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女性アニメーターはなぜ少ないのか~アカデミー賞ノミネートのアニメーション監督2人が対談(上)

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
米カリフォルニア州バークリーにある堤大介さんたちのスタジオ「トンコハウス」で語る桑畑かほるさん=Photo by Giselle Grimaldo

――桑畑さんは共同監督の米国人の夫マックス・ポーターさんとともに、ストップ・モーションの手法を使った短編アニメ『ネガティブ・スペース』でアカデミー賞にノミネート。米東海岸を拠点としながらフランスで製作、プロデューサーは2人とも女性、うち1人はフランス在住のメキシコ人です。撮影監督にも女性がいて、製作チーム全体が多様性を体現していますね。

桑畑かほるさんが夫と共同監督、アカデミー短編アニメーション賞にノミネートされた『ネガティブ・スペース』より © IKKI Films / Manuel Cam Studio

桑畑)「意識して、女性やマイノリティーから成るチームを組みました。プロデューサーも2人とも、様々な国との共同製作をめざして活動しているので、白人以外のマイノリティーや女性の監督を雇うことに対して常にとても意識が高いです。私自身は、自分が女性だからと特に意識してきませんでしたが、現場で見渡すと、本当に女性が少ない。マイノリティーの女性となると、もっと少ないです。先日、米サンタバーバラ国際映画祭で女性のパネル討論に加わったのですが、その時も私以外は全員、白人でした」

――今年のアカデミー賞授賞式では、『スリー・ビルボード』で主演女優賞受賞のフランシス・マクドーマンド(60)が「各部門でノミネートされた女性は全員、私と一緒に立ち上がってほしい」と呼びかけて女性の少なさを際立たせ、「Inclusion rider.」(※下記注)と最後に叫んで話題になりました。呼びかけに応じて立ち上がった中に、桑畑さんの姿がありました。

Inclusion rider: 映画出演などの交渉の際に、役者やクルーの少なくとも50%以上に多様性を求めることができる契約条項。マクドーマンド自身、長いキャリアがありながら授賞式の前週までその存在を知らなかったと受賞後の記者会見で語っていたが、受賞スピーチの場で広めることで、男性中心の業界の変革を訴えた。

今年3月にロサンゼルスで開かれたアカデミー賞授賞式で、主演女優賞に輝いた『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドが受賞スピーチで「Inclusion rider.」と叫び話題になった=AP

桑畑)「Inclusion riderは、言葉だけでなく行動に移そうという呼びかけ。フランシス・マクドーマンドの呼びかけは誇らしく、とてもうれしい場面でした。これを機に、多くの製作会社の意識が高まればと期待しています。授賞式の前に、ファッションデザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグのセカンドハウスで、ノミネートされた女性だけを集めた昼食パーティーがあったんですが、そこで『数年前までは女性は数人しかいなかったのに、今年はセカンドハウスに入りきらないほど集まり、誇らしい』といったスピーチがありました。参加者同士でも、『音響など技術系は見事に男性社会なので、もっと意識的に雇うようにしよう』『探そうと思えば探せる、もっとみんな意識しよう』と盛り上がりましたね。ただ、ノミネートされた女性はまだ少なく、実際に受賞した女性はさらに少なかったです。女性やマイノリティーを意識しようという機運がトレンドとして過ぎ去っていくのではなく、定着してほしい。数年後のアカデミー賞で、現実にどれだけ変化が見えてくるのか、気になるところです」

――アカデミー賞授賞式にも、「マイノリティーの女性」として意識して臨まれたそうですよね。

『ネガティブ・スペース』より © IKKI Films / Manuel Cam Studio

桑畑)「日本の女性デザイナーで、考え方なども共鳴できる人のドレスを敢えて選んで行きました。そうして着たのがTOGAのドレスです。デザイナーで経営者でもある古田泰子さんのインタビュー記事を読んで、社員が働きやすくて発言できる会社にしたいという気持ちにひかれて連絡しました。ノミネートされて以来、その影響力とともに責任を感じたんですよね。ドレスひとつとっても、誰のものを着るかによってステートメントを出せる。でも、このことで気づいたんですが、レッドカーペットで着るようなフォーマルドレスを作るデザイナーの日本女性が、思ったよりも少ないんですよ。若手は特に少ないと感じましたね。女性が着るものなのに、男性社会なんだと気づきました」

――2015年にアカデミー賞にノミネートされた堤さんから見て、女性をめぐる業界の状況がこの間変わったなと思える点はありますか?

