2017年、ブラジルで制御不能な森林火災が猛威をふるった。ひどい干ばつにもかかわらず、農業者や牧場経営者が農地を広げるために森に火をつけ、300万エーカー(約1万2140平方キロメートル)の森林が消滅した。ここ数年、同国は熱帯雨林の保護に乗り出してきたのに、これほどの森林がなくなっては、保護の努力も水の泡だ。
コロンビアでも17年に大規模な森林破壊が起きた。長年の内戦に終止符が打たれ、政府と反政府勢力が和平合意にこぎつけたばかりだが、平和を取り戻したアマゾン地域で採鉱や製材、それに農業ブームが発生した。その結果の森林破壊だった。
カリブ海地域は同年夏、超大型ハリケーン「イルマ」と「マリア」に相次いで襲われた。ドミニカでは森林の3分の1近くがはぎ取られ、米自治領のプエルトリコでも森林破壊の爪痕が広く帯状に刻まれた。
それやこれやを含め、世界では17年の1年間にざっと3900万エーカー(約15万7800平方キロメートル)、バングラデシュとほぼ同じ面積の熱帯林が失われた。
この3900万エーカーという数字は国際環境団体、世界資源研究所(WRI)のグローバル・フォレスト・ウォッチ(Global Forest Watch)が18年6月末に出した報告書で明らかにした。これまでも森林破壊のデータは出ているが、今回は米メリーランド大学が提供した新たな衛星データを使い、より正確な数字をはじき出した。衛星データにもとづいた17年の熱帯林の消失は、16年よりやや少ないものの、過去2番目に多い記録となった。
ただし衛星データは世界の森林の一部をとらえたに過ぎない。また、ハリケーンや火災、伐採の後に再生しつつある木々までは把握できない。しかし、他の研究データでも、熱帯林は全体的に減少しており、再生を上回る面積で消失している。
グローバル・フォレスト・ウォッチの報告書は、オスロで開かれた森林国関係閣僚会合に合わせるように発表された。地球上では生物種のざっと半分が熱帯林に依存している。熱帯林は地球温暖化を抑える重要な役割も担っている。閣僚会合では世界の熱帯林をどう保護していくか、議論された。
「報告書で出された新しい数字は、世界の熱帯雨林が危機的状況にあることを示している」とノルウェー政府の国際気候・森林イニシアチブ(International Climate and Forest Initiative)副局長アンドレアス・ダール・ヨルゲンセン。「世界中の熱帯で森林破壊を大幅に減らすと同時に森林を回復しない限り、地球温暖化対策のパリ協定に基づく目標は絶対に達成できない」とも語った。
<森林減少の追跡> 樹木、特に熱帯林は成長するにしたがって空気中の二酸化炭素(Co2)を吸収する。根を含む木全体で蓄積し、土壌にもCo2を固定する。人が木を切ったり、森林を燃やしたりすると、Co2は大気中に放出され、地球を温める効果をもたらす。人為的なCo2排出量のうち森林破壊が占める割合はどれほどか。いくつかの推定によると、毎年10%を超えるとされている。
しかし、どこの森林がどれほど消失しているのか。それを正確に掌握するのは至難の業だった。国連食糧農業機関(FAO)は、これまで何十年間も加盟各国の地上での追跡調査にまかせてきた。だが熱帯にあるすべての国が、十分な森林監視体制を敷いているわけでもなく、実態とかけ離れた測定になることもある。
そんな中、メリーランド大学が13年に新たな手法を公開した。無料で使えるようになった衛星データを分析して、世界各地の森林上層部の変化をたどったのだ。この手法にはしかし、限界もある。すなわち、大農園で人為的に刈り取られた木々と自然林を新たに開墾したことで倒れた木々の違いをどう見分けるのか。この見分け方が課題になっている。生息地の消滅や気候変動の観点からは、大農園での伐採より自然林の消失の方がはるかに重要な関心事になる。
同大学で衛星監視活動を率いている科学者マシュー・C・ハンセンは地上レベルの森林評価と衛星データの双方が重要だという。「それでも、衛星を利用すれば、森林の変化を素早く見つけることができる。伐採のために道をつくっても、それを地図上に映し出し、素早く警告を出すこともできる」とも言った。
