色丹島の海沿いにある丘の斜面に、2階建てのアパートが並んでいた。きれいに塗り直したものもあるが、多くは青やグレーで、屋根や壁は色あせている。
北方領土の住民にとって頭の痛いのが住宅問題だ。住人のマブリュダー・ハルチェンコさん(39)は「アパートの多くは木造で、70~80年代に建てられたものだ」と話す。新しい公営アパートの建設が進まないためだ。しかも色丹島は1994年の北海道東方沖地震で大きな被害を受けた。ハルチェンコさんのアパートも半壊し、その後、修理して使っている。「いまは問題はない」と言うが、老朽化が進めば新たな問題が出てくる可能性もある。
もっとも、ロシアでは建物の外観は古くても、室内はきれいに改装されていることが珍しくない。ハルチェンコさんに家を見せてもらった。
アパートは入り口が3つあり、それぞれ1階と2階に合わせて4室、全体では12室となる。階段はいかにも旧ソ連のアパートと言った趣で、パイプや配線がむき出し。玄関の横の壁には大きなひびも入っている。
ハルチェンコさんは夫と8年生の娘ソフィアさんの3人暮らし。アパートは82平方メートルの広さで部屋は3つある。日本のアパートなら広めだが、島では平均的な広さだという。
「アパートは広くて、窓からの眺めがきれいなのが気に入っている。船が近付いてくるのが、よく見えるのよ」
中に入ると、やはり部屋はきれいに飾られ、まったく古さを感じさせない。リビングはバラの花の壁紙が印象的で、天井や床もきれいな素材に交換済み。ソフィアさんの部屋も十分な広さのクローゼットに大きなベッドがあり、壁には相対性理論で知られる物理学者アインシュタインが舌を出した有名な表情のイラストも。もちろん机にはパソコンもある。
キッチンも棚がたくさんあって収納たっぷり。使い勝手が良さそうだ。ガラスのテーブルもお気に入り。コンロやオーブンは電気で電子レンジもある。「得意料理はマンティ(中央アジア風の小籠包)。おいしいのよ」と笑う。
ただハルチェンコさんは進まぬ公営アパートの建設にしびれを切らし、自ら家を建てた。「すぐに引っ越すわ。次は暖房も電気になるの」
色丹島のアナマ(穴澗〈あなま〉、ロシア名クラボザボツク)の行政トップを務めるスベトラーナ・ヤルモリチさんは村で足りないもののトップに住宅を挙げた。「ほとんど半分の家が壊れかけ」というから深刻だ。それでも、この村では2015年に新しいアパートが完成後、公営の新しい計画はないという。
住民の中には、建設が進まないのは、同じ「南クリル地区」にあり、人口が多い国後島に予算や資材が優先されているという不満もある。また色丹島は自然が豊かで、保護区が広いことから大規模な工事をしにくいという声も聞いた。
住宅不足もあってか、島では北海道東方沖地震後につくられた仮設住宅に住んでいる人も少なくない。当初は耐用年数が3年と言われていたようだが、すでに20年以上も過ぎている。色丹島のグレナダ地区には20軒以上あるという。その中の一人、セルゲイ・トプトゥンさん(35)に家を見せてもらった。
トプトゥンさんはカザフスタンから移住し、8年前に10万ルーブル(現在の相場で約18万円)でいまの家を買った。広さは34平方メートル前後とワンルームマンション並み。リビングにはソファベッドやテーブル、液晶テレビが置かれ、友人を招いてもくつろげそうだ。キッチンもコンロがやや小さいのが気になるが、電子レンジを壁かけにしてスペースを効率よく利用している。浴室はトイレや洗濯機があって手狭に感じるものの、浴槽も備わっている。トプトゥンさんは「いまは一人暮らしだからいいが、家族ができたら狭いね」と言うが、近くには、子どもがいる若い夫婦も住んでいるという。
仮設住宅の難点は寒さのようだ。すきま風が入ってくるためだ。「雪が降れば、穴がふさがって温かい」とトプトゥンさんは笑う。島は夏も涼しく、雨が続いて湿気が高くなり、電気ストーブを入れることもある。窓や壁、壁紙を代えたいが、修理代が家の価格の2倍になると悩んでいる。
いまの楽しみは新しいアパートへの引っ越しだ。まだ具体的な完成時期は分からないが、「今年か来年か。期待しているよ」