「PEOPLE VS. FOSSIL FUELS(人々と化石燃料との争い)」
2022年11月にエジプトのシャルムエルシェイクで開かれた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)。バイデン米大統領の演説中、会場にいた4人の若者が横断幕を掲げ、叫び声を上げて抗議した。
バイデン氏は驚いて振り返ったが、すぐに演説を再開した。
4人は国連関係者によって連れ出され、その後は会場への出入りを禁じられた。
抗議した若者たちは、先住民族2人とアジア系アメリカ人。そのうちの1人がアメリカ西部の先住民族、北部アラパホ族のビッグ・ウィンド・カーペンターさん(29)だ。
カーペンターさんはアメリカの若者たちの団体「SustainUS」で政治家や企業経営者らに対し、気候変動問題により積極的に取り組むよう求め続けてきた。
2019年にマドリードであったCOP25や、2022年末にモントリオールで開かれた国連生物多様性条約締約国会議(COP15)にも参加し、先住民族を含む各国の若者たちとともに声をあげてきた。
2019年にはアメリカを訪れたスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(20)とも連携して集会を開いた。
COPは気候変動対策を話し合う世界最大の会議。しかも2022年の開催国エジプトではデモや集会が事実上禁じられており、拘束される活動家も多い。
そんな場でどうして世界の若者たちと連帯して抗議をしたのか。カーペンターさんの生まれ故郷で、現在も拠点とするアメリカ西部ワイオミング州を訪ねた。
州中央部に位置するウィンド・リバー・インディアン居留地。白い雪に覆われた山脈のふもとに平原が広がる。東西約100km、南北約80kmあるこの地は、全米でも規模の大きな居留地の一つだ。
訪れた3月上旬の最高気温は零下6度。真っ白な平原に牛や馬が放牧され、バファローの姿もあった。
カーペンターさんがピックアップトラックで居留地を案内してくれた。
「私たちは石油とガスの部族だ」
祖先らは現在のワイオミング州周辺だけではなく、アメリカ中部の広大な土地を支配していた。しかし、19世紀に入植した白人によって追いやられ、白人たちとの戦争を経て、この居留地に暮らすようになった。
現在は連邦政府から公式に部族として認められていて、一定の自治権があり、連邦政府からの給付やサービス、保護を受ける権利がある。
牛や馬の放牧をして生活したり、居留地内にあるカジノや、石油やガスの生産施設で働いたりする人も多い。生まれてから一度も居留地から出たことがない人もいるという。
カーペンターさんは語った。
「石油生産施設で働く人たちに否定的な感情は持っていない。この地域では特に仕事が少ない。家族を養おうとしているだけだ」
そして続けた。「私たちは石油とガスの部族だ。でも将来的にはそれも変わっていくと思う」
生まれ育った家や卒業した地元の学校、親族が住む集落を見て回った後、カーペンターさんが州道から小道へとハンドルを切った。「私たちが受けている気候変動の影響がよくわかる場所がある」
深い雪道を10分ほど車で進むと、ダムに行き着いた。祖先が100年ほど前に建設したといい、川の流れをせき止めた土手のような形状だ。
ロッキー山脈の最大の氷河の一つディンウッディー氷河から流れてきた水がこのダムにたまり、その後、居留地の名前の由来にもなっているウィンド川となって流れていく。この水は下流に住む約10万人の飲み水となる。
だが、このダムにたまる水が減る傾向にあるという。私にはぱっと見ただけでは気付けなかった「影響」を、カーペンターがダムの下の小川を指さしながら語ってくれた。
「あの水辺にはバファローベリーやチョークベリーが自生していたが、いまはいくつかの針葉樹に取って代わられている。この植生の変化はこの先もずっと続いていくだろう」
国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書でも、北米西部では気候変動による干ばつの発生確率が高まっていると指摘されている。
ダムの近くの崖では、伝統的な行事に使う植物や、薬として利用する植物を採取している。
「この水域の多くが干上がれば、北部アラパホ族は他に生きる場所を探すしかなくなる」「私が生まれる前と比べて、この辺りは劇的に変わっている。気候変動がすぐ近くで起きているというのは間違いない」
きっかけは居留地で起きた汚染物質の流出
カーペンターさんは、先祖代々この地に暮らしてきた母親と、別の部族の血をひく父親のもとに生まれた。
「環境活動家」となったのは13歳のときだ。居留地内の化学工場からの汚染物質の流出で、親族が住む集落で奇形の家畜が生まれることが相次ぎ、井戸水を飲めなくなっていた。
その体験から環境問題に関心を持ち、先住民族の若者が集まる団体に加わって環境保護活動を始めた。
高校生のときに、元副大統領アル・ゴアが地球温暖化の危機を訴えたドキュメンタリー映画「不都合な真実」を見て、気候変動についての勉強を始めた。2010年以降はノースダコタ州などの居留地でパイプライン建設に対する反対活動に参加するなど、全米各地で活動を続けてきた。
国際的なネットワークも広げ、先住民族を代表してCOPなどの国際会議にも足を運ぶ。
最前線で抗議活動をし、これまで何回も拘束された。エジプトでも抗議に踏み切ったのは、「バイデン氏の本当の政策を多くの人が理解していないと思ったから」と説明する。
たった3時間のエジプト滞在で、アメリカ大統領は過去最大規模の気候変動対策への投資をうたう「インフレ抑制法」をアピールした。ただ、この法律は石油やガスの開発支援も含んでいる。
「アメリカが気候変動対策でいかに世界をリードしているかを語ったが、アメリカは熱心な擁護者ではない」
COP15には、カーペンターさんを始め多くの先住民族が参加。採択された目標には「先住民族が意思決定に参加する機会を確保する」という項目も入った。
改めて、先住民族として環境保護活動に関わる意義を聞いてみた。
「先住民族の伝統的な生態学的知識について語られることが多くなり、そうした考え方が西洋の科学と同等の価値を持つと見なされるようになっている。これは、先住民族の声を代表する人たちがいなければ実現しなかったことだと思う」
570以上の部族 抑圧されたアメリカ先住民族の歴史
1776年に建国したアメリカは、政府が条約を結んでアメリカ・インディアンの土地を取得してきたが、1830年に「インディアン強制移住法」を制定すると、複数の居留地への強制移住を進めた。
20世紀に入るとインディアンたちは白人社会への同化を求められ、政府が都市部への移住事業を実施。差別や生活への適応に苦しむ例もあった。現在は住む場所を自由に選べるが、居留地で暮らす人も多い。
1960年代の公民権運動以降、固有の言語や文化を若い世代に受け継ぐ動きが広まった。
現在、政府は570以上のインディアンやアラスカ先住民族の部族を公認している。少なくとも一部は血を引き継いでいる人は約900万人いる。居留地は300カ所以上ある。