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新しい教育、地域に広げる核に 高知国際中の挑戦

グローバル教育考
4月に開校した高知国際中1年の生徒たち。iPadを使ったプレゼンの準備をしていた
4月に開校した高知国際中1年の生徒たち。iPadを使ったプレゼンの準備をしていた

510日、国立大学として初めてIB入試を導入した岡山大学での取材を夕方に終え、そのまま高知行きの特急列車「南風」に乗り込んだ。列車は瀬戸大橋を渡り、窓からは吉野川中流にある大歩危(おおぼけ)の渓谷も見えた。思わず写真を何枚も撮ってしまう。

※「グローバル教育考」岡山大学ルポはこちら

高知に向かったのは、この春誕生したばかりの高知国際中・高等学校の取材である。高知南中学・高校と高知西高校を統合して設立された県立中高一貫校で、1期生60人が4月に入学式を迎えた。現在は移行期にあたり、南中学・高校、西高校はそれぞれ生徒を受け入れている。2021年から新規の募集が停止され、2023年春には国際中・高校への統合が完了する。

国際中・高校は、「地域や国際社会に貢献できるグローバル人材の育成」を掲げ、3年後には、国際高校で、IBの高校生向けプログラム(DP)も始まる予定。新設校にもかかわらず、国際中の入試は4倍と高い競争率になった。

高知に到着してすぐに会った高知西高校の高野和幸・副校長(54)は、「詰め込み型ではない国際バカロレアは、自分自身がやりたかった教育方法だった。家庭環境によらず、多くの高知の子供たちが、深い思考力を身につけ、世界に羽ばたいてほしい」と話す。

高知県教育委員会に勤めていたころ、IB教育の理念に共鳴し、県として初めてのIB校設立の中心になってきた人物である。 

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高知国際中学校の説明会で講演する高野和幸・高知西高校副校長=2017年10月1日、高知西高校体育館で

効果が出ない学力向上策、現場は疲弊していた

高野さんは、もともと理科の教員だった。IBでもっとも魅力を感じたのは、いろいろな教科が概念でつながることだったという。「例えば、私自身は理科の授業を通じて外とのつながり、例えば、水素を学ばせるときに、それが社会でどう役立っているかについても話してきたつもりだが、なかなかうまく伝わらない。バカロレアであれば、例えば変化という概念だったら、歴史的変化、物質的な変化とか、教科の枠を超えた深い学びができる。教師から押し上げてもらうのではなく、自ら登っていく生徒が育つという期待が一番大きかった」という。

高知県は、全国学力テストの中学生正答率ランキングが47都道府県で最下位に近いということが悩みの種だった。「学力を上げようといろいろやってきたが、効果が出ない。課題をたくさん出すとか、生徒を叱咤激励するとか、そんなことしかやりようがなかったが、先生も疲弊していた。IBという新しい教育システムで、今の教育を変えられるのではないかと思った」

既存校の統合には、学校関係者などから反対の声もあがったが、南海トラフ地震が起きたとき、海に近い高知南中・高校では早期の学校再開が困難となることが想定されたため、国際中・高校の校舎は高知西高校内とすることになった。今年3月に新しい校舎も高知西高校の敷地内に増設された。高野さんは「これだけ大きな規模の統合はなかなかできないし、ここで失敗すると信頼されなくなる。最後は、反対された人からも、『いい学校にしてください』に言われて、身が引き締まった」と話す。 

「四六時中考えている気がする」

翌日、高知国際中で、実際に授業の様子を見せてもらった。同校の4階建ての校舎は、IB向けに探求型の学習ができるようプレゼンテーション・ルームや映像作品のためのスタジオなどがある。校舎内はどこにいてもインターネットでリサーチなどができるようWiFiが完備され、生徒全員がiPadを持っている

IBには、高校生向けのDP以前に、中学校向けのプログラム(MYP)がある。国際中では、2年後にMYPの認定校になることをめざし、すでにMYPに沿ったプログラムで授業が行われている。

