米映画『ニュースの真相』(原題: Truth)が5日、日本で公開された。米国の伝説的アンカーマンが、番組を降板するまでを描いたこの作品を見ると、報道人の1人として胸が苦しくなる。ジェームズ・ヴァンダービルト監督(40)に電話でインタビューした。
かつて映画に登場するジャーナリストは主に、巨悪を暴き、権力の脅しにも屈さず、虐殺や戦場の現実を命がけで伝える「ヒーロー」だった。メディア批判が広がった特にここ20年ほどは、プライバシーに土足で上がり込んだり、功名心から記事をでっち上げたり、政府や業界に取り込まれたりする「悪役」としての描写が増えた。だが現実はたいてい、そんな単純な話ではない。間違いは、悪意などなしに起きうる。
米報道界のスター的存在だったダン・ラザー(84)が、米3大ネットワークの一角CBSの看板番組「60ミニッツII」のアンカーを降板するに至った、12年前の実際の不祥事に基づく作品だ。時はジョージ・ブッシュ前米大統領(70)が再選をめざし、民主党候補ジョン・ケリー(72、今の国務長官)と競り合った2004年秋。若かりし頃のブッシュが州兵時代、すでに大物政治家だった父ブッシュ(92)の力でベトナム戦争の前線行きを逃れた――。番組は「スクープ」としてそう報じた。ブッシュの軍歴問題は各社ともすでに追いかけていたが、CBSが「証拠」なる文書とともに打ち出したことで、大統領選を約2カ月後に控えた米国は騒ぎに。だが、「証拠」はまもなくブロガーらにネットで検証され、「誤報」と糾弾されていく。リベラルの急先鋒でもあったラザーらは保守派らの格好の批判の的となり、CBSは対応に追われた。一方、肝心のブッシュの軍歴問題は脇に追いやられてしまった。
当時の番組プロデューサー、メアリー・メイプス(60)は、この約5カ月前にイラク・アブグレイブ刑務所の捕虜虐待を報じ、放送界のピュリッツァー賞と言われるピーボディ賞を受けた敏腕ジャーナリスト。そしてラザーは、報道に携わる人間なら知らない人はいないと言える名物アンカーマン。ケネディ大統領暗殺を現場から伝えて脚光を浴び、故ニクソン大統領や父ブッシュらとインタビューでやり合ったのは有名だ。
そんな彼らが事実関係をどのように詰めようとして間違い、またCBSの上層部はいかに対処してきたのか。フィクションの体裁をとりながらも、作品は事前取材を重ね、真相への肉薄を試みる。
ヴァンダービルト監督は脚本家として長く活動、本作が初監督となる。彼はメープスがこのてんまつをつづった本を読んで興味を深め、出版の約3カ月後の2006年1月に彼女を訪ねた。「話を聞けば聞くほど、米国のジャーナリズムにとどまらない、普遍性をはらむ話だと感じ、ぜひやりたいと思いましたね」
だが映画化計画に、「メープスは当初、乗り気ではなかった」ヴァンダービルト監督は言う。
無理もない。映画は大スクリーンでみせる役者の表情や効果的な画面の転換、音楽などで多くの人の関心をひく利点がある一方、上映時間内に収めるためいくつものエピソードは削られ、要約を余儀なくされる。微妙な話であればあるほど、誤解が生まれるリスクは否めない。この問題に関係した人たちの多くはなお現役で、映画化で彼らにどんな影響があるかも計り知れない。また、彼女らが追い求めたブッシュの軍歴問題自体の真相はわからないままだ。
構想を練り始めた当時の米国はブッシュ政権下。「映画自体にそうした意図がなくても、政権攻撃の作品だと思われる可能性があった。メープスに理解してもらうのに時間がかかったね」とヴァンダービルト監督は言う。だが何度も語り合ううち、彼女も協力的に。そのうえで彼女は、「攻撃されたり、議論を呼んだりする覚悟がないといけませんよ」と彼に忠告したそうだ。
ヴァンダービルト監督は、ラザーには06年3月に会いに行った。オープンに当時のことを話してくれたというラザーだが、彼も後に「本当に映画になるとは思わなかった」と語ったという。
