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「米軍ファースト」の日米地位協定 地下水汚染疑惑や性暴力事件で国民を守る足かせに

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東京都福生市、武蔵村山市、羽村市、立川市、昭島市、瑞穂町にまたがる米軍横田基地(中央)
東京都福生市、武蔵村山市、羽村市、立川市、昭島市、瑞穂町にまたがる米軍横田基地(中央)=2023年4月、朝日新聞社ヘリから

東京都の多摩地域で、発がん性が疑われる有害化学物質「PFAS」(ピーファス、有機フッ素化合物)*による環境汚染が大きな問題になりつつある。

PFASは消火剤や防水スプレー、フライパンの表面加工、半導体製造などに幅広く用いられてきた。しかし近年、疫学調査によって、がんや潰瘍性大腸炎といった病気を引き起こすリスクがあることが明らかになり、一部のPFASは国際条約で禁止・規制の対象となっている。

多摩地域では、水道水の水源となっている井戸で次々と国の基準(暫定目標値)を上回る濃度のPFASが検出され、東京都水道局はこれらの井戸からの取水を停止している

さらに、市民団体が希望者を募って多摩地域の住民650人の血液に含まれるPFASの濃度を調べたところ、過半数の335人が米国の学術機関が健康への影響が懸念されるとするレベルを超えていた

記者会見する市民団体「多摩地域の有機フッ素化合物汚染を明らかにする会」のメンバー
記者会見する市民団体「多摩地域の有機フッ素化合物汚染を明らかにする会」のメンバー=2022年11月23日、東京都立川市、朝日新聞社

汚染源の一つとして疑われているのが、多摩地域の51町にまたがる米空軍横田基地だ。

沖縄の地方紙「沖縄タイムス」は201812月、横田基地で201017年に少なくとも3161リットルのPFASを含む泡消火剤がタンクなどから漏出したことが分かったと報じた

同紙の特約通信員を務めるジャーナリストのジョン・ミッチェル氏が米国の情報公開制度により入手した米軍の内部文書で判明したという。

しかし、米軍は基地外への流出は否定している。

汚染源調査を阻む米軍基地の「排他的管理」特権

米軍基地内で起きたPFASを含む泡消火剤の漏出事故と多摩地域での地下水の汚染の関連性を明らかにするためには、横田基地内での調査が不可欠だ。

だが、ここで壁となるのが日米地位協定だ。

日本は日米安全保障条約に基づき、米軍の日本への配備を認めている。その米軍の日本における地位を規定しているのが日米地位協定だ。同協定は、米軍の円滑な行動を確保するために、さまざまな特権を認めている。1960年の日米安保条約改定と同時に締結された。

新たな日米安全保障条約に署名するためホワイトハウスを訪れた岸信介首相(中央左)とアイゼンハワー大統領(中央右)
新たな日米安全保障条約に署名するためホワイトハウスを訪れた岸信介首相(中央左)とアイゼンハワー大統領(中央右)=1960年1月19日、アメリカ・ワシントン、ロイター記録動画より

最大の特権は、第3条が定める米軍基地の排他的管理権だ。

これがあるため、米軍基地内は日本の国土であるにもかかわらず日本の主権が及ばないアンタッチャブルな空間になっている。 

そのため、たとえPFASのような有害物質の流出の疑いがあっても、日本の当局が米軍の許可なく基地に立ち入り、内部で調査を行うことはできない。

日米地位協定の運用に関して協議する日米合同委員会で1973年、米軍基地を源とする環境汚染が発生した場合、日本政府や地元自治体の基地への立ち入り調査を可能とする合意が結ばれた。しかし、立ち入りの可否は米軍の判断に委ねられ、実際に立ち入りが実現することはほとんどなかった。

2015年に日米地位協定の「環境補足協定」と関連の日米合同委員会合意が結ばれ、米軍基地で環境に影響を及ぼす事故が発生した場合、米軍は日本側の立ち入り要請に対して「妥当な考慮を払う」(「前向きに検討する」の意味)ことが明記された。

ただし、環境事故が発生したかどうかを判断するのは、あくまで米軍側だ。米軍がそう判断し、日本側に事故発生の通報を行った場合にのみ、この合意は適用される。

実際、20204月に米海兵隊普天間基地(沖縄県宜野湾市)からPFASを含む泡消火剤が基地外に大量に流出する事故が発生した際には、米軍は事故発生を日本側に通報し、合意に基づき日本側の基地への立ち入り調査を認めた。この時は、基地外に流出した泡消火剤の泡のかたまりが肉眼で確認できる状況であった。

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の周辺の河川では、有害な有機フッ素化合物を含む泡消火剤が基地内から流れ出て丸1日経った4月11日夕にも泡が残っていた
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の周辺の河川では、有害な有機フッ素化合物を含む泡消火剤が基地内から流れ出て丸1日経った4月11日夕にも泡が残っていた=2020年4月11日、沖縄県宜野湾市、朝日新聞社

