1. HOME
  2. 特集
  3. 先住民族と環境
  4. 環境より開発優先のブラジル政府 アマゾンの長老の苦悩「人々は見ないふりしている」

環境より開発優先のブラジル政府 アマゾンの長老の苦悩「人々は見ないふりしている」

World Now 更新日: 公開日:
先住民族の会合で話すカヤポ族の長老ラオニ・メチキチレさん
先住民族の会合で話すカヤポ族の長老ラオニ・メチキチレさん=2020年1月、ブラジル・マットグロッソ州、ロイター

300を超す先住民族が暮らすブラジルでは、森林伐採や金の採掘などによる環境破壊が続き、先住民族たちの暮らしも脅かされてきました。長年、世界各地に赴いて環境保護を訴えてきた長老は「我々の声は、今も聞き入れられていない」と訴えます。

強い日差しが降り注ぐ中、どこまでも直線が続く一本道を車で走った。見渡す限りの平地が広がる。元々あった森林が伐採され、畑として整備されているようだ。だがところどころ、伐採して手つかずの荒れ地、背丈5~10メートルほどの林もある。

ブラジル中西部マットグロッソ州。約90万平方キロメートルと日本の2倍余りの面積を持つ同州では、車が重要な移動手段だ。州都クイアバを中心に、様々な道が放射状に枝分かれしている。

州北部のマツパから東に延びるのが、州道322号線。起点から終点まで、約500キロの道が続く。だがマツパから50キロほど行くと、アスファルトの道が突然未舗装になった。スピードを落としたトラックが通る度に、大きな土ぼこりが舞う。

「州政府は急ピッチで全区間を舗装しようとしている。5年もすると工事が終わるだろう。我々にとってはとてつもない脅威だ」

カヤポ族のパッチョン・メチキチレさん(37)は、複雑な表情を浮かべてそう述べた。

森林と伐採された跡の境目に立つパッチョン・メチキチレさん
森林と伐採された跡の境目に立つパッチョン・メチキチレさん=2023年3月、ブラジル・マットグロッソ州、軽部理人撮影

300を超す先住民族が暮らすブラジルで、カヤポ族は規模の大きな民族の一つだ。アマゾンの南東部にあたるマットグロッソ州とパラー州にわたり、韓国の面積と同程度の11万平方キロメートルに及ぶ保護区などに9000人が住む。

カヤポ族が初めて外界と接触したのは、1950年代のこと。以来、半世紀にわたって保護区内外での森林伐採や金採掘に悩まされてきた。元々カヤポ族は保護区の外にも点在していたが、住環境が悪くなりどんどんと保護区の内側に追いやられたという。

「森林伐採で土地が乾燥し、火が燃え広がりやすくなった。金採掘業者が水銀を流して、川が汚染された。この半世紀、カヤポ族への脅威は続いてきた」

国立先住民保護財団(FUNAI)の元職員で、カヤポ族のメガロン・チュカハマイさん(72)はそう語る。

ブラジルでは2019年に大統領に就任したボルソナーロ氏の政権が、環境保護よりも開発を優先。ボルソナーロ氏はアマゾンについて「何の役にも立っていない」などと発言し、森林での違法伐採を監視するなどしてきたブラジル国立宇宙研究所(INPE)や国立再生可能資源環境院(IBAMA)、FUNAIの権限や予算を縮小してきた。

2019年以降、アマゾンでの火災の数は2倍近く増加。2020~2021年にかけては、約1万3000平方キロメートルの森林が失われ、2006年以降で最悪を記録している。多くの火災は、落雷や野焼き、放火が原因だ。暴力もやまず、地元NGOによると2009~2019年、2000人以上の先住民が殺害されたという。土地の権利を擁護する活動家が違法伐採業者や金採掘業者などに攻撃されるケースも少なくない。

取材に応じるカヤポ族の長老ラオニ・メチキチレさんと、孫のパッチョンさん
取材に応じるカヤポ族の長老ラオニ・メチキチレさん(左)と、孫のパッチョンさん=2023年3月、ブラジル・マットグロッソ州マツパ、軽部理人撮影

そんな中で、カヤポ族はパッチョンさんの祖父で環境保護活動家のラオニ・メチキチレさんを中心として、環境保護を強く世界に訴えてきた。独自の監視員を配置して保護区への違法な侵入を阻むことで、現在は過度な森林伐採を防いでいるという。

「保護区の外はどんどんと開発されてしまった。遠くない将来、保護区にだけ森が残り、その周辺は畑という状況になるだろう。だが、我々は絶対に屈しない」。チュカハマイさんはそう話す。

取材に応じるカヤポ族のメガロン・チュカハマイさん
取材に応じるカヤポ族のメガロン・チュカハマイさん=2023年3月、ブラジル・マットグロッソ州コリドー、軽部理人撮影

森林を切り開いて通されたこの州道そのものも、カヤポ族にとっての新たな脅威となっている。

カヤポ族の保護区は、322号線を東に進み、始点から200キロほどにあるシングー川を船で3~4時間北上した場所にある。現在は道路事情が悪く、またシングー川を渡るにはカーフェリーを使う必要があるが、州政府は全区間を舗装し、川に橋をかける予定だ。北東部パラー州にある港まで行きやすくすることで、物流網を整備するためだ。

一見するとカヤポ族にとっても利便性が高まりそうだ。だが交通量の増加とともに、保護区からの人口流出に加え保護区への麻薬流入や売春、不法労働者などの増加の恐れがあるとみられている。

パッチョンさんは言う。「全線開通は人口流出をより促進させるだろう。カヤポ族というアイデンティティーを維持するためにも、今が非常に大事な時期だ。森林伐採だけが我々の脅威ではない」

あのロックスターとも連帯

「我々の声は、今も聞き入れられていない。環境を壊さないよう求めているのに、誰も守ろうとしない」

ラオニ・メチキチレさんは1980年代、英国の歌手スティングと各国を回り、環境保護を訴えてきた。その後も国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で演説したり、ノーベル平和賞の候補者に選ばれたり。90歳を超えた今も各地を回っている。

カヤポ族の長老ラオニ・メチキチレさん。ノーベル平和賞の候補にもなったことがある環境保護活動家
カヤポ族の長老ラオニ・メチキチレさん。ノーベル平和賞の候補にもなったことがある環境保護活動家=2023年3月、ブラジル・マットグロッソ州、軽部理人撮影

「昔は川で魚釣りをよくした。だが今は川が干上がり、魚がいない。漁獲量が減り、我々の生活は大きく脅かされている。そんな状況なのに、人々は見ないふりをしている」

心臓に持病を抱え、現在は保護区とマツパに住む親族の家を行き来して暮らしている。

「私は度々夢を見る。風や火、水の神々が 怒りのエネルギーを放出する姿だ。現実に起きれば、人間はひとたまりもない。森を守る必要性が理解されないと、未来の世代は生きられないだろう」

300超の先住民族 多くはアマゾンの保護区に

ブラジルには300を超す先住民族が存在し、その多くはアマゾンにある保護区内に住んでいる。正確な統計は存在しないが、人口は約80万人と言われている。一時期30万人ほどまで減少していたが、1950年代から続く保護政策で人口は増えつつある。

カヤポ族は大規模な民族の一つで、独自のカヤポ語を操る。早くから「文明」と共存する道を選んだことで知られ、保護区内にはパソコンやWiFiなどがある。男性の多くが狩猟を行って生計を立てている。羽飾りをシンボルとしており、年配者は唇に皿を入れる習慣がある。