インターネットやホテルなど北方領土にロシア人の助手を派遣するときの心配事は多いが、島内での交通手段もその一つ。代表的な公共交通機関である電車や地下鉄はもちろん整備されておらず、バスやタクシーもあまりない。車を持っていない家庭も多いとも言われ、住民にとっても移動するのは不便だという。
だが、フリージャーナリストのウラジーミル・ラブリネンコさんによると、最近は交通機関の整備も徐々に進んでいるという。昨年3月、ラブリネンコさんが国後島で写真を撮影したのがオレンジ色の路線バス。前にはトヨタのマークがついているが、左ハンドルなので日本で販売された中古車ではないと思われる。かなりの年数、使われたのだろう。外装にはところどころぶつけたような部分がある。車体にはロシア語の「ジェーチ」(子供)という文字のあとがうっすらと見えており、昔はスクールバスに使われていたという。
運転席でにこやかに話をしてくれたのはコンスタンチン・ジノビエフさん(当時37)。路線は3年前、サハリン州の予算で始まったもので、運賃は無料だという。それまでは自家用車がなければ、タクシーを使うしかなかった。「ルートは2つあり、島内の集落や温泉、空港などを結んでいる。俺は午前7時に働き始め、朝と昼、夕方に走る。遠いところでは約60キロ離れた場所にも走るよ」と誇らしげだ。
ジノビエフさんによると、このバスは26人乗り。スクールバスとして使われた後、役所から払い下げられ、修理をして使えるようにしたという。ほかに3台のバスがあるが、「パズ」というロシアでよくみかけるロシア製の小型バスだ。メンテナンスも自分たちで行っているという。「いまは我々も幼稚園や仕事に間に合うよう人を運ぶのが仕事。そうそう、おじいさんやおばあさんも病院に連れて行くよ」と笑う。
バスを走らせると、すぐに道路が未舗装となった。国後島や択捉島では最近、舗装道路が増えてきたが、ジノビエフさんは「まだ舗装されていない区間が多く、そこは走ると土ぼこりが激しい。冬の朝や夕方に道が凍結すればいいが、そうでないと息をするのが難しいほどだ」と苦笑い。でこぼこの道で速度を上げると揺れも大きく、車が故障するリスクも高まるので、あまり速度を上げずに走る。
このバスに乗っていたのは学校勤務のタチアナ・ガーニチさん(同65)。普段の通勤はスクールバスを利用しているが、この日は学校が休み中のために路線バスを利用していた。「公共のバスは1日3本と多くないので都合が合わないこともある。もちろん2時間おきにバスを走らせるほど乗客がいないので、仕方がないと思うけど。隣家の女性は夫が病気のため、往復500ルーブル(約850円)かけてタクシーで薬局に通っている」と気の毒な様子だ。
タクシー事情については、ラブリネンコさんが色丹島で話を聞いていた。タクシー運転手のミハイル・パブロフさん(同42)は「軍の関係者は車を持っているが、普通の住民で所有している人は少ないのでタクシーが貴重な交通手段。大人や子供、高齢者、観光客などみんなタクシーを使っている」と教えてくれた。
島内にタクシーができたのは9年ほど前と、それほど昔でもない。ただ、ロシアではモスクワのような大都市でも十数年前は、道路を走っている普通の車を、手を上げて止め、値段交渉をして運んでもらう「白タク」が普通だったので、思ったより早くできた印象さえある。2018年3月時点で4社あり、うち営業しているのは3社だけ。島内で合わせて6台のタクシーがあるという。料金は集落内なら150ルーブル(約250円)、集落間は350ルーブルだが、年金生活者には優待料金があり、集落内は100ルーブルとなる。月の売り上げは3万~5万ルーブル(約5万~8万5千円)。島内のほかの仕事に比べれば、収入は悪くないという。
色丹島の道は、国後島と比べても、ほとんど舗装されていない。パブロフさんの仕事は忙しく、朝から夜まで走り回ることも珍しくないので、「でこぼこの道はとてもつかれる。夕方は搾ったレモンのようにくたくたになるよ。舗装をしてくれれば楽になるのに、政府は約束ばかりで、なかなか実行してくれない」とぼやく。道路が悪いので車もよく壊れる。部品はロシア極東のウラジオストクまで注文する必要があるので、船に載せられて届くまで1~2週間はかかる。燃料代は昨年2月時点で軽油が48ルーブル(約80円)、ガソリンは62ルーブルと、産油国のロシアだと考えるとかなり高いが、「大陸側から運んでいるため仕方がない」とあきらめ顔だ。ただ、愛車である日本製のトヨタ車は、「とても丈夫で、快適だ」と満足している。「ロシア製なら、ここで1カ月走れば、次の3カ月は修理になるよ」