)「昨年から相次いだセクハラ・パワハラ告発によって女性をめぐるキャンペーンが起こり、その影響でアカデミー賞ノミネートが有力視された何人かがノミネートされなかった例も出ましたが、3年前と比べて『すごく変わりました』とは簡単には言えない現実があると思います。ただ、それを『ハリウッドの問題』だと片付けてしまうのは間違いだと思います。アカデミー賞は世界から注目されるイベントであるだけに、政治的・社会的な話題が常にからんでくる歴史があります。巨額のお金も動くし、商業的なしがらみも大きくかかわってきます。だからこそ、僕たちが抱えている現代社会の現実がついてきて、表面化するのだと思います。これらをすべて、僕らの日常で起きている人間社会全体の問題だとして、自分たちに当てはめて見るチャンスかもしれません」

桑畑かほるさん(右手前)と堤大介さん=Photo by Giselle Grimaldo

――日本アニメーター演出協会の調査によると、女性アニメーターは20代以下だと多いものの、30代以降はぐっと減り、全体の比率は男性が多くなっています。米国でもアニメーションの世界で女性が少ないそうですが、なぜなのでしょう。

桑畑)「母親になったりするとやめる女性が多いんですよ。アニメーションは作るのにお金がかかる。そのうえ米国は保育園の費用もものすごく高くて、自分の給料をすべて保育園に注ぎ込むことになったりする。だったら育児に専念した方がいい、となってしまうんですよ。米国でも『育児は母親業』という文化がまだあるので、家庭に入る女性は思ったよりも多いです。日米で理由は多少違いますが、働く女性へのサポートがあまりないという意味では同じだと思います」

)「米国も、育児を支えるシステムがなってないんですよ。ピクサーのような大きな企業はしっかりしてますが、社会としては全然なってません。さらに日本は遅れていて、女性アニメーターは、子どもができたら辞めちゃう人が多い。少人数による長時間労働が基本になっている業界の構造問題もあるんですが、かつそもそも、男性社会の文化が根底にある気がします。日本にはものすごく優秀な女性アニメーターがいるので、子育てをしながら続けられる仕組みがあればすごい才能がもっと出てくるだろうと言われているのに。アニメーションの世界だけでなく、日本の高水準の教育を受けた女性を活用しきれていないのは、すごくもったいないと思います」

『ネガティブ・スペース』より © IKKI Films / Manuel Cam Studio

桑畑)「2011~13年にオランダに住んでいたんですが、あるオランダ人アニメーターから、『日本は男女平等の教育を無償で与えているのに、なぜ働く女性が少ないの?』と聞かれたことがあります。『女性は子育てか仕事かを選ばなければいけない状況になるからでは』と答えると、そのアニメーターはとても驚き、『国が教育を無償で与えるのは国家への投資。それをうまく活用するシステムを作らないのは無駄だ』と言ったんです。義務教育を誰にも等しく与えるのはまさに、次世代へのものすごい投資。そのほぼ半分を享受する女性が働き続けられないのは確かに合理的じゃない。うまく活用して国に還元できる仕組みにしないと元が取れない。そこがうまく回ってるオランダからするとそういう考え方になるんだなぁ、って驚きました。助成金や保育システムがしっかりしている欧州にはいいお手本がたくさんあるので、少しでも近づけたらと思います

