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世界最大の湿地帯が干上がった ブラジルで今、起きている異変の正体

World Now
世界最大級の湿地帯パンタナルで、水量の減った水たまりで死んだワニ=2021年8月22日午前10時58分、ブラジル中西部マットグロッソ州、岡田玄撮影

■干からびたワニ

ひび割れた土の上で、体長1.5メートルほどのワニが干からびていた。

この日の気温38度、湿度18%。8月は乾期とは言え、ブラジル中西部に広がる世界最大級の湿地帯パンタナルは、砂漠のように乾ききっている。

枯れ草の上に足を踏み出すたびに、ザクザクッという霜柱を踏んだような、暑さと相いれない音と感触が足から伝わる。わずか100メートルほど歩く間に、ワニが5頭も死んでいた。

世界最大級の湿地帯パンタナルで、死んだワニ=ブラジル・マットグロッソ州、岡田玄撮影

「こんなにたくさんのワニが死ぬのは見たことがない」。パンタナルの北限ポコネで牧畜業を営むバウミル・ダシウバさん(55)と息子のファビエンさん(25)が嘆いた。

パンタナルの語源は、ポルトガル語で「沼地」を意味する「パンタノ」に由来する。南米大陸の真ん中、ブラジルからパラグアイ、ボリビアに広がり、流域面積は21万平方キロに及ぶ。乾期には草原が広がり、雨期には、流れ込む河川の水位が上がって、あふれた水に草原が沈む。3500種の植物、1000種を超す動物が暮らす多様な生きものの宝庫だ。

だが、2019年から3年連続で水不足に見舞われ、相次いで山火事が起きた。世界自然保護基金(WWF)ブラジルは、20年の山火事で、40億個体以上の動物が被害を受けたと推計し、降雨量が減り続ければ、自然の回復力は失われると警告している。

世界最大級の湿地帯パンタナルでは、山火事が頻発している=2021年8月21日、ブラジル・マットグロッソ州ポコネ、ホジェリオ・ペレイラ/岡田玄撮影

ダシウバさんの牧場近くの川の水量は、以前の半分ほど。これまでは乾期でも川や池はつながり、それなりの広さを保っていた。だが、目の前にあるのは、干上がって寸断された水たまりだ。「ワニはえさの魚を求めて集まる。水たまりになると、魚を食い尽くしてしまう。隣の水たまりは遠く、途中は乾燥していて移動できない」。力尽きて死ぬワニもいれば、共食いするものもいる。

■広がる農地、輸出用の大豆畑に

釣った魚を売って生計を立ててきたフランシスコ・デアモリンさん(71)は、「美しかった場所がこんな姿になってしまった。この地は水がすべての源だ。このままでは住み続けられない」と悲しげだ。集落で使ってきた深さ6メートルの井戸も2年前に枯れた。もう一つの井戸も、いつまで持つのかわからないという。

「井戸がかれた」と説明するフランシスコ・デアモリンさん=2021年8月21日、ブラジル・マットグロッソ州ポコネ、岡田玄撮影

美しい水辺が枯れてしまった背景には何があるのか。

ブラジルの土地利用の歴史に詳しい地理学者マルコス・ホザさんは、それを示唆する研究が、いくつかあるという。その一つが川の流れに関するものだ。

ホザらのグループは、ブラジルの土地利用の変遷を落とし込んだ地図を作っている。パンタナルに注ぐ川の上流域にあたる「セラード」と呼ばれる地域の様子を、1980年代と10年以降で比べると、いくつかの川が流れを変えたり、川幅が狭くなったりしている。

「セラードは80%以上が農地に転用された。表土が流出し、川の水深が浅くなる現象が起きている。流れ込む水の量は減っている」。国土の4分の1を占めるセラードは、本来、乾燥し、低木ばかりが生える熱帯サバンナだ。作物の栽培に適さない土地だったが、70年代以降、農地の開発が大きく進んだ。農地の90%はいま、主に輸出用の大豆畑だ。

一方で、ホザさんは「農地開発が気候変動とパンタナルに影響を与えている、という直接的な関連を科学的に証明するのは簡単ではない」とも付け加える。

これに対し、国営のブラジル農牧研究公社セラード地域研究所のセバスチオン・ダシウバネト所長は、環境への悪影響は確認されていないとし、「開発された土地は保水量が上がって土の質も向上し、むしろ環境に良い影響を与えている。主食の米や豆さえ輸入していたブラジルが農業輸出国になった」と話した。

■気候変動にもつながる危機

世界最大級の湿地帯パンタナルでは、山火事が頻発している=2021年8月21日、ブラジル・マットグロッソ州ポコネ、ホジェリオ・ペレイラ/岡田玄撮影

「川の水位を支えるのは雨だということを忘れてはいけない」。国家自然災害モニタリング・警報センターの気象学者ホセ・マレンゴは別の見方を示した。視線の先にあるのは、世界最大の熱帯雨林アマゾンだ。

