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ロシアとの戦争から10年  今ジョージアが熱い

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
ジョージアの古都ムツタヘは、ユネスコの世界文化遺産にも登録されている。そのムツタヘにあるジョージア正教会の聖堂で挙式を挙げるカップル(撮影:服部倫卓、以下同様)。

ジョージアの人気が急上昇

皆さんは、今から10年前に起きた国際的事件のことを、覚えているでしょうか? 旧ソ連の小国ジョージアと、ロシアの間で起きた「8月戦争」、またの名を「5日間戦争」のことを。

ジョージアという国は、黒海とカスピ海に挟まれた南コーカサスと呼ばれるエリアに位置し、かつて日本ではグルジアと呼ばれていました。ジョージアには、南オセチア自治州、アブハジア自治共和国という少数民族地域があり、両地域はロシアによるテコ入れを受け事実上の独立状態にありました。2008年8月、ジョージアは無謀にも南オセチアを軍事的に奪還することを試みましたが、ロシア軍の返り討ちにあって敗北しました。これを受け、ロシアは南オセチアとアブハジアの独立を承認、両地域のジョージアからの分離がより一層決定的になってしまったのです。

8月戦争は、平和の祭典であるべき北京オリンピックのさなかに勃発したので、世界に衝撃を与えました。また、「マクドナルドの法則」が崩れたとして、注目も浴びました。従来、「ハンバーガーチェーンのマクドナルドが進出するほどの発展度を示している国同士が戦争をすることはありえない」という法則が冗談半分で語られていたのですが、その法則がついに崩れてしまったからです。

かくして、ジョージアと言えば、「向こう見ずにもロシアに戦争を挑んで自滅した小国」というネガティブなイメージが強くなってしまいました。しかし、最近ジョージアの人気が世界的に高まり、日本にもファンが増えていると感じます。

ジョージアはエキゾチックな魅力をもった風光明媚な国であり、ジョージア政府が観光立国を目指して努力していることもあって、外国人旅行者にとって穴場的な観光スポットとなっています。チーズ入りパンの「ハチャプリ」、小籠包のような「ヒンカリ」などのジョージア料理や、個性的なジョージア・ワインは、日本の一部グルメファンの間でも話題をさらっています。大相撲でジョージア出身の栃ノ心が大関に昇進するという快挙もあり、先日は日本の人気テレビ番組「世界ふしぎ発見」でジョージアが特集されました。

ちなみに、ジョージアは旧ソ連随一のラグビー強国であり、来年日本で開催されるラグビー・ワールドカップへの出場も決まっていますので、日本にとってジョージアがより一層身近な国になっていくかもしれません。ジョージア代表は徳島で事前キャンプを張り、予選リーグの試合は豊田、熊谷、花園、静岡で戦うそうです。なお、以前私のブログで、「なぜジョージアではラグビーが盛んなのか?」という記事を書いたことがあるので、よかったらご笑覧ください。

これが話題のハチャプリ。ものすごいボリュームで、小サイズを頼んだのに、筆者や同行の日本人は半分くらい食べるのがやっとだった。

ウクライナに大差をつけるジョージア

ジョージアは、ウクライナ、モルドバと同じく、2014年に欧州連合(EU)と連合協定を締結し、EUとの一体化を軸とした国造りを進めています(ロシアが上述のとおりジョージアの分離主義地域を支援しているのは、ジョージアのそのような動きを牽制するため)。筆者は昨年11月にベルギーのブリュッセルを訪問し、EU側の視点から見たジョージアとウクライナの実情につき調べる機会がありました。また、本年9月にはジョージアとウクライナを相次いで訪問し、現地調査を行ってきました。

そこで見えてきたのは、まったく好対照な両国の姿です。ジョージアはとにかく謙虚に、熱意をもって改革に取り組んでいる。ちなみに、ジョージアの人と面談をすると、彼らは「我が国は小国ですので」と前置きするのが常であり、真摯に改革に取り組むしか生きる道がないという認識が共有されている様子です。それに対しウクライナは、「中東欧の大国」というプライドが災いしているのか、尊大な態度が目立ち、問題はすべて他人(主にロシア)のせいにして、肝心の自助努力が不充分であることは否めません。当然のことながら、そのあたりはEUをはじめとする国際社会には知れ渡っていて、好意的に評価されているのはジョージアであり、ウクライナの評判は芳しくありません。

