――なぜ、李承晩大統領は休戦協定に署名しなかったのですか。
反共主義者の李承晩は、韓国への軍事侵攻という暴挙を起こした金日成(キムイルソン、主席)とその政権の延命を容認するような休戦に応じることはできませんでした。また、このまま休戦すれば朝鮮半島統一の機会は失われ、北朝鮮の脅威も残ることになると判断しました。
しかし、韓国軍だけで中国や北朝鮮との戦闘を継続することはできません。結局、李承晩は休戦協定に調印せず、協定を尊重・順守するという姿勢を取りました。その代わりに、李承晩は韓国の安全を保証してもらうため、米韓相互防衛条約の締結と、その証しとして米陸軍の2個師団を韓国に駐留させることに成功しました。
――中国やソ連はどのような態度だったのでしょうか。
中国は1949年に建国したばかりで、次の目標を「台湾統一」に置いていました。国連軍が38度線を越えたことから、米国との直接交戦を避けるため“中国人民志願軍”という名目で参戦しましたが、十分な武器を持たなかった志願軍は多くの犠牲を出しました。米国も3年に及ぶ戦争で経済・財政事情が悪化しました。5万人以上の米軍兵士が戦死したこともあり、国内で反戦世論が高まっていました。ただ、ソ連は、米国が朝鮮戦争に足を取られ、欧州正面における米軍戦力が機能低下することは望ましいと考えていました。
――ウクライナのゼレンスキー大統領と李承晩大統領の心境には共通点がありそうです。
韓国は朝鮮戦争休戦当時、開戦前に決められていた38度線以南の地域をほぼ回復していました。ゼレンスキー大統領にとっての「最低限の38度線」とは、2022年2月にロシアが侵攻する前にウクライナが統治していた地域ではないでしょうか。できるなら、2014年からロシアが占領しているクリミア半島も取り戻したいと考えています。
ウクライナは6月から反転攻勢を開始し、前線から南に約100キロ離れたアゾフ海を目指して進軍していますが、期待通りの進撃ができていません。東部戦線ではロシア軍の強い抵抗もあり、膠着状態が始まりつつあるという見方もできます。
――米国による「支援疲れ」の指摘も出ています。
6月末にキーウを訪問したバーンズ米中央情報局(CIA)長官に、ウクライナ側は主要な領土を秋までに奪還し、年内にロシアとの停戦交渉を開始する考えを伝えたと報じられました。
クリミア半島など一部の領土が占領された状態のなか、ゼレンスキー大統領が停戦交渉に臨むためには、戦争を継続する意思の高い国民を納得させる戦果が必要でしょう。少なくとも2022年2月のラインまで押し戻すことだと思います。
米国もウクライナの停戦交渉の環境を整えるため、クラスター弾の提供を決定するとともに、長距離ミサイル「ATACMS」の供与も念頭に置いているようです。射程300キロのATACMSが供与されれば、ロシア軍はATACMSの射程下の地域に航空機や兵站施設などを展開することが難しくなり、ウクライナの反転攻勢の大きな助けになると思われます。
――米韓相互防衛条約のような、ウクライナに対する「安全の保証」も重要になってきます。
7月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議はウクライナのNATO加盟の時期を明示しませんでした。明示すれば、「NATO拡大」を侵攻の理由にしていたロシアのプーチン大統領が、休戦を受け入れるはずがありません。
他方、NATO首脳会議ではウクライナの長期的安全保障を確保するために、ウクライナ軍の近代化計画、米製F16戦闘機の訓練を含む包括的な兵器支援が打ち出されました。NATO軍がウクライナに兵力を展開できない代わりにウクライナ軍の強化を図ろうとしています。
さらに、日本が議長国を務める主要7カ国(G7)が、ウクライナの安全を長期的に保証する共同声明を発表しました。日本は朝鮮国連軍と地位協定を締結し、朝鮮半島の平和と安定にも貢献しています。今後、日本はウクライナと二国間の協定を作成し、ウクライナの安全の保障に関して重要な役割を負うことになります。
朝鮮戦争も休戦交渉開始から休戦まで2年を要しました。交渉を有利にするために激しい戦闘が続きました。結局、休戦協定を締結する契機となったのは、休戦に否定的だったスターリンが1950年3月に死亡したことでした。ウクライナで停戦が成立するには、交戦意思を変えないプーチン政権の権力機構に何らかの変化が生ずる必要があるように感じます。