マレンゴさんによると、ここ数年のパンタナルの雨期の降雨量は、平年の半分ほどしかない。そもそも、パンタナルやセラードに降る雨は、東側の大西洋から入ってきた湿った空気が、南米大陸の西側を縦断するアンデス山脈に沿って南下し、南から来た冷たい空気とぶつかるのが原因だ。大西洋からアンデスに向かう空気に、アマゾンの熱帯雨林の蓄えられた水分が蒸発して、湿度をさらに加える。

だが、アマゾンでは伐採が進む。ホザさんらの地図で確認すると、85年に大部分が森だったアマゾンでは、10年代後半には南半分のほとんどが農地になっていた。まず、牧草地として開発され、さらに見渡す限りの大豆畑へと姿を変えた。大豆生産が、セラードからアマゾンへ広がったのだ。マレンゴさんは「雨を降らせる水蒸気の何割が南から来て、何割がアマゾンから来ているのかを特定するのは難しい」としながらも、「気候は、植生と相互に影響し合っている」と話した。

アマゾンの熱帯雨林は、温室効果ガスの二酸化炭素(CO2)を吸収する役割を担ってきた。だが、ブラジル国立宇宙研究所のルシアナ・ガチ研究員は今年7月、アマゾンではCO2の排出量が吸収量を上回っている、との試算を発表した。森林伐採と森林火災が「気候変動を加速させている」という。乾期にあたる8〜10月の降雨量は40年間で24%減少。平均気温も場所によっては3.1度も上がった。

豊かなワニや魚のすみかを干上がらせた水不足の原因を探ると、アマゾンへ広がった農地開発につながる。開発による熱帯雨林の減少は、温暖化をさらに進行させる。生物多様性の喪失と気候変動という地球が直面する二つの危機は、影響し合っているのだ。

ブラジリア大学で生態系を研究するメルセデス・ブスタマンテ教授は「アマゾンが雨を作る。セラードはスポンジの役目を果たす。パンタナルに水が流れる。どんな生物たちがすむかはそれぞれ異なるが、水やエネルギーの流れなど大規模なプロセスでつながっている。しかし、人間の活動がこのプロセスに危険な影響を与えている」と解説した。

■森林壊して作られる「排出ゼロ」燃料

ブラジルではサトウキビからつくるエタノールがCO2「排出ゼロ」の自動車燃料として普及している。燃焼時に出るCO2がサトウキビの光合成で吸収するCO2で相殺されるとみなされるためで、政府はエネルギー政策で重視する。20/21年度のサトウキビ生産6億5000万トンの54%がエタノールに向けられている。

これまでは南東部のサンパウロ州が生産の中心地だったが、エタノール需要が高まり、セラードでも生産されるようになった。19年に就任したボルソナーロ大統領は環境問題に後ろ向きで、アマゾンでのサトウキビ生産の規制を撤廃し、危機感はさらに高まっている。

ガチさんは「エタノールのCO2排出量は計算上はゼロだ。だが、CO2を吸収するアマゾンの森林を壊してサトウキビ畑にし、できたエタノールを使っても、温室効果ガスの削減効果はマイナスだ。アマゾンの開発は今すぐ止めなければならない」と強調する。大豆の栽培地が広がり、アマゾンの伐採を助長したようなことが、繰り返されかねないのだ。

コロナ禍で8月末までに死者が57万人に達したブラジルだが、経済は指標上では悪くない。支えているのは農業だ。

だが、農地の開発はアマゾンを脅かし、結果的に、多様な生きものが暮らすパンタナルを干上がらせている可能性が高い。「環境を守らなければ、ブラジルの農業は続けられない」。取材した研究者たちは同じ言葉を口にした。

それでは、農業開発を止めなければならないのか。地理学者のホザさんは「経済か環境かの二分法は単純化しすぎだ」と言う。気象学者のマレンゴさんも、開発に全く手をつけない「極端な保護主義」ではなく、「土地利用と保護のバランスが必要だ」と話す。

日本の23倍の広さのブラジルは、沿岸部から内陸部へと土地を開発して発展してきた。その過程で収量の上がらない土地は放棄されてきたという。「問題は、放棄された土地の生産性を上げずにアマゾンやセラードを切り開き続けていることだ」とホザさんが指摘した。

ブラジル農牧研究公社セラード地域研究所も問題意識を共有し、放棄された土地を農地に戻す技術を開発。その普及を目指す。「農業国ブラジルにとって、環境破壊は金のガチョウを撃ち殺すことにほかならない。環境にも社会にも持続可能な農業だと証明することが課題だ」。ダシウバネトさんは言った。(岡田玄)