【前の記事】いまだ終わらない戦争がある 朝鮮戦争70年、現代につながる視点(小此木政夫・慶応大名誉教授に聞く)
――朝鮮戦争は日本の安全保障にどのような影響を与えたのでしょうか。
まず、日本は機雷掃海作業などに参加している。米国などとの早期講和を実現するため、朝鮮戦争への支援を求めた米国の要請に応えた方が良いという判断があった。
朝鮮戦争開戦の翌年、日米安保条約が結ばれた。同時に結ばれたサンフランシスコ講和条約によって、日本は独立と主権を回復したため、進駐軍は撤退することになるはずだった。
だが、朝鮮戦争が起きたため、米国防総省などが撤退に猛反対した。吉田茂首相は進駐軍が撤退しないで済む論理として、日本が駐留の継続を求めるという形を取った。しばらくは経済復興に集中したいという戦略もあった。これが進駐軍がそのまま在日米軍に変わった背景だ。
――朝鮮戦争後、日米安保条約を取り巻く環境も大きく変わりました。
トランプ米大統領の「日米安保条約は不公平だ」という発言は、必ずしも新しいものではない。かなり前から、「日本フリーライダー(ただ乗り)」という不満が米国から出ていた。
日本は従来、日本を防衛する義務を定めた5条と、米軍への基地の提供を定めた6条とでバランスを取っていると説明してきた。
しかし、これはまだ、自衛隊が存在してもいなかった朝鮮戦争当時の論理だ。日本が戦後、経済大国になり自衛隊の防衛力も強化されるなか、基地の提供や経済支援だけで日米同盟を維持することは難しくなっている。
米国は最近、孤立主義に戻る気配を見せている。新型コロナウイルス問題でこの動きが加速するかもしれない。もはや、米国が日本を一方的に守ってくれるという時代ではない。
米国は現在も、日本が負担する在日米軍の駐留経費の大幅増を求めている。日本が米軍兵士の給与まで負担するようになれば、もはや同盟国ではなく傭兵になってしまう。
憲法9条に自衛隊を明記すれば違憲論争には終止符は打てるが、自衛隊が抱える問題を根本的に解決することはできない。いずれにしても、安全保障上の日本の役割を拡大すべきだ。
もちろん、専守防衛を捨てる必要はない。自分から侵略しないという姿勢は堅持すべきだ。ただ、侵略された場合に戦術的な攻勢に出ることは必要だ。サッカーのゴールキーパーがいかに優秀でも、ずっと守るだけでは試合には勝てない。
――再び、朝鮮半島有事の場合、日本はどのような役割を担うのでしょうか。
米韓同盟に基づいて米軍が介入する。日本は半島有事に介入するわけではない。ただ、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態になるから、米軍を後方支援する。そのなかで、韓国とも情報共有を行う。
日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)は重要だ。韓国が昨年、GSOMIAの破棄を言い出したのは好ましい状態ではない。韓国在留邦人の救出避難作業にも支障が出る。
――2018年、韓国が自衛艦旗(旭日旗)掲揚に難色を示し、韓国軍駆逐艦が海上自衛隊哨戒機に火器管制レーダーを照射した疑惑も持ち上がりました。
自衛艦旗は海上自衛隊のシンボルだ。その旗の下、国益のために命をかける。国際社会ではお互いに相手の軍旗を尊重するのが当然で、韓国の対応はあってはならないものだった。
レーダー照射も、北朝鮮情勢が厳しかったため、早期に問題を決着させたかった。だから、韓国に謝罪は求めず、真相究明と再発防止だけを申し入れた。
ところが、韓国側は、遭難漁船の捜索のために使った火器管制レーダーが誤って哨戒機に照射されたと説明した。納得できないと伝えると、韓国側は態度を硬化させ、海自哨戒機の脅威を与える低空飛行が問題だと言い出した。
私たちはシンガポールの協議で、レーダー照射に関係する生データを突き合わせることを提案したが、韓国は拒んだ。その後の韓国国防省報道官の会見で「日本の態度は無礼だ」と言われてしまった。
――どうやったら日韓防衛協力を修復できるのでしょうか。
自衛艦旗もレーダー照射疑惑も、韓国側の行動によって引き起こされた。問題が解決できるかどうかは、韓国側の対応次第だろう。私が統幕長だった19年春、韓国軍合同参謀本部議長を務めたことがある在郷軍人会長が来日した。元議長は「事態を大変憂慮している。現在の合同参謀本部議長が電話をかけたら、対応してくれるだろうか」と話したので、応じる考えを示した。でも、その後で電話はかかってこなかった。
1990年代に日韓防衛交流が進んだ時期があった。今思えば、韓国軍は当時、イージス艦やP3C哨戒機、潜水艦など、海上自衛隊も保有する装備の導入を急いでいた。結局、自衛隊の情報が欲しかっただけなのかもしれない。
――日韓防衛協力は必要ないのでしょうか。
もちろん、朝鮮半島は日本の安全保障にとって非常に重要だ。朝鮮半島に民主主義国家である韓国が存在する意味は大きい。
ただ、韓国も日本と同様、安全保障で努力を続けないと、在韓米軍の撤退はないとしても、削減はありうるかもしれない。
かわの・かつとし 1954年生まれ。77年、防衛大学校卒、海上自衛隊入隊。海上幕僚監部防衛部長、掃海隊群司令、自衛艦隊司令官、海上幕僚長などを経て2014年から19年まで自衛隊統合幕僚長。現在、川崎重工業顧問。