――桑畑さんの場合は、夫婦ともに製作を続けるからこそ、女性に立ちはだかる壁を突破できているところもあるのでしょうか。

桑畑)「夫婦でいろんなものを分担していますし、私ひとりで作っていたら状況は違っていたかもしれませんね。夫婦でやってきたから乗り越えられた部分は大きいと思います」

米カリフォルニア州バークリーのトンコハウスで対談する桑畑かほるさん(右)と堤大介さん=Photo by Giselle Grimaldo

――女性がアニメーションの仕事を諦めないでいられるには、どうしたらいいんでしょうね。

桑畑)「子育ては母親の仕事だという考えを捨てて、個人だけで解決するのではなく、みんなで協力して育児にあたるシステムがあればと思います。『ネガティブ・スペース』は、プロデューサーも撮影監督も子どものいる女性で、リードアニメーターや助っ人のアニメーターにも子どもがいましたが、パリで撮影した際にはそれぞれパートナーや友人の助けを借りながら、送り迎えや病気にも対応、生活をやりくりしていました。社会全体で子育てができれば最高だと思いますが、まずは製作会社が母親や父親をリスペクトした制度を整えることでしょう。そのためにもトップに女性を入れ、長時間労働を避けて家族の時間を大切にし、子どもがいる人には補助をする。そもそも女性がトップにいる会社は、セクハラも少ないでしょうから」

)「ネットフリックスなどの動画配信サービスでコンテンツを見る時代になり、アニメーションへの需要が増えていて、どの国でも有能なアニメーターやプロデューサーの数が足りない現実があります。映画の内容としても多様性が求められています。男性だけで作っていて、その問題を解決できるわけがない。その意識をまずみんなで共有すれば、なんとかしようという動きが出てくるのではないかと思います。母親になってもアニメーションを続けたい女性はたくさんいるはず。パートタイムや在宅でも仕事ができる仕組みを作ったり、スタジオに託児所を作ったり。きれいごとではなく、これってビジネスとしてとても理にかなった考え方だと思います。行政ができることがたくさんあると思います。世界ではアニメーションの才能育成支援に行政が乗り出す国が次々と出ているのに、アニメーション大国である日本と米国で行政のサポートが少ないのは皮肉です。日本のアニメーション文化を殺さないためにも、女性への支援はとても大事なことだと思います」

堤大介さん=仙波理撮影

――堤さんは2014年までピクサー・アニメーション・スタジオに在籍。大手企業としてのピクサーで、女性登用はどんな状況だったんでしょう?

)「ピクサーでもセクハラ・パワハラの訴えが出ましたし、歴代のリーダーシップはほとんどが白人男性によるもので、女性は少なかったです。でも女性のプロデューサーはかねて増えていますし、この1年ほどで女性やマイノリティーの監督の起用も増え、ハラスメント教育の強化にも積極的に取り組んでいます。僕はピクサーで管理職だったので、ハラスメント研修は毎年受けていましたが、ものすごく厳しいです。単に女性に気を配るといったレベルではなく、いかに僕たちの歴史が男性中心に作られてきたのか、意外に知らなかったことをたくさん気づかせてくれる内容でした。その点、日本はまだまだ女性には不利な社会という印象です。西洋の先進国の基準に照らせば、生き残れなくなる日本の企業も結構多いのではないでしょうか。米国のようにさまざまな人種・民族が身近に存在しない日本の社会は、差別や職場でのハラスメントへの意識がものすごく低い印象があります」

――今の映画芸術科学アカデミーは会員の多様性をうたっています。堤さん同様、桑畑さんも今回のノミネートを受けて会員になる可能性は高いですね。

桑畑)「会員は白人の年配男性が多いので、特にマイノリティーの女性はすごく求められていると聞きます。会員にマイノリティーの女性が多く入ってくることで、アカデミー賞のノミネートの傾向も変わってくると思う。会員になれたら、そこに少しでも貢献できたらうれしいですね」

アカデミー短編アニメーション賞にノミネートされた『ダム・キーパー』より © 2013 Tonko House LLC All Rights Reserved.

)「アカデミー賞にノミネートされていないすばらしい作品は、たくさんあります。でも投票する側も正直、すべての候補作品を見るなんてかなり非現実的なんですよ。そのうえ、半端ない宣伝費をかける大きな会社がついてる作品に対し、僕らの短編『ダム・キーパー』や、ルーさん(※桑畑さんの米国での呼び名)の『ネガティブ・スペース』のようなお金のない作品は草の根で広めるしかなくて、なかなか勝てない現状があります。そこはぜひアカデミーで、どのノミネート作品にも最低限の宣伝費用が保証される、もしくはインディーズでも投票権のある会員の目にとまりやすいプラットフォームを作るなど、もっと工夫してもらいたいです。それでも、会員に多様性が生まれるだけで、ノミネートの幅が広がる可能性はあると思うので、とてもいいことだと思います」