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日本人の外国語下手を打ち破る 国際言語学五輪のススメ

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世界の高校生たちが、数学や物理学で実力を競い合う国際科学オリンピックに、言語学の部門があることは、あまり知られていない。日本の高校生も2013年から参加、最近は銅メダルを獲得するなど、活躍し始めた。外国語は苦手というイメージのある日本人だが、実はちょっとしたコツで、言葉の壁をぶち破れるのではないか、という。日本国際言語学オリンピック委員会の委員長を務めるポール・スノードン杏林大学副学長に聞いた。

三浦:数学オリンピックは有名ですが、言語学オリンピックもあるのですね。


スノードン氏:言語学も同じ国際科学オリンピックの仲間なのですが、まだまだ若いオリンピックです。始まったのは2003年からで、毎年40~50カ国くらいの国の高校生が参加しています。日本での歴史はもっと短いですが、2015年のブルガリアの大会で銅メダル、2016年のインドの大会でも銅メダルが、それぞれ一人出ました。2016年の大会では、最優秀解答者賞を一人が獲得しました。

三浦:どんな問題が出るのですか。外国語をいくつも知らないといけないのでしょうか。

スノードン氏:たくさんの言語を知る必要はありません。参加者は、それまで見たことも聞いたこともない言語、たとえば、アフリカやインドなどでごく少数の人たちしか使っていない言語の問題を出されます。

三浦:知らない言語をどうやって解くのですか。

スノードン氏:ごく簡単な例を、日本語で示しましょう。『よむ』の過去形は『よんだ』、『ふむ』の過去形は『ふんだ』、とすると『かむ』の過去形は何でしょうか。いくつかの法則を示して、新しい形を推測させる。もちろん、こんな簡単な問題でありませんが、出された言語の特徴を見破り、論理的に推理する能力を問うのです。

三浦:問題は何語で出されるのですか。

スノードン氏:参加者の母語です。日本からの参加者は日本語ですね。

三浦:すると、たくさんの言語を知っていれば必ずしも問題を解けるわけでないのですね。まるで暗号解読のようです。第2次世界大戦の暗号解読では、数学者が活躍したと聞きます。

スノードン氏:そうですね。暗号解読に似ているかもしれません。世界各国の参加者に、どういう学校の科目が一番役に立ったかと聞くと、外国語だけでなく、数学だという答えも多いのです。

三浦:言語学オリンピックはどこの国が強いのでしょうか。

スノードン氏:伝統的には東ヨーロッパとかロシアの高校生が上位に入ります。ご存じのように、東ヨーロッパではたくさんの言語が話されています。様々な言語ができないと生存できない。彼らは、異なる言語に非常に柔軟です。国際共通語のエスペラントが、東ヨーロッパで生まれて広まったのも偶然ではありません。


三浦:日本人は外国語が下手という定評です。スノードンさんは長年、日本で英語教育に携わってきましたが、日本人は語学に向いていないのでしょうか。

スノードン氏:必ずしもそんなことはありません。私はむしろパーソナル・コミュニケーションの問題だと思っています。日本人は、自分たちの言葉、日本語においてもコミュニケーションがうまくない、というのが、私が長年主張している理論です。以心伝心、腹芸といった伝統があるからでしょうか、自国語でもあまりお互いに意思を伝達しないのではありませんか。スーパーで買い物しても、お店の人と言葉をかわさない。バスの運転手に、乗客が『ありがとう』ということもありません。日本ではそれが当たり前。もし私が、見ず知らずの人に『きょうの雨いやですね』と言ったら、話しかけられた人はびっくりするでしょう。イギリスでもアメリカでも、話す方が普通。よりオープンなオーストラリアでは、入国管理の役人だってジョークを言いますよ。

三浦:そう言われれば、日本では知らない人とは話しませんね。

スノードン氏:もちろん、友人や家族など、知っている人とは話す。しかし、概して、日本社会は話をしなくてもよい社会です。英語がうまくなるためのアドバイスを聞かれたら、私は『毎日の日本語の発言を二倍に増やしてください』と言います。25年くらい前、テレビのパネル討論でそう発言したら、ずいぶん共感の声が放送局に寄せられました。海外に行くと、会う人は初めての人が多い。友人でもないし、家族でもない。もう一生会わないかもしれない。そういう人と言葉で通じ合わねばならないのです。

三浦:日本にいると、日本語だけで充足していますからね。

スノードン氏:言語でみると、日本は二重の意味で不運ですね。ひとつは世界に島国は多いですが、言語は一つとは限らない。スリランカもマダガスカルも複数言語ですし、イギリスだってウェールズ語などがありますから、英語だけではない。日本もアイヌ語はありますが、日本にいる限りは日本語だけですむ社会です。二番目の不運は、日本以外に本語を話す国はありません。フランス語もイタリア語も母国以外でも使われています。国内外の環境から見ると、日本語は非常にユニークなのです。

三浦:そういう日本人でも、外国語はうまくなるでしょうか。

スノードン氏:社交性のバリアを破れば、日本人も外国語ができるようになると思います。私は、学生たちに、私に会うたびに話しかけよ、と言っています。1日に3度あえば、3つ違う表現を使わねばなりません。自分の考えを言葉にして伝える習慣を身につけることです。いまは、交換留学など、外国で勉強する機会が豊富にあります。高校生は1カ月、大学生は、1学期は外国に行ってほしい。言葉がうまくなるには、その言葉を使うことです。そうすれば、外国語下手という状況は一変すると思いますよ。

三浦:国際言語学オリンピックで、日本人が金メダル取る日が来るといいですね。

スノードン氏:今年は7月31日から8月4日までアイルランドのダブリンで開催されます。個人戦と団体戦があり、日本から2チーム8人を派遣します。意欲的な高校生にぜひ挑戦して欲しいですね。