象徴的だったのは、昨年11月のブリュッセルでの現地調査でした。実は、我々の訪問は運悪くベルギーの連休時期に当たり、現地のウクライナ大使館に面談を申し込んでも、けんもほろろに断られてしまいました。それに対し、ジョージア大使館は、大使以下主要スタッフが、日本から来た研究者グループと面談するためだけに、わざわざ休日出勤してくれたのです。余談ですが、くだんの駐ベルギー大使をはじめ、ジョージアでは要職で活躍している女性が多く、しかも(余計なことを言わせていただくと)エキゾチックな美人揃いなので、外国人のジョージア好感度はいやが上にも高まることとなります。

ちなみに、この駐ベルギー・ジョージア大使館での面談で印象深かったのは、「差別化(differentiation)」というキーワードが繰り返し出てきたことです。現在のところ、EUはジョージア、ウクライナ、モルドバという旧ソ連の加盟希望3ヵ国をひとからげに扱っているけれど、ジョージアはEUの宿題を人一倍マジメにこなしているので、我が国に対してはもっと先のステージを用意してほしいということを言っているわけです。高速艇のジョージアはもっと速く進める、ウクライナのような鈍重なタンカーには付き合っていられない、というのが本音なのでしょう。

ただ、今年9月にジョージアの首都トビリシで政策担当者の話を聞いた時には、ジョージアのジレンマを実感しました。確かにジョージアは3ヵ国の中でトップランナーだが、EUがジョージアのような小国だけを対象に新たな統合枠組みを用意してくれることは現実には期待薄であり、やはり3ヵ国全体の底上げが必要だとの見解が、先方から聞かれました。その目的のために、ジョージアの外交当局は、これまであまりなかったウクライナやモルドバとのヨコの連携を強化しようとしているとのことです。

ジョージアの国立博物館に展示されていた国土地図。赤い部分がロシアのテコ入れを受けた分離主義地域(中央部分が南オセチア、左がアブハジア)。独特なジョージアの文字にも注目。

ロシアとの経済関係は復活も、領土問題は割り切れず

2008年の戦争の直後、ジョージアとロシアは直ちに外交関係を断絶しました。現在も、お互いの大使館は閉鎖された状態にあります。一時は、両国間の直行便は廃止され、貿易などの経済関係も途絶しました。

しかし、現在ではジョージアとロシアの経済関係は、ほぼ正常化しています。ジョージアの首都トビリシとロシアの首都モスクワの間には、直行便が普通に飛んでいます。一時期、ロシアはジョージア産ワインの輸入を禁止していたものの、2013年に禁輸措置が解除され、ロシアは再びジョージア・ワインの主要市場になりました。また、2017年には150万人のロシア国民がジョージアを旅行をしたということです。

この面でも、ジョージアはウクライナと対照的です。以前、本連載の「今度は鉄道路線を廃止? どこまで続くウクライナ・ロシアの泥仕合」という記事で論じたとおり、ウクライナは「ロシアと激しく対決すればするほど、我々はヨーロッパに近付くのだ」と勘違いしている節があり、実際に経済関係を含めロシアとのあらゆる関係を断ち切る構えを示しています。それに比べると、政治的対立はあっても、ロシアとの経済関係は正常に保とうとするジョージアのプラグマティックな姿勢の方が、筆者には好ましく思われます。

ただし、ロシアの介入により、ジョージアの領土保全が危機にさらされている以上、やはり全面的な関係修復は困難なようです。筆者は9月の現地調査の際に、ジョージアの有識者に、あえて次のような質問をぶつけてみました。「EUは、領土紛争を抱えた国を加盟国として迎えることはありえず、それにロシアが絡んでいればなおさらです。そもそも南オセチアは民族的なジョージア人がそれほど多く住んでいない地域。ジョージアのオピニオンリーダーや政党で、南オセチアとアブハジアは放棄してしまおうと唱えるような向きはないのでしょうか?」

この問いに対し、有識者の回答は全否定でした。領土の放棄論など、ジョージア政界ではありえないとの話でした。やはりどんな国でも、領土問題というのは特別な重みを持っているのだなということを思い知らされ、愚問を発したことを恥じ入った次第です。