ヴァンダービルト監督自身、「若い頃はジャーナリスト志望で、ジャーナリズムにいつも関心を寄せてきた。だから、『カーテンの向こう側』で何が起きているかをつまびらかにするような映画が好きでね。今回も、何が起きたのか、端的に事実を示し、正確かつ公平に描くようにした。僕はこの映画で、ジャーナリストであろうとしたんだ」。たとえばCBSの内部調査委員会の様子をはじめ、「少なくとも2人に確認できなかった会話は入れないようにした」。そのためにも、メープスやラザー、取材陣はもとより、彼らを調査し追及、あるいは処分する側となったCBS上層部を含め、「関係者すべてに取材を試みた」。
話したがらない人はやはり少なくなかったが、当時のメープスの上司だった番組エグゼクティブ・プロデューサー、ジョシュ・ハワードらは時間をとってくれた。「彼は疑わしそうにしていたけれど、僕は『この話に本当の悪役はいないと思う。みんなそれぞれの仕事を全うしようとしただけでしょう』と説明した。彼もこれで職を失ったわけだからね」とヴァンダービルト監督は言う。
舞台となったCBSは、この映画のCMを一切流していない。米バラエティ誌などの取材には、「この映画には多くの不正確さや事実の歪曲がある」と批判コメントも出した。
「彼らはそう言わなければならない立場なのだと思う」とヴァンダービルト監督は言う。
CBSの当時の親会社はその後、会社分割によって大手メディア、バイアコムとなった。その傘下には、大手映画スタジオのパラマウント・ピクチャーズがある。ヴァンダービルトは監督や脚本家としていずれ、彼らと仕事をする機会もあるかもしれない。CBSが歓迎しない映画を撮ったことで、今後キャリアになんらかの影響が出たりはしないだろうか? そう聞くと、ヴァンダービルト監督は「心配はしていない。たぶん僕はそこまで賢くないんだろうね」と笑った。
ジャーナリズムを信奉する映画人の矜持、なのだろう。ちなみに彼の遠縁には、CNNのスターアンカーマン、アンダーソン・クーパー(49)がいる。
メープスを演じたのはオスカー女優ケイト・ブランシェット(47)。ラザー役は、ロバート・レッドフォード(79)だ。レッドフォードといえば、ジャーナリスト映画の金字塔『大統領の陰謀』(1976年)で、ニクソン米大統領辞任の大きなきっかけとなったウォーターゲート事件を調査報道で明らかにし、当局の圧力にも負けず報じた米ワシントン・ポスト紙記者ボブ・ウッドワード(73)を演じた。『アンカーウーマン』(96年)では、ミシェル・ファイファー(58)演じる女性アンカーを支え、鍛えたディレクターの役だった。それが今度は、調査報道の失敗で退場するラザーを演じたわけだ。
米国公開直前の昨年10月、米ニューヨーク・タイムズ紙が、ブランシェットやレッドフォード、メープスにラザーを招いたトークショーを開いた。
ユーチューブで公開されているトークショーの動画を見ると、メープスもラザーも「私たちは間違いを犯した」と反省の言葉をそれぞれ口にしていた。メープスは「放送に間に合わせるため大急ぎで取材するか、あるいはまったく放送しないか、だったのだと思う」と時間的制約も一因だったと語った。
映画では、メープスがキーパーソンから裏をとろうとただ電話だけをかけ続けるばかりの様子や、ようやく相手が電話に出た際のやりとりなどが再現される。そうした場面を見ると、同業者としては胸がキリキリする。
だからこそと言うべきか、トークショーでのレッドフォードの言葉もまた印象的だった。「『大統領の陰謀』も『ニュースの真相』も、事実を明らかにしようとして困難に立ち向かう2人のジャーナリストの話だ。違うのは、前者は上司の支えを得られたのに対し、後者はそうではなかったということだ」。調査報道や報道機関の変遷を、映画を通して追体験してきた彼ならではの実感でもあるのだろう。
レッドフォード演じるラザーが劇中、若い男性ジャーナリストに語ったせりふがある。「質問することは重要だ。『やめろ』と言われたり『偏向だ』と批判されたりしても、質問しなくなったらこの国は終わりだ」
この映画は、報道を志した映画人による、報道を全角度から問う作品と言えるだろう。