と他人、あるいは他人同士を比べて、優劣をつけてしまうし、人の好き嫌いもある。だが、実際の行動として、人を差別しない、いじめない、多様な価値観や言論を守っていくことはできる。

そのためには「心」より、「行動」の教育が重要だと工藤さんは言う。麴町中学校で重視しているのは、「みんなが違っていい」という多様性である。学校に限らず、日本社会に多くみられる「同調圧力」と一線を画している。

何かをやろうとすると意見の対立が起きるが、それも全く構わない。社会では対立が起きるのは当然なので、学校現場でもむしろそれを奨励する。

そのとき、「目的」に照らして話し合い、合意形成ができるか。その対話のプロセスを学ぶことが、良い社会人になるための訓練だという。

たとえば、体育祭の目的は「生徒全員が楽しめること」。学校が主催するのではなく、完全に生徒に運営を任せているのだが、そのためにどうすべきか、生徒たちは徹底的に話し合った。

「生徒全員がリレーに参加するかどうか」ということが議論になった。大半の生徒は全員参加に賛成だったが、少数の生徒はいやがったという。運動が好きな人も嫌いな人も含め、「全員が楽しむ」のが目的であれば、全員のリレーは行うべきではないという結論となり、リレーは希望者のみの参加にしたという。

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文化祭「麴中祭」の出場団体も、生徒が決める。オーディション終了後、どんな観点で発表団体を選ぶべきか話し合う、イベント運営班のメンバーら=円山史撮影

自由な発想を押さえつける形の「精神論」に立たないという思想は、髪の長さや、服装の細かい規則を廃止したことにも現れている。2014年に工藤さんが着任する前までは、細かい規則があったが、工藤さんにとってはどうでもよいことに思えた。教師の間でも話し合って合意した上で、昨年度からは、PTAが、生徒の服装について検討する仕組みになっている。運動靴や鞄などの指定はなくなった。

■「民間校長みたい」と言われたくない

工藤さんに初めてインタビューした時、「民間校長のようですね」と感想を述べたら、工藤さんは、やや表情を硬くした。

「民間校長ですか、と聞かれるのは、恥ずかしいことだと思います。かつては企業で働いている人が母校の先生を訪ねて、世界の情勢はどうなりますか、と聞き、人材育成のことも相談しに行った。高度成長以降、学校がえらくなりすぎて、教師は『井の中の蛙』になってしまった」

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「FutureEdu Tokyo」主催のイベントの分科会で講演する工藤勇一校長=杭原加菜子氏撮影

工藤さんは東京の大学を卒業した後、出身地の山形県で数学の教師になった。その後、東京都に移り、地方と都心の異なる学校現場を経験し、「工藤流」改革を積み上げてきた。新宿区の教育委員会に務めていたころには、情報通信技術化を担当し、教師が授業をしやすいような「IT教卓」を考え、区内全40校の小中学校、700以上の全教室に導入した。

なぜ工藤さんは公立の学校や教育委員会にいながら、「民間的」にもみえる改革マインドを持ち続けてこられたのか。生い立ちや育った環境を聞くと、その理由が少し理解できる気がした。

工藤さんが育ったのは山形県鶴岡市。父は、自ら小さな会社を立ち上げて自動車のディーラー業を始めた。幼いころの生活は楽ではなかったようだが、事業が軌道に乗るにつれて、従業員も増え、家庭は裕福になった。しかし、当時の学校では、教師が「金儲けは悪」と言うような風潮があった。父親のことは尊敬していたが、学校によってその気持ちはゆがめられていった。父が従業員に対して発する言葉が、いちいち気にもなってきた。

中学・高校は地元の進学校に進み、政治や哲学の本をよく読んだが、同級生に比べると自分は幼稚だったと振り返る。

東京の理科系の大学に進むが、教師によって植え付けられた価値観は工藤さんの頭にしみ込こんだのか、経営者にはなりたくない、父の仕事は継ぎたくないという考えは揺らがなかった。「使うほうにも、使われるほうにもなりたくない」。それが教師という職業を選んだ理由だった。

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確かに日本人は「清貧の思想」が好きなところがある。だが、お金を稼ぐこと自体は汚いことではないはずである。ソニーもホンダも、戦後の焦土の中で起業家が立ち上がり、お金を稼いで大きく育った企業である。世界に羽ばたき、大量の雇用も生み出した。格差が開きすぎる状況は所得再分配などで是正すべきだが、だれかが事業を立ち上げ、お金を稼がなければ分配もできない。

当時の「学校」と父の価値観の違いからめばえた悩みや反骨心が、「学校」を職場として選ばせ、内側から「学校」の不合理性や権威主義を打破していくエネルギーにつながっているのかもしれない。

学校は社会に出るための準備ーー生徒たちが、この変化の激しい、難しい社会の中でたくましく生き抜いてほしい。麴町中の数々の改革や試みには、工藤さんのそんな熱い思いが通底しているのを感じる。

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くどう・ゆういち 1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大理学部卒。山形県飽海郡松山町(現・酒田市)で数学の中学教諭を5年務めたのち、東京都の教員採用試験を受け直して、台東区の中学に赴任。その後、東京都や目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から千代田区立麴町中学校長。著書「学校の『当たり前』をやめた。生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革」が18年12月、時事通信社から出版される。