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川には「人格」がある ペルーで歴史的判断 先住民の女性が訴え、裁判所を動かす

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先住民クカマのマリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん。マラニョン川の保護活動などに取り組んでいる
先住民クカマのマリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん。マラニョン川の保護活動などに取り組んでいる=2025年11月20日、リマ、鳥尾祐太撮影

南米ペルーに、裁判所から法的な「人格」を認められた大河がある。環境破壊から川と人々の暮らしを守るために提起された訴訟の結果だ。歴史的な判断を導いたのは、先住民の女性だった。

首都リマから北東に約900キロ。ペルー北東部を流れるマラニョン川流域にシャパヒージャ集落がある。そこに暮らす先住民クカマの人々が、川が黒く汚染されているのに気づいたのは、2000年ごろだった。

Goldman-Environmental-Prize提供
ペルーを流れるマラニョン川=Goldman-Environmental-Prize提供

川のほとりでは、大量の死んだ魚が見つかった。下痢や皮膚のかゆみ、脱毛といった症状を訴える人も多く出たという。

「人々は『オロネグロ(黒い金)』が私たちを殺していると言っていました」

クカマの女性たちのリーダー、マリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん(58)が昨年11月、リマで取材に応じ、振り返った。

マラニョン川は、アマゾン川上流の2大支流の一つで、全長約1500キロ、流域面積は約35万平方キロにのぼる。日本で最も長い信濃川の約4倍、最も流域面積の大きい利根川の約20倍の規模を誇る。

流域には先住民の集落が点在する。川は、彼らに欠かせない。漁業の場所であり、生活や農業に必要な水を与えてくれる。

神聖な川を襲った汚染

黒い金の正体は石油だった。アルゼンチンの石油大手プラスペトロルの石油を運ぶ船から、5000バレル(約79万リットル)超が流出する事故が起きていた。川沿いには、国営石油会社ペトロペルーのパイプラインもあり、ここからも石油の流出が続いていた。

マラニョン川と先住民族クカマのマリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん
マラニョン川と先住民族クカマのマリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん=Goldman-Environmental-Prize提供

クカマの世界観では、川にも、植物にも、魚にも「人の霊」が宿っていると考えるという。その神聖な存在が侵されたことに、人々は声を上げるしかないと決意した。

「マラニョン川は私たちにとって、きょうだいのような存在です。生命があり、大蛇のように長く流れ、支流を持つ生きもの。守らなければならない存在なのです」

2001年に「勤勉な女性の協会」を結成。デモ行進をしたり、地元政府に陳情したりするなどの活動を行った。ただ、10年以上たっても、解決にはつながらなかった。

「自然の権利」訴えて裁判へ

事態を打開しようと、ペルーの人権NGO「法律擁護協会(IDL)」と連携を始めた。裁判に訴える戦略を模索するなか、先住民が暮らす国を中心に「自然の権利」を認める法律や判決が広がっていることを知った。

自然の権利とは、川などの自然や動物などの生きものにも、人間と同じように「権利」がある、という考え方だ。2016年にコロンビアの裁判所が川の「法的人格」(人間と同様に法律に基づく権利や義務を持つ存在であること)を認め、2017年にはニュージーランドで川に法的人格を与える法律ができた。

川自体に良好な環境を維持する権利があると認められれば、流域で暮らす人たちの健康を広く守ることにつながる。

「私たちにも、自分たちの問題を伝えられる場があると感じました」

先住民クカマのマリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん(右から2人目)ら
先住民クカマのマリ・ルス・カナキリ・ムラヤリさん(右から2人目)ら=2025年11月20日、リマ、鳥尾祐太撮影

クカマの人々は、2021年にペトロペルーやペルー政府などを相手取り、マラニョン川の法的人格や、「汚染から自由である権利」などを認めるように求めて提訴した。2024年3月、地元の裁判所は原告の訴えを認める判決を出し、ペトロペルーに先住民との協議や川の保護計画の更新を行うことを命じた。

