「生物多様性って何だろう」。昆明市の中心部で進む道路工事の現場には、生態系の保全について解説するパンダやライオンの写真入りの看板が掲げられていた。街中のいたるところに自然保護の標語が躍る。
雲南省では時を同じくし、ある事件が起きた。昆明から約300キロ南、ミャンマー国境近くの自然保護区にいた十数頭の野生のアジアゾウの群れが、20年春に突然の北進を始めた。生息地の北限とされてきた北回帰線の付近で一冬を過ごした後、今年4月からは北限を越えて北に歩き始め、6月初めに昆明市域にまで至った。村や街で畑の作物を食べたり民家のドアを壊したり。人々は避難を余儀なくされ、連日大きく報道された。
北進の理由について、専門家らは気候変動による環境の変化などと考察しているが、そう簡単に結論は出ない。一方、ゾウが生息適地まで南下したことを見届けた8月に記者会見を開いた雲南省政府は、この北進を「科学の旅であり、生態系保護の旅でもあった」とし、COP15を前に自然との共生について人々が考えを深める重要な機会になったと位置づけた。童謡や本がつくられ、生物多様性を学ぶ教材として宣伝されている。
気候変動枠組み条約とともに「双子の条約」として1992年に誕生した生物多様性条約にとって、昆明のCOP15は節目の会議となる。2010年の名古屋COP10で決まった生態系保全の世界目標「愛知目標」に続く、次の10年の目標の採択が目指されているからだ。
ただ、採択への道は平坦ではない。愛知目標では陸域の17%、海域の10%を保護地域にすることなど、達成すべき20項目が掲げられた。だが、条約事務局はその期限となる20年に「6項目で部分的に達成されたが、完全に達成された項目は一つもない」と報告。そもそも各国が個別に設定した自国内の目標のうち、7割以上が愛知目標を達成し得る水準ではなかったと指摘した。
COP15の新たな世界目標はどんなものになるのか。7月に21項目からなる草案が公表されている。30年までに陸域と海域の保護地域を30%以上に引き上げること、侵略的外来種の侵入を半減させること、農薬の使用を3分の2以上削減すること、生態系保全のための資金を世界で年間2000億ドル(22兆2000億円)まで増やすことなど未達成の愛知目標よりもさらに野心的な案が並ぶ。
新型コロナ禍で多くの国際会議がオンライン開催となる中でも、厳しい交渉が予想されるCOP15は「対面での会議が必須」(条約のムレマ事務局長)とされている。遺恨を残さずにわかり合うために、ひざ詰めの協議が必要というわけだ。10月の会合は、オンラインでの交渉や開会式の中継にとどめ、来年4〜5月に対面での会合を開いて詰めの協議をすることになった。
議長国の中国は世界の「模範」となるべく自国内でも生態系保全の取り組みを加速させている。黄潤秋・生態環境相は8月の記者会見で、中国の陸域の保護面積が愛知目標の水準を上回ったことを紹介。保護区の中で違法に鉱物資源を掘る業者らを無人機や衛星を駆使して取り締まっていることや、保護区の周辺の住民を自然を守る保護官として雇用して生態系の保全と地域経済の自立を両立させようとしていることを披露した。
中国にとってのCOP15の重要性は、米中対立の中にも宿っている。生物多様性条約には米国が参加していない。条約は成立時から、生物から得られる恩恵を公平に配分する仕組みづくりをめざすことを掲げた。例えば先進国の企業が発展途上国にある動植物を使って新しい薬を開発した場合に、それを売って出た利益を「原産国」に当たる途上国にも配分するというものだ。米国は自国のバイオ産業のもうけの一部が損なわれる可能性があるとして批准を見送った。
こうした米国の立場に対しては、これまで自国の豊かな動植物を先進国に持ち出され続けてきたと感じている途上国の不満がくすぶり続けている。多くの途上国は、先進国こそがより重い自然保護の責任を負うべきだとも考えている。COP15で中国は、途上国への理解を示しながら新たな世界目標の採択へと導く議長の役割を果たせば、自身の国際協調の姿勢と米国の「自国優先」の姿勢を対照的に浮かび上がらすこともできる。
新たな世界目標が採択されれば、「昆明目標」や「雲南目標」などと名付けられる可能性が高い。中国は自国の地名を冠する世界目標がどのようなものになると思い描いているのか。そのかじ取りが注目される。(平井良和)