まず、二宮脩教諭(30)が担当する数学の授業を見学した。

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二宮教諭の数学の授業。MYPに沿って進められている

教科書は使わず、生徒の手元にはプリントが配られている。5人ずつ計6つの班に分かれて、にぎやかな討議が行われていた。

テーマは「正と負の数」。これを1500メートルのタイムを材料に話し合う。実際に走ったタイムと基準タイムのデータを与えられ、その違いをどう説明するかを班ごとに検討していた。基準との違いをあらわすうえで正負の概念を使うことが有効だと実感してもらうのが授業の狙いだ。

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数学の授業で班ごとに討議し、発表していた

発表をしていた一人、中学1年の岩井望奈さんは、イギリスの大学に憧れて、この学校に入った。「小学校のころは友達といっぱい遊んで何も考えていなかったけど、この学校に入ったら、四六時中、考えている気がする。算数の正と負の数にしても、単なる計算ではなく、算数を使って考え方を勉強している感じがする。体育もどうすれば記録が伸びるかという考え方から学んでいる」という。「宿題は量が多い訳じゃないけど、リポートが中心で、結構大変。授業の中や、授業以外でも、友達とコミュニケーションして、情報交換をする機会が多いのは楽しい」と話す。

美術と古典が好きな科目で、美術部と弓道部をかけ持ちしながら、学校生活を送っている。 

「誰も知らない国」をiPadでプレゼン

社会科のクラスものぞいた。授業というより、生徒たちが、班ごとにわかれ、iPadを囲んで話し合っている。班によっては、教室の外に出て、階段の踊り場で固まっている。アメリカで勤務していたときに授業を見学した学校のような自由さだ。テーマは、「誰も知らない国の自然や社会、文化について調べる」という課題なのだという。生徒たちは3週間かけて調べ、iPadで作品を作り、発表する。

中学1年の三上輝君、山岡蒼空君、宮川粋平君、山本伊織君の4人の班は、「ハット・リバー公国」について発表するべく準備を進めていた。すでに、iPadの作品はほぼできあがっていて、わかりやすい画像とナレーションになっている。オーストラリア西部にあり、勝手に独立を宣言した地域のようだが、私も全く知らない「国」で面白かった。

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iPadを使ったプレゼンの準備をしていた(左から)三上輝君、山岡蒼空君、宮川粋平君、山本伊織君

指導した藤澤誉文教諭(42)は、文部科学省の学習指導要領の地理的分野にある「世界と日本の地域構成」とも両立させるため、①地図を提示する②緯度や経度、大陸や海洋における位置関係を示す③面積や人口などについて日本の面積や人口と比較するなどわかりやすい指標をつける、という条件をつけて、調査・発表をさせた。iPadの使い方や使うアプリなども教えたという。

IBの授業は、このように、教師による介入をなるべく少なくし、生徒の討議が中心になっていることが多い。

一方、文部科学省は教育改革の一貫として、生徒が能動的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」(主体的・対話的で深い学び)を推進している。このため、IBの学校でなくとも、生徒たちが討論する形の授業が増えている。iPadなどの導入も、公立中学校・高校でも徐々に進みつつある。

高野さんは「IBの授業とアクティブ・ラーニングは、みかけだけみると、あまり変わらなくみえるかもしれないが、違うのは評価のところのノウハウだ」と話す。評価基準が教師に委ねられ、IBの最終試験に合格するための道筋を学校独自で作り上げなければならない。IBが示す8つの概念に基づいて評価基準を設け、各教科でどう取り組むかを決め、それぞれの生徒がどの段階に達しているかを担当教員がコーディネーターと呼ばれるサブ教員と話し合って評価し、生徒に伝えていく。 

先進校に教員6人派遣し経験積む

高知県では、国際中・高校の新設にあたり、すでにIBを導入している東京都練馬区の東京学芸大付属国際中等教育学校に教師を6人派遣して、経験を積ませた。ほかにも、IB教育で知られる玉川大を卒業した教員や、外国人の教員も採用した。