一方、米軍から通報はないが、日本側として環境汚染を疑うケースには、この合意は適用されない。

沖縄県は2016年、米軍嘉手納基地(嘉手納町など)周辺の河川や井戸から高濃度のPFASが検出されたことを受けて、米軍に同基地への立ち入り調査を要請したが、米軍は認めなかった。

このように、米軍が環境事故の発生を認めない限り、日本側の基地への立ち入りが認められる可能性がほとんどない状況は何も変わっていない。

高濃度のPFOSなどが検出されている湧き水
高濃度のPFOSなどが検出されている湧き水=2021年3月25日、沖縄県宜野湾市、朝日新聞社

情報入手から公表まで4年半、米軍の顔色うかがう日本政府

横田基地からのPFAS流出の疑いについて、日本側はまだ基地への立ち入り調査の要請を行っていない。

今後要請したとしても、米軍側が基地外への流出を否定している以上、立ち入り調査が認められる可能性は低いかもしれない。だが、それでは基地周辺の地下水のPFAS汚染の原因を究明することは困難だ。 

日本と同じ第2次世界大戦の敗戦国であり、戦後米軍が駐留したドイツでは、ドイツ側の当局者が公務遂行のために、いつでも米軍基地に立ち入ることが認められている。地位協定(NATO軍地位協定の補足協定)の付属文書で、「(ドイツの当局が)ドイツの利益を保護するために必要なあらゆる適切な援助(事前通告後の施設区域への立ち入りを含む)を与える」ことを駐留軍に義務付けているからだ。緊急の場合には事前通告なしに基地に立ち入ることも認められている。

日本政府が基地周辺の住民の安全や健康を守ることを最優先に考えるならば、このような合意が日本にも必要だろう。

しかし、残念ながら今の日本政府は、米軍の顔色をうかがってばかりで、住民の安全や健康を守ることは二の次になっているように見える。

在日米軍基地により厳しい環境基準を適用し、日本側に汚染調査などでの立ち入りを認めるとした日米新環境補足協定に署名し、握手する岸田文雄外相とカーター米国防長官(いずれも肩書は当時)
在日米軍基地により厳しい環境基準を適用し、日本側に汚染調査などでの立ち入りを認めるとした日米新環境補足協定に署名し、握手する岸田文雄外相とカーター米国防長官(いずれも肩書は当時)=2015年9月28日、米国防総省、朝日新聞社

ミッチェル氏が201812月に明らかにした横田基地での泡消火剤の大量漏出について、防衛省は20191月に米軍から関連文書を入手していたことを最近明かした。防衛省がこの事故について東京都などに伝えたのは、今年6月だ。事故の事実を把握しながら、4年半もこれを公表しなかったのだ。

400万人超の多摩地域の住民の安全や健康を守ることを最優先に考えていたら、このような対応にはならなかったはずだ。防衛省は、いち早く情報を公表し、米軍側に基地への立ち入り調査を要請するなど汚染の実態把握に乗り出すべきだった。それをしなかったのは、住民の安全や健康を守ることよりも、この事故が政治問題化することを嫌がる米軍への配慮を優先したからではなかったか。

日本政府のこうした「米軍ファースト」の姿勢を改めない限り、米国とのハードな交渉に臨み、ドイツのような合意を実現するのは難しいだろう。

米兵によるレイプ事件の被害者が求める地位協定の見直し

毎年46日に、日米地位協定の改定を求めて記者会見やイベントを開いている女性がいる。

在日オーストラリア人のキャサリン・ジェーン・フィッシャーさん。2002年4月6日、米海軍の基地がある神奈川県横須賀市で米兵にレイプされた。

21年前、米兵にレイプされた時に着ていた服を示しながらスピーチするジェーンさん。2023年4月6日、参議院議員会館内で会見を開き、日米地位協定の改定を訴えた
21年前、米兵にレイプされた時に着ていた服を示しながらスピーチするジェーンさん。2023年4月6日、参議院議員会館内で会見を開き、日米地位協定の改定を訴えた=筆者撮影

日本の検察は犯人を「嫌疑不十分」として不起訴にした。米軍も軍法会議にはかけず、犯人が裁かれることはなかった。納得がいかなかったジェーンさん**は、民事で提訴。裁判所は彼女の主張を認め、犯人に慰謝料など300万円の支払いを命じた。

しかし、犯人は判決が出る前に軍を除隊し、米国に帰国してしまっていた。300万円は日本政府が「見舞金」の名目で代わりに支払ったが、彼女の心が落ち着くことはなかった。

数年かけて自力で犯人の居どころを突き止め、今度は米国で民事訴訟を起こした。米国の裁判所でも彼女の訴えは認められ、勝訴した。

裁判の結果には満足したが、なぜ被害者である自分が膨大な労力と時間、私財を費やしてここまでやらなければならないのかという思いはぬぐえなかった。最初に日本の検察が起訴し、犯人が裁かれていれば、こんな苦労はする必要はなかったのだ。