判決は、憲法が認める権利の解釈は、国が批准した国際条約が根拠にもなると指摘。「自然の権利を認める傾向に注目している」とした米州人権裁判所(中南米各国が批准した米州人権条約によって設立)の勧告的意見(2017年)や、先住民が住む土地の「文化的、精神的な価値」を尊重するとした国際労働機関の条約(1989年採択)に触れた。

そのうえで、先住民や将来世代の生存に不可欠だとして、マラニョン川に「汚染から自由である権利」などがあると認めた。

魚市場では、熱帯特有の川魚が売られていた=2025年11月22日、ペルー北東部ナウタ、鳥尾祐太撮影

裁判所はさらに、クカマなどの先住民を「マラニョン川とその支流の守護者」と認定した。ペトロペルーやペルー政府は控訴したが、2024年10月にロレトの民事裁判所は一審判決を支持した。

IDLの弁護士、マリッツァ・キスペ・ママニさんは、ペルーで川に権利を認めた判例はなかったとして、「判決は革命的であり、歴史的なものだ」と語る。

子どもたちが心配

今後は、マラニョン川流域の代表者による協議会の実施を求めていくという。被害は広範囲に及んでいるからだ。

シャパヒージャから北東に30キロ、マラニョン川の支流ティグレ川に面したミラフローレス集落もそのひとつだ。

木製ボートでマラニョン川を移動する人たち
木製ボートでマラニョン川を移動する人たち=2025年11月22日、ペルー北東部ナウタ、鳥尾祐太撮影

記者は昨年11月、ミラフローレス集落へ向かうため、ペルー北東部ロレト県の港街ナウタからボートに乗り込んだ。気温は32度。熱帯特有のじめっとした空気が体にまとわりついた。あまりの雄大さに、川と呼ぶべきか逡巡(しゅんじゅん)した。

ワニやピラニア、絶滅危惧種のアマゾンカワイルカが生息する褐色の水の上を、木製のボートが行き交う。両岸は熱帯雨林に覆われ、広いところで川幅は2キロに及ぶ。

「石油の流出があった後は、下痢になったり、皮膚の異常が起きたりします。漁は、3~4時間船で行った場所でするようにしていますが、そこの魚に影響がないかは分かりません」。集落のリーダー、ネイセル・コラルさん(43)が話した。

ペルー北東部ミラフローレス集落のリーダー、ネイセル・コラルさん
ペルー北東部ミラフローレス集落のリーダー、ネイセル・コラルさん=2025年11月22日、鳥尾祐太撮影

集落の人口約500人のうち、約200人が子どもだ。「子どもたちが心配です。政府に何度も訴えました。政府の担当者たちが来ますが、結局、何もしてくれないのです」

同国のエネルギー投資機関の報告書によると、1997年から2019年の間に、ペトロペルーのパイプライン沿いでは、石油流出が63件発生。2022年9月には、パイプに亀裂が入り、2500バレル(約40万リットル)の石油が流出したと報じられている。

ペルー北東部ミラフローレス集落にある、約50年前に米国の会社が造ったとされるパイプ。放置状態で、水位が上がる雨期になるとここから石油がマラニョン川に漏れ出るという
ペルー北東部ミラフローレス集落にある、約50年前に米国の会社が造ったとされるパイプ。放置状態で、水位が上がる雨期になるとここから石油がマラニョン川に漏れ出るという=2025年11月22日、ペルー北東部、鳥尾祐太撮影

パイプラインがある限り、リスクは消えない。それでも、自然の権利が裁判で認められたことは、人々が環境被害に立ち向かう新たな武器を手に入れたことを意味する。

カナキリ・ムラヤリさんは2025年4月、環境分野のノーベル賞とも呼ばれる「ゴールドマン環境賞」を受賞した。

「裁判の勝利は、マラニョン川やクカマだけでなく、ペルー、そして世界にとっても重要です。この闘いに男性も女性も、何より若い世代が加わってほしい。未来の世代の生命のための闘いですから」