<コロンビア、ブラジル、コンゴ民主共和国>
衛星画像を分析した研究者たちは、コロンビアで17年に大きな変化が起きたことに気づいた。前年より46%も広い100万エーカー(約4050平方キロメートル)の森林が失われたのだ。失われた森林の多くはコロンビア・アマゾンと呼ばれる地域で、かつて反政府左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)が占拠していた。政府との和平合意で、同年に武装解除するまで、FARCは樹木の伐採や開墾を厳しく監視していた。
「FARCが解体すると、広大な地域が解放された。多くの人びとが自分の土地を求めてやってきた。ココヤシを植えたり、牧場にしたり、目的はさまざま」とグローバル・フォレスト・ウォッチの調査分析専門家ミカエラ・ビエサ。彼女によると、コロンビア政府は地元の先住民コミュニティーと一緒に新たな森林保護政策を打ち出したが、成功するかどうか即断できないという。
また、長年森林破壊にさらされてきたブラジルのアマゾンに広がる熱帯雨林も、衛星データが鮮明にとらえている。政府はこの10年ほど、違法伐採の監視を強化し、カーギルといった穀物メジャーに持続可能な農業を約束させるなどの手を打ってきた。
しかし、グローバル・フォレスト・ウォッチの分析では、16年と17年は大規模な森林火災が相次ぎ、記録的な森林破壊となった。森林火災は、農民や牧場主が土地を広げようとして火をつけることから起きるのが典型的だ。昨年は特に日照り続きで、火は一気に燃え広がった。特に乾燥していた南東部がひどかった。また、監視体制の弱そうな地域で大規模な開墾が行われている実態も衛星データで証明された。
ビエサは言った。「火災、森林伐採、干ばつ、そして気候変動。これらすべてが絡みあって、アマゾンは以前よりずっと燃えやすくなっている。最大の関心事はそこにある。私たちはこの新しい状況に直面し始めている」
一方、ブラジル以外の地域に目を向けると、コンゴ民主共和国では17年に約360万エーカー(約1万4600平方キロメートル)と、世界最大規模の森林破壊が起きた。小規模な伐採、木炭生産、それに農地づくりが主な理由だが、消失面積は前年より6%も増えた。
<インドネシアの取り組み>
森林破壊が目立つ中、研究者たちの目は、かすかではあるがインドネシアに光明を見つけた。政府の森林破壊防止策に成功の兆しが出てきたのだ。
インドネシアには、森林の中に腐敗しかけた植物が大量に堆積(たいせき)した泥炭湿地がある。農民は過去数十年にわたって排水路をつくって泥炭湿地を乾燥させ、そこに火をつけて燃やしてきた。パーム油の原料となるアブラヤシなどを植えるためだ。しかし泥炭湿地はCo2を大量に蓄積している層で、一度火がつくとくすぶりながら燃え広がり、大量の煙と有害物質を発生する。エルニーニョ現象とひどい干ばつに襲われた15年は、最悪の森林火災が発生して、東南アジア全体が分厚い煙に覆われるほどだった。
翌16年、インドネシア政府は泥炭湿地の農地転換を禁止する新たな対策を打ち出した。ノルウェー政府も実施に賛同して5千万ドルの資金を提供した。こうしたことが功を奏したのか、政府が保護に乗り出した泥炭湿地では森林火災による焼失面積が88%も減り、最近では最低レベルになった。ただ、専門家たちは次のエルニーニョ現象に襲われた時こそが成否を分けるテストだ、と楽観を戒めている。
いずれにしてもインドネシアのケースは比較的まれで、専門家は森林の減少をもっと抑えていく必要がある、と口をそろえる。だが、WRI上級研究員のフランシス・セイモアによると、気候変動対策に関する国際的活動資金のうち、森林保護費はわずか2%に過ぎない。
彼女は「私たちは家の火事をティースプーン一杯の水で消そうとしているようなものです」と現状を言い表した。(抄訳)
(Brad Plumer)©2018 The New York Times
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