旅と仕事が両立する? 常識くつがえすデジタルノマドの生き方 東京で記者が出会った
旅と仕事は、両立が困難だ。どっちかしか選べない。社会人になると、どうにも仕事が忙しくて、なかなか旅に出られない――。そんな人が多いのではないだろうか。
ところが、旅をしながら働く「デジタルノマド」と呼ばれる人々が世界で増えている。
ラップトップ1台をリュックに入れ、旅を続けながら世界を相手に働いているらしい。いったい何者なのか。どんな風に働き、暮らしているのか。
記者もデジタルノマドになったつもりで、彼らのコミュニティーに飛び込み、アジアの街々で50人以上に出会った。
この企画では、彼らの姿を伝えたい。
これから何を学ぼうか、どんなスキルを身につけようか、どんな仕事に就こうか悩んでいる人は多いだろう。
これまでのグローバル化に加えて、経済のデジタル化が進む現代社会での「働き方」や「生き方」に関心のある人もいるだろう。
そんな人々にこの企画を届けたい。
私が下調べを始めたのは2025年10月末だった。日本もデジタルノマドに人気の滞在先になっていると知り、まず東京で彼らに会ってみることにした。
とても簡単だった。
ひんぱんに東京でミートアップ(交流会)が開かれていたからだ。取材として交流会に参加したわけではないので詳細は書かないが、特に2人の話から多くのヒントを学んだ。
1人は、アジア出身の女性。日本でウェブ開発者として働いているという。
日本で物価が上がっているので、上司に「昇給を」と求めたら、生活費を抑えるため、「もっと物価の低い国に引っ越したら?」と言われた、と笑っていた。
そもそも通勤する必要のない、どこからでも働ける、リモートワークが前提の仕事なのだ。通勤に往復3時間かけている私には、それだけでうらやましい話だ。
彼女のデジタルノマド歴は3年。インドネシアのリゾート・バリ島やタイ北部の古都チェンマイなどを回ってきた。
30代になったらキャリアを優先して「定住」を検討するかも、と話していたが、20代は旅の経験と新たな出会いを優先する人生設計だという。
何より私の印象に残ったのは、彼女が「何を学ぶか悩んだけど、(持ち運べるスキルである)プログラミングを選んで正解だった。暮らす場所を選べる『自由』を手にできた」と話した上で、この「自由」と生活水準で測れば、高校の同級生の「トップ数%」に入っているだろう、との趣旨で話したことだ。
また、デジタルノマドとは、人生の全てではなく、どこかの一部分で試みることもできる生き方である、という点も印象深かった。
仕事やプライベートでの環境の変化に合わせて「定住」に切り替えることだってできる。その後の取材では、半分は地元で暮らし、残りの半分は旅に出る「半分ノマド」の実践者にも出会った。
もう一人はアジア太平洋出身の男性だった。
出身国の都市部にある会社でデザイナーとして働いているが、東京で暮らして2年目という。
男性も「チームの同僚はインドやアメリカなど世界中に散っていて、会社が拠点を置く都市には誰もいない」と話した。やはり、リモートワークが大前提という。
東京に長期滞在する理由を尋ねると、「ナイトライフが刺激的だ」と答えた。夜道も安全なので、安心して遊びに出られるという。
彼らは、働く場所も、住む場所も、その期間も自分で選ぶ。話を聞いていても、国境の感覚が薄い。滞在許可が許す範囲で、どこまでも自由な様子だ。
このような特定の場所に拘束されない状態を指す「ロケーション・インディペンデント(location independent)」という言葉を、私はこの交流会で知った。
2人の話が示唆するものは何だろうか?
私は帰りの電車であれこれ考え込んだ。何となく分かったことは、働き方が変われば、人生設計も土台から変わってきそうだ、ということだ。
ほとんどの人がこれまで、仕事を中心に生活を組み立ててきたことだろう。住む場所も、起床時間などの生活リズムも、人間関係も、仕事や職場に大きく左右されてきたのではないだろうか。
会社員生活が25年を超えた私自身がそうだった。仕事が生活の基盤だし、現役時代の時間と情熱の大半をそこに投入するのだから当然のことだ。きちんと考えて決断したというより、「そういうもんだ」と思って、ずっとそうしていた。
ところが、働く場所を自分で選べて、(生活コストを下げられるので)働く時間も短縮できるとなれば、人生設計そのものを変えることが可能になりそうだ。
デジタルノマドと呼ばれる人々が、どう働き、どう暮らしているのか、そして、どういう経緯で今の暮らしにたどりついたのか。そんな関心が膨らんだ。
もちろん、取材を進める中で、こうした生き方には自己批判の声も聞いた。
欧米や東アジアなどの「強いパスポート」所持者、高学歴者、英語を話せる者、デジタルノマドとして食べていける「スキル」を身につける初期投資ができた者の「特権」だ。世界の街々の良い部分だけを楽しむ「いいとこどり」だ――と。
ただ、一つ、確かな兆候がある。
デジタルノマドは増え続けそうだ、という点だ。それぞれの幸福を追求し、デジタルノマドとしての経済的な自立をめざす若者に出会った。「AI革命」も背景に雇用の流動性がさらに高まれば、会社などの組織に依存する生き方こそがリスクだと捉える若者は増えるかもしれない。
この連載では、デジタルノマドの生き方が正しいか否かは脇に置いて、実際に世界各地で暮らしている彼らの姿を追う。
そうすることで、21世紀の働き方、生き方がどんな風に変わろうとしているのか、私たちにどんな選択肢が広がっているのかを伝えたい。
東京でミートアップに参加した後も情報収集を続けると、「長崎にデジタルノマドが集まっている」という話が聞こえてきた。今回は取材で会いに行ってみよう。
私は2025年11月、長崎に飛んだ。