そして、ジェーンさんが最も心を痛めていたのは、2002年以降も米兵によるレイプ事件が繰り返されていたことだった。

彼女は考えた。米兵によるレイプ事件が繰り返されるのは、犯人が日本の裁判所できちんと裁かれていないからではないか。その最大の要因に日米地位協定があるのではないか、と。

以来、日米地位協定の改定を求めて、日本政府への請願や世論喚起のための活動を粘り強く続けている。事件から21年となる今年4月6日にも参議院議員会館内で記者会見を開いて訴えた。「レイプされても(犯人が)裁かれないのは、日本政府がずっと許しているということ。こんなにたくさんの人が被害にあっているのに地位協定を見直さないのは本当に不条理です」

米兵が容疑者になった性暴力事件、目立つ起訴率の低さ

実際、米兵が容疑者となったレイプ事件は不起訴になるケースが多い。筆者が法務省に開示請求して入手した内部文書によると、2012年から2021年までの10年間に強制性交等罪(旧強姦罪、20237月から不同意性交等罪)で起訴された米兵らは5人で、不起訴は32人。起訴率は13.5%となっている。

一方、ウェブ上で公開されている「検察統計」によると、同じ期間の日本全体での強制性交等罪の起訴率は37.5%。これと比べて米兵らが容疑者となった事件の起訴率が低いのは、明らかだ。

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起訴率が低い要因として考えられる一つに、日米地位協定が障害となり、容疑者に対する取り調べが制限される問題がある。

日米地位協定は、米兵が公務とは関係なく起こした刑事事件については、日本側が優先的に裁判権を行使すると定めている。

しかし、優先裁判権は日本側にあっても、容疑者が米軍基地内にいる場合、逮捕して取り調べを行うことができない。日米地位協定は、容疑者の身柄が米軍側にある場合、日本側が起訴するまでは身柄を引き渡さなくてよいと定めているからだ。

これにより、日本側は米軍の協力が得られる範囲内でしか、容疑者への取り調べが行えないようになっている。しかも、米兵が容疑者となった事件には、起訴するかどうか決定するまでに、日本の刑事訴訟法にはないタイムリミットまで日米合同委員会の合意によって設けられている。そのため、捜査に制約が生じるのだ。

1996年10月21日、米兵3人による少女暴行事件に抗議して協定見直しや基地の整理縮小を求める県民総決起大会が宜野湾市の海浜公園で開かれ、8万5000人(主催者発表)が集まった
1996年10月21日、米兵3人による少女暴行事件に抗議して協定見直しや基地の整理縮小を求める県民総決起大会が宜野湾市の海浜公園で開かれ、8万5000人(主催者発表)が集まった=朝日新聞社

1995年に沖縄で発生した米兵3人による小学生女児に対する集団レイプ事件を機に、日米両政府は「日米地位協定の運用改善」と称して殺人と強姦(現・強制性交)事件に限って起訴前の容疑者の身柄引き渡しを可能とする合意を結んだが、可否の判断はあくまで米側の裁量に委ねられている。

実際、レイプ事件で起訴前に容疑者の身柄が日本側に引き渡されたのは、この28年間でたったの2回しかない。ただ、少ないのは米側が引き渡しを拒否しているからではない。日本側が、米軍の顔色をうかがい、引き渡しを積極的に求めていないのだ。ここでも、日本政府の「米軍ファースト」の姿勢が如実に表れている。

地位協定改定に後ろ向きの日本政府、「国民ファースト」に転換を

民主主義国家の安全保障政策の最大の目的は、国民を守ることだ。安全保障政策が国民の命や安全を脅かすというのは本末転倒だ。そういう現状は正していかなければならない。

日本の安全保障にとって米軍の駐留が必要だとしても、日本政府が日本国民の命と安全を守るという責任を果たしていけるように、日米地位協定を改める必要がある。

だが、日本政府は一貫して協定の改定に後ろ向きだ。問題があれば、「運用の改善」で対応していく方が合理的だというスタンスをとり続けている。

確かに、日米合同委員会の合意などによって、環境事故時の米軍基地への立ち入りや刑事事件の容疑者となった米兵の起訴前の身柄引き渡しが可能となった。しかし、その可否は米軍の裁量次第ということもあり、日本政府は米軍の顔色をうかがってこれらの合意を積極的に活かそうとしていない。その結果、「運用の改善」もほとんど進んでいないのが実情だ。

結局のところ、国民の命と安全を守るために、時には米国と対峙することも恐れず、米軍の嫌がることも主張するという覚悟が日本政府になければ、「運用の改善」も日米地位協定の改定も実現しないのだと思う。

日米地位協定の改定を実現するには、「米軍ファースト」から「国民ファースト」の政治へと改める必要がある。鍵を握るのは、主権者である国民の声だ。