人気漫画「ゴールデンカムイ」作者・野田サトルさん アイヌ民族に学ぶ「共生」の姿勢
実際にアイヌの猟師と山に入ったり、モデルとなった現場を外国まで訪ねたりするなど、徹底した取材主義でも知られる作者の野田サトルさんに、環境にまつわるエピソードや人間と自然との関係について書面インタビューで聞きました。(構成・荒ちひろ)
――専門家や現地への取材を重ね、作品を描く中で、自然環境にまつわる印象的なことはありますか。
連載初期のころに面白いなと思ったのが、サケの皮で作った靴です。
「ゴールデンカムイ」では、ちょうど4月から放送中のアニメ第4期でチカパシという男の子が履いています。明治後期生まれの砂沢クラさんというアイヌの女性のご著書に、小学校の時に履いていたとありましたので、その頃までは使われていた地域があったということですね。
この靴、ヒレの部分が靴底にあって、雪道の滑り止めになるんですが、寒さで靴自体がカッチカチになるのでストーブで柔らかくしようと置いておくと犬に食べられるという、なんとも悲しくも可愛らしい話がありました。
僕は手元にサケ皮の靴の資料が欲しくて、二風谷の工芸家の方に作って頂こうと頼んだのですが、「もう現代のサケでは大人用の大きな靴が作れない」というんです。サケのサイズが小さくなってしまって。
もはや博物館に保管されている靴しか存在せず、新たに作ることも出来ない。環境の変化でアイヌ文化が一つ絶えようとしている一例を見たわけです。
と言っても、誰かが悪いという話をするつもりはないのですけれど、印象的な体験でした。
――アイヌと自然との関係について、どんな印象がありますか。
かつてのアイヌは、和人よりも狩猟民族寄りの生活でしたから、やっぱり森がないと生活できないというのが強くあったと思いますし、その意味で相対的に和人よりは環境破壊に敏感であったとは思います。
一方で同じ人間ですし、アイヌは「新しもの好き」とうかがったことがありますから、自分たちは産業化に逆らって変わらず素朴に生きようというアイヌは、果たしてどれだけいたのだろうかとも想像しています。
昔のアイヌの方たちというのは、木の皮から作る服とか、美しい彫刻で作った民具類をそれほど価値のあるものとは思っていなかったそうなんです。
なぜなら自分たちで作れるものだから。
反対に、和人や大陸から交易で手に入れた漆器や金属やガラスを宝物として大切にして、儀式のときには使ったり身に着けたりしていた。
我々だって周りから言われないとその価値に気がつきにくいものは、よくありますよね。
――「ゴールデンカムイ」の中でも、さまざまな「価値」が描かれています
作品の舞台である明治時代の北海道は、自然と共に生きるアイヌと、和人の漁場でモッコ背負いをしたり、軍に入ったりするアイヌというのがちょうど混在した時代だったと思います。
アイヌの少女アシリパ(リは小文字)さんが、「便利に豊かに暮らそうとするのは、人間の性分で仕方がないことだけど、自分たちの文化がどれだけ大切ではかないものか、その価値をみんなに気付かせるのが自分の役割だ」といって作品は終わります。
アシリパは、森林を破壊する人間たちを憎むのではなく、人間の業を理解しつつもなんとか、方法を模索し共に生きていくキャラクターにしたかったというのがあります。
――環境問題は、人類共通の課題です。現代を生きる一人一人として、自然とどのような関係を築き、向き合っていけたらいいのでしょうか。
「来年のために山菜を全部取らない」とか、「服の材料となる樹皮を木が死なないように半分だけもらう」とか、次の収穫のために「採りすぎない」という考えを、「ゴールデンカムイ」のアイヌは伝えています。
現代の人間は、「自分たちが生きてる間だけ得して終わればいい」という考え方になっていないかな? と感じてしまう時はありますね。
でも日々余裕のない、目の前のことに精いっぱいという生活をしていれば、自分だって思い当たることはありますのであまり偉そうなことは言えないのですが。
そういった意味でも「ゴールデンカムイ」は、自分の理想を描いています。