数学教諭の二宮さんは、高知西高校で6年勤めたあと、学芸大付属国際中等教育学校に2年派遣されて、そこでIBでの教え方を学んだ一人。学芸大付属国際でも教えたが、最初は難しく感じた。「授業のスタイルが全く違いますから。例題を出し、問題を解き方を生徒に説明するというのが、それまでのやり方。それがIBだと、教師は基本的に話さず、生徒とお互いに学んでいく、探求するというやり方で、全く違ってくる」。だが、今は生徒から予想外の答えが出ることに面白さを感じるという。文科省が定めた学習指導要領の内容をすべて満たしつつ探究的な課題を考えるのは大変だが、生徒は授業で受動的に習う知識の5%しか残らないけれど、生徒が自ら人に教えたことは95%残るという話を聞いたときは、そうだろうなあと納得した。

研修先の学芸大付属国際で得た教材をアレンジして授業に取り入れている。最近は、イルカを題材にとり、現在の頭数や今後の増減の予測、1年間に何頭まで取ってよいかなどを生徒に発表させた。生徒は仮定の立て方や予測の仕方、モデル化の方法を学ぶほか、イルカを保護すべきかどうかといった社会問題に関心を持つきっかけになれば、との思いもあった。

「学び方を学べば、それを応用して、自分でどんどん知識を得ていく。子供たちがそうなっていくのが理想」。二宮さんはこう言いながら、付け加えた。「一斉に教え込む授業の方がやり方が確立されていてやりやすいですね。今は、苦しみながら楽しんでいます」

IBのノウハウを県内に広く

 国際中・高校は、県立なので、私立と違って、人事異動がある。せっかくノウハウが蓄積されても、それが分散しないのだろうか。

高知西高校の竹村謙校長(57)は、「これからの学習は、アクティブ・ラーニングの手法を活用して、生徒が主体的に対話し、深い学びをめざす方向だ。IB教育のやり方を学んだ教員が別の学校に行けば、その学校でも必ずそのやり方は役にたつ。高知県全体に良い影響が出てくると思っている」と話す。今の高知国際中の生徒が進学し、2021年に開校する高知国際高校も、教えるにも学ぶにも時間をかけるDPコースに進めるのは20人で、大半の生徒は、普通科だったり、グローバル科でもIB資格の取得を目的としない「探究コース」である。だが、IB資格をめざさない生徒に対しても、IB的な教育を取り入れていく方針だ。

アクティブ・ラーニングも、ただ生徒に討議させるだけでは、十分な効果が上がらないことが多い。一人の生徒だけが発言や発表の中心になってしまうこともあるし、教材作りもかなりのノウハウが必要だ。教師側が経験を積み、適切に介入していくことで、生徒が能動的に学習していく方向に結びつく。

高知国際での取材を終え、東京に戻るべく高知空港に向かう。その途中、坂本龍馬の銅像が建つ桂浜に立ち寄った。高さ13メートルの龍馬像の横に、鋼材で組まれた仮設やぐらがあった。100円を払ってのぼると、龍馬の横顔がすぐ隣に見え、眼前に青い太平洋が広がっていた。

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高知の景勝地、桂浜。眼前に太平洋が広がる

高知で生まれ育った坂本龍馬は、尊皇攘夷運動に身を投じたが、勝海舟と出会って開明思想にめざめた。やはり高知の貧しい漁師だったジョン万次郎は14歳のとき漁の最中に遭難、無人島に漂着した後、アメリカの捕鯨船の乗組員に発見され渡米する。帰国後は幕府の通訳を務めるなど日米の懸け橋となり、幕末の志士や明治の知識人にも影響を与えた。

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桂浜に立つ坂本龍馬像。仮設やぐらからは、横顔が見えた

そんな高知の先人に思いをはせつつ太平洋を眺めていると、高野さんから聞いた「高知の隣は、アメリカですから」という言葉がよみがってきた。明治維新から150年の今年、高知で産声をあげた中高一貫校からどんな人材が世界に飛び立っていくのだろうか。

◇次回は、アメリカの教育界におけるオピニオンリーダーの一人、テッド・ディンタースミス氏を取り上げます。7月21日(土)公開の予定です。