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「準備の文化が悪の根源」。ともかく海外へ飛び出そう~アカデミー賞ノミネートのアニメーション監督2人が対談(下)

シネマニア・リポート
米カリフォルニア州バークリーのスタジオ「トンコハウス」で語る桑畑かほるさん(右)と堤大介さん=Photo by Giselle Grimaldo

――対談の前編で、女性への支援は米国もまだまだだという指摘がありましたが、それでも桑畑さんとしては、米国だったからここまでこられたという思いはありますか。

桑畑)「ありますね。好きなことを言えるのも、目上の人にも敬語を使わず意見が言えるのも楽で、私には合ってたんじゃないかと思います。タテ社会の日本でやっていたらどこまで続けられたんだろうとたまに考えますが、たぶん、無理でしたね(笑)」

桑畑かほるさんが夫と共同監督、アカデミー短編アニメーション賞にノミネートされた『ネガティブ・スペース』より © IKKI Films / Manuel Cam Studio

――千葉出身で16歳で渡米、ニューヨークの美大パーソンズ・スクール・オブ・デザインでも学ばれました。米国へ踏み出そうと思ったきっかけは?

桑畑)「高1の終わりに米国に行ったんですが、日本の高校のガチガチしたシステムに息苦しさを感じたんです。例えば国語の授業で、小説を一文や一節しか教えない、あるいは全部暗記しなきゃいけない、っていうやり方がありますが、それがすごく嫌いだったんですよ。小説はすごく好きだっただけに、なんでそうやって一部しか習わせないの?と。しかも作者の意図まで教えられたりもする。自分の感じたことを無視するような教え方に、すごくもやもやした気持ちになりました。米国だったら自分の意見をもっと言えるんじゃないか、って夢を描いたんですよ。実際に留学してみたら、高校の授業は小説を読んだうえで意見を言い合うディベートが中心で、作者の意図よりも生徒一人ひとりの意見を大事にしていました。最初は、ディベートにも慣れてなかったし英語の小説も読めなかったし、議論に入れなくてものすごく悔しかった。私はこれがやりたかったのに、なんでできないんだろう、って。でもそこで鍛えられたからこそ自分の意見を言えるようになったし、ものを深く考えるようになりました。あのまま日本にいたら、今の自分にはつながらなかったでしょうね」

堤)「米国は、自分が自分らしくいられる国ですよね。問題がある人だってそのまま許されるのが、よくも悪くもこの国なので、居心地がいい。やっぱり、自分らしくいられるのが一番じゃないですか。僕はアートやアニメーションをやろうと思ったのが遅かったんですが(※下記注)、日本だったら『ちっちゃい時からやってなかったら、君は絵がうまくないんだから無理だよ』って言われるところが、米国だったら『やりたいんだったらやれば』と言われるんです。ただ同時に、『失敗してもそれは自分の責任だよ』というのもついてくるのですが」

『ネガティブ・スペース』より © IKKI Films / Manuel Cam Studio

※堤さんが絵を始めたのは、18歳で渡米してから。詳細は2016年8月号のGLOBE紙面「突破する力」にて。

桑畑)「そうそう。でもそれで調子に乗ったらうまくいった、ってことがあるんですよね。私が今あるのも、米国の高校の美術の先生が背中を押してくれたのが大きい」

堤)「何でも、好きだったら上達するんですよね。もちろん、必ずしも日本より米国がいいってことではないんですが、外に出て、自分が本当にマイノリティーになって、悔しい思いをしながらやるのは本当に大変です。海外だと、それまでの自信がズタズタに傷つけられるようなことを経験するわけで、馬力も養われます。逆に米国で小さい頃から育っていたら、それはそれで違うと思う。例えば僕の息子は米国で育ってますけど、他の国に絶対に送りたい。つまり、米国がいいというのではなく、自分が育ったのとは違う環境で苦労することが大事なのだと思います」

桑畑かほるさん(右)と堤大介さん=Photo by Giselle Grimaldo

桑畑)「つぶされて、そこからどう伸びるか、ですね。海外に出ると、今までの常識が180度覆されて、自分を失うところから始まる。そこから『私ってなんだろう』と、自分を確立するのに数年かかって、その間に英語も勉強し、そのうえで何を言いたいのか、やりたいのか、自分の意思とは何なのかを考える。それを乗り越えられたからこその自信はつきますよね」

堤)「だから僕がルーさん(※桑畑さんの米国での呼び名)に対してすごくうれしいのは、日本の外に出た女性が認められた点。日本から海外に出て認められるってすごく難しいことですが、それでいてルーさんは女性かつインディペンデントで活動されている。この壁を乗り越えた人って今までほとんどいなかったと思うんですよ。今の日本の特に若い女性たちに希望を与えると思う。『女性だから』『日本人だから』って諦める必要はない、そんな象徴だと思います。この国際化した世の中、もっと自由にいろんなところに出て行くといいと思う。人それぞれにやりやすい場所、泳ぎやすい海がある。それを多くの人にもっと知ってほしい」

桑畑)「目の前に可能性がないと思っても、可能性がある場所は他にもいっぱいある。ただそれを探せばいいだけなんです。ないから諦めるんじゃなくて、じゃあどこにあるんだろうと。私がオランダに住んだのも、欧州には米国にない短編製作の助成システムがあったから。自分の住んでるところだけにこだわらないでほしいですね」

『ネガティブ・スペース』より © IKKI Films / Manuel Cam Studio

――本来、アートは言語も地域も超えられるのに、それを自ら実践している人はまだそう多くないですよね。

桑畑)「私の場合、日本を一度出ちゃったのでこだわりがなくなりました。フランスにも住んだわけですが、フランスで拙くてもフランス語を使うようにしたら地元の人たちが親身になってくれたりしました。日本だと、文法を間違ったらどうしようと思って英語も怖がって話さない人がいますが、言語よりもコミュニケーション力を養う方が大事だと思う。何を言ってもいいから、お互い通じ合いたいと思えばなんでもOKですよね」

堤)「これすごく大事な点だと思う。ルーさんがもし、フランス語をすごく勉強してからフランスに行きました、ってことだったら、この対談の大事な部分が伝わらなかったと思う。フランス語を話せない状態でもフランスに行って、たどたどしいフランス語でも楽しくやる、それがルーさんの強み。米国に渡ってなんとかなった経験があるから、次もやりやすかったというのはあるんじゃないですか」

堤大介さんたちが長編として製作中の『ダム・キーパー』より © 2013 Tonko House LLC All Rights Reserved.

桑畑)「変な自信はつきましたね」

堤)「なにごとも、準備をしてから始めたんじゃ遅いわけですよ。日本って準備の国。受験も、小さい頃から勉強しましょうといって、早くから準備させる。そういう準備の文化が悪の根源なんですよ(笑)。とにかく、準備を始めたらもう遅い。準備する前にやらないといけないんですよね、きっと」