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東京五輪選手の亡命、活動家の不審死…加速するベラルーシ・ルカシェンコ政権の恐怖

迷宮ロシアをさまよう
チマノフスカヤ選手。手に持っている銀メダルをアメリカのネットオークションに出品し、その収益を圧力を受けているスポーツ選手らの支援に充てるという=同選手のインスタグラムから
チマノフスカヤ選手。手に持っている銀メダルをアメリカのネットオークションに出品し、その収益を圧力を受けているスポーツ選手らの支援に充てるという=同選手のインスタグラムから

東京オリンピックが開かれていた8月1日、陸上女子200メートルに出場予定だったベラルーシのK.チマノフスカヤ(これはロシア語読みで、ベラルーシ語読みではツィマノウスカヤ)選手が羽田空港に現れ、騒然となった。

首脳陣との対立から強制的に帰国させられそうになり、身の危険を感じた同氏が空港で警察に保護を求めたのだ。結局、彼女はポーランドに亡命した。

この亡命事件は、東京が舞台だっただけに、我が国でも広く報じられた。したがって、ここでは詳細は省き、筆者が専門家として注目するポイントだけ指摘しておく。

まず確認しておくべきは、チマノフスカヤ氏はこれまで政治的な言動をとったことが一切なかった点である。

そもそも何らかの政治的な前歴があれば、今日のベラルーシでは国を代表する五輪選手団に入れないだろう。今回の五輪で起きた彼女と首脳陣の対立は、もともとはもっぱら競技面に関することだったわけである。

ベラルーシ陸上チームではドーピング検査でトラブルが発生し、女子4×400メートルリレーの選手がそろわなかった。国の力を示す団体競技のリレーでエントリーができないのは、まずい事態だ。そこで首脳陣は、200メートルを得意とするチマノフスカヤ選手を強引に4×400メートルリレーチームに入れようとした。だが、400メートルが専門外の彼女はそれを拒絶した。

もちろんベラルーシ陸上チームの首脳陣のやり方は無理筋だったが、首脳陣と選手の方針の違いは、大なり小なりどの国にも起こりうることだろう。

問題は、競技に関する対立が選手の強制帰国というおおごとになり、選手側がそれに身の危険を感じて外国への亡命を余儀なくされたという点に尽きる。この点にこそ現ルカシェンコ体制の異常性がある。

つまり、今日のベラルーシでは、スポーツを含むあらゆる分野がルカシェンコ体制に従属させられているということである。兵士が上官の命令には絶対服従であるのと同じようにアスリートもチーム首脳陣への絶対服従を迫られ、従わなければあたかも「国家反逆」のようになってしまうのである。

ルカシェンコ氏
ルカシェンコ氏

ましてやルカシェンコ氏は以前からスポーツに力を入れ、1997年から長らく自らがベラルーシ・オリンピック委員会の会長を兼任してきた経緯がある(今年2月に長男のヴィクトル・ルカシェンコ氏にその役職を譲った)。

しかも昨年来、ルカシェンコ体制が揺らいでいたことから政権としては東京五輪でベラルーシ選手団を躍進させ、国威発揚を図りたいという思惑があったのだろう。現下ベラルーシにおけるスポーツのこのような位置付けゆえ、チマノフスカヤ選手の一件がより一層こじれてしまったとみられる。

そしてチマノフスカヤ選手亡命事件の驚きも冷めやらぬ中、8月3日には気味の悪い出来事があった。ウクライナの首都キエフにおいて、ベラルーシ出身の青年V.シショフ(ベラルーシ語読みではシショウ)氏が自宅近くの公園で首をつった状態で見つかったのである。

シショフ氏はベラルーシで民主化運動に参加したのち、2020年秋に官憲の手を逃れるためウクライナに亡命した。そこで「ウクライナにおけるベラルーシの家」という団体を立ち上げ、最近ベラルーシからウクライナに逃れてきた人々、特に若い世代やIT専門家などを手助けする活動をしていた。

シショフ氏はベラルーシでもウクライナでもほぼ無名だった。現在までのところ、事件の有力な手掛かりは得られていないようである。

V.シショフ氏=ロイター
V.シショフ氏=ロイター

だが、複数の専門家はルカシェンコ政権の関与を疑っている。一例として、ベラルーシを逃れ現在はポーランドに身を寄せている政治評論家D.ボルクネツ氏はロシアの民間通信社「NSN」の取材に対し、次のように話している。

シショフ氏死去の背後には、ベラルーシの特務機関の存在がある可能性がある。特務機関の幹部たちは再三にわたり、体制にとっての政敵を世界中で除去する作戦を遂行すると表明してきた。

そうした作戦の目的は、反体制派、国外移住者たちをパニックに陥れ、特務機関の実力を見せ付けることである。

だが、もしもルカシェンコ体制がシショフ氏殺害に関与していることが明らかになったら、ベラルーシはきわめて高い代償を支払うことになる。

近いうちに国際社会からテロリスト政権として認定されることになろう。その意味で、今回の事件はライアンエアー機強制着陸事件よりも重大な結果を招くことになるかもしれない。

ロシアの民間通信社「NSN」

国際社会、特に欧米がルカシェンコ政権を実際に「国際テロ組織」と認定するかはわからない。仮にそんな動きがあれば、ベラルーシを自国の勢力圏と考えるロシアが黙っていないだろう。

とはいえ、過去1年間のルカシェンコ体制の所業が実際にテロリストまがいのものであることは否めない。ライアンエアー機強制着陸事件は国家権力によるハイジャックと広く指摘されたし、現在もまたベラルーシ当局は移民問題をEUとの駆け引きに使うという禁じ手を繰り出している。

ルカシェンコ政権は、もともと強権的ではあったが、以前は一定の歯止めが効いていた。選挙は茶番とはいえ、政権は国民をあからさまに敵に回したくはないだろうし、ロシアへの依存度を軽減するため欧米に接近したいという思惑もあったのだろう。それゆえ反体制派や市民への弾圧は限定的なものだった。

しかし、現在は完全に「タガが外れた」状態である。もはや民主派の市民や欧米と和解することは不可能なので、むき出しの暴力で権力を維持していくという決意を固めてしまったようだ。

それだけではない。体制側による暴力の行使を自国民に見せ付けて国民に恐怖心を植え付け、それを支配のツールにしようとしている。

暴力行使はベラルーシ国内に限定されるのではなく、もしかしたら外国に逃げても自由にはなれないかもしれないと国民に思わせる。それが今のルカシェンコ体制のやり方だろう。