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オホーツク海の夕日を眺めつつ温泉につかる@択捉島

北方領土ってどんなとこ? 更新日: 公開日:
ワンナチキ温泉の露天風呂からは、オホーツク海の雄大な眺めが楽しめる=写真は全てタチアナ・クラピビナ撮影

行きたくても、行けない場所。日本人にとって、北方領土はそんな場所です。日本政府はこの地域を「ロシアが不法占拠している」として、日本人の立ち入りを規制しているからです。そんな現地の今を、地元ジャーナリストらの力を借りてリポートします。

恋人のサハリンと仲良く暮らしていた少女クリラ。交際に怒った父が恋人に向けて放った雷を盾となって受け、多くの島になった――。

こんなロマンチックな物語で島々の成り立ちを紹介しているのは、オホーツク海を望む択捉島・紗那(ロシア名クリリスク)の海岸にある観光案内板。クリラはクリル諸島(千島列島と北方領土のロシア側呼称)、サハリンはサハリン島のことだ。横にはクリル諸島をイメージした大きな石が並んでいる。

恋人を守って島になった少女クリラをイメージした大きな石。手前の石はクリラの顔だ。クリル諸島とサハリン島の成り立ちを紹介する物語をテーマにしたモニュメントだ

この観光スポットは2017年、地元の水産・建設大手ギドロストロイがつくった。もともとある自然に加え、芸術的な観光名所をつくろうと全国レベルのコンテストを開いて観光モニュメントのアイデアを募集。178の応募作品の中から12作品が選ばれ、これは欧州側の隣国ベラルーシの学生がデザインしたものだ。ギドロストロイは芸術家をわざわざ択捉島に招いて制作を依頼。地元では「ロシア初の火山のふもとにある現代美術館だ」と喜ぶ声もあるという。

択捉島では近年、観光インフラの整備が急速に進んでいる。北方領土の主力産業は水産業だが、ロシア政府が主導する地域発展には産業の多角化が不可欠になる。中でも有望だと考えられているのが観光分野だ。2014年に新しいヤースヌイ空港が完成。濃霧による欠航が多かった旧空港に比べて、交通の便が大幅に改善され、観光客を呼び込みやすくなった。

行政もツアー客向けの航空運賃を安くするため、補助金を出して後押ししている。今年10月に日本が派遣した共同経済活動の調査団も、観光分野の協力について議論した。

観光振興の中心にいるのがギドロストロイだ。海の玄関口となるキトーブイ港にも、鯨のしっぽが地面から飛び出したようなモニュメントをつくった。きれいな花があるという神様のうそを信じたクジラが、仲よしの月にプレゼントをするために地中に潜ったというアイヌの伝説がテーマだという。

択捉島の海の玄関口であるキトーブイ港に2017年につくられたモニュメント。地面から出た鯨のしっぽが印象的だ

すぐ横には船をかたどった小さな公園や、「キトーブイ」の文字を石で作ったモニュメントもある。オホーツク海に沈む夕日をきれいに眺める絶好のポイントにもなっている。

ギドロストロイで働く技術者のセルゲイ・クワソフさん(63)は「島に観光客を呼び込むため社長が考えたんだ」と胸を張る。

ギドロストロイは16年、観光子会社ギドロストロイ・ツアーも設立した。ツアーの子会社のマリーナ・エフゲノワ社長は「モスクワなどでも宣伝しており、観光客は順調に増えている」と自信を示す。16年のツアー参加者は年間220人だったが、18年は9月時点で300人を超えたという。

観光客の目当ては大自然。中でも火山がつくった雄大な風景や温泉などが好評だ。広大なロシアの中でも火山があるのは、ほかにカムチャツカ半島ぐらいだから珍しさがある。

溶岩からできた黒い崖や白い崖の絶景に、一定の周期で熱湯が噴き上がる間欠泉。自然がつくった温泉で体を休め、熱湯が落ちてくる滝も楽しめる。冬は車で温泉まで行けないが、代わりにスノーシューをはいてバランスキー火山の美しい景色を眺めながら歩いていくこともできる。もちろん、スキーウエアやスノーシューはレンタル可能だ。

ギドロストロイはオホーツク海沿いに、1泊がドル換算で300~500ドル(約3万4千円~約5万6千円)の高級ホテルもつくった。外観は木造のロッジ風で2階建て。ロビーには豪華なソファーやグランドピアノがおいてあり、壁には鹿の剝製が飾られている。部屋もおしゃれな家具が配置されて、落ち着いた雰囲気。ロシア政財界の有力者らが訪れているという。

高級ホテルのロビーにはきれいなソファーやグランドピアノが並び、鹿の剝製も飾ってある

そんな豪華なホテルはいらないという人には、1泊4千ルーブル(約7000円)ほどのホテルも街中にある。風呂やトイレも部屋にあり、清潔感もあって十分な水準だ。低料金で泊まれるゲストハウスも数軒あるようだ。

紗那郊外には市民に親しまれている温泉施設「ワンナチキ」(ロシア語でお風呂)もある。教会の屋根を思わせるれんが造りの建物はステンドグラスで飾られている。

紗那郊外にある「ワンナチキ」温泉。ステンドグラスをつかった建物が美しい

中にある木製の浴槽は放射状に八つに仕切られ、1人ずつゆったり座れる。お湯は1時間ごとに交換するという。外の露天ぶろに入りながら、オホーツク海に沈む夕日を眺めながめられる。これで1回300ルーブル(約510円)だ。

出張で訪れたルスランさん(29)は「択捉の温泉は有名だから必ず来ないと。効果は抜群で、出張の疲れが吹き飛ぶ」。ウクライナから来たアレクサンドルさん(57)は「温泉からオホーツク海を眺めると、体も心もリラックスできる」と満足げだ。

紗那のカフェにはエスプレッソマシンが置いてあり、カプチーノやカフェラテも注文できた。いまもロシアの田舎ならインスタントコーヒーが定番なので、コーヒー党には見逃せない「進歩」だ。チョコやバナナ、キャラメル、ティラミスなどの味までトッピングできると聞いて驚くと、店員の女性が「もちろんできますよ。ここを田舎だと思っていましたか」と笑った。