米ロ首脳の演説、まるでパラレルワールド
プーチン政権と西側諸国の溝が広がる中、気球問題で対米関係が悪化した中国はここにきてロシアとの絆を強調し始めた。長期化に伴い、今後、強固な中ロブロックが形成されれば、核や軍事同盟を通じて互いの抑止力をぶつけ合う「冷たい戦争」の二の舞が現実味を帯びてくる。戦争の推移如何で何が起こるかわからない不確実性の時代の到来が高まっている。
2月21日のほぼ同時間に、距離にすればおよそ1200キロ離れて行われたワルシャワ演説とモスクワ演説は、まるでパラレルワールドの中で並行して進む別次元の現実が存在するような内容だった。両首脳の熱弁からは同じレトリックが繰り出された。
プーチン氏に忠誠を誓う数百人の側近たちが集って行われた一般教書演説は1時間45分に及んだ。プーチン氏の主張に賛同する拍手の回数は53回。全員が立ち上がって称えるスタンディングは4回を数えた。
プーチン氏は改めて、ウクライナのゼレンスキー政権を「ネオナチ」とこき下ろし、全責任は、ゼレンスキー政権を背後で操る西側諸国にあるとして、こう述べた。
「もう一度言おう、この戦争を始めたのは西側だ。我々はそれを止めるために武力を行使し、続けているにすぎない」
一方、ワルシャワの旧王宮前の広場で演説したバイデン氏は、ウクライナを支援する国々のゆるぎない結束を強調しながら、これは「自由をめぐる戦いなのだ」と言った。
ポーランドやアメリカ、ウクライナの国旗を振る一般大衆を前に、プーチン氏の戦争責任を押し出した。モスクワ演説とは真逆の言葉だった。
「この戦争は決して避けられぬものではなかった。悲劇なのだ。プーチン大統領がこの戦争を選んだのだ」
米ロ両首脳がそれぞれウクライナ国民、ロシア国民に向けて発したメッセージも真反対の意味をまとっていた。
プーチン大統領:「ロシアはウクライナの人々と戦争をしているのではない。ウクライナの人々はキーウ政権の人質になっている」
バイデン大統領:「ロシア国民にこの戦争の罪があるのではない。悪いのはプーチン大統領一人だ」
微妙なニュアンスこそあれ、両者の発言を、主語や固有名詞を変えれば、言わんとしていることが通じてしまう。時を超え、東西陣営がぶつかった20世紀の冷戦時代までさかのぼれば、米国首脳やソ連首脳が言っていた言葉と同じレトリックのように思える。
侵攻2年目を迎え、NATO諸国がウクライナに主力戦車まで支援するようになった現状の中で、戦況の構図はNATOの武器をまとったウクライナ軍とロシア軍との戦いに変容しつつある。
片や「ウクライナの自由のための戦い」、片や「自国の防衛のための祖国戦争」。共産主義や資本主義といったイデオロギー対立のない新たな舌戦の姿を彷彿させる。
停戦、見通し立たず
ウクライナ東部・南部での戦闘は続き、毎日のように民間人が犠牲になっている。正確な両軍兵士の戦死者は不明だが、ウクライナ軍は2月に入り、1日で800人以上のロシア軍兵士が死亡しているとも発表している。侵攻1年がたち、両軍が一歩も引かない損耗戦に入っている。
世界規模に影響を及ぼすこの戦争をやめさせるのは、極論すれば二つしかない。すなわち「プーチン氏がロシア軍を撤退させるか」、または「ゼレンスキー氏がロシア支配地の奪還をあきらめるか」だ。
世界各国の専門家が戦争の長期化を予想しているが、それは、二つの選択肢が現段階では実現の見通しが全く立たないためだ。
事態をわかりやすく整理するために、仮に和平案が第三国から出されたと想定して、朝鮮戦争の停戦ライン「38度線」が今回の戦争ではどこに当てはまるかを考えてみたい。朝鮮戦争は1950年、韓国と北朝鮮の間で起きた。今は休戦状態だが、「38度線」は両国を分ける事実上の国境になっている。
また、停戦・休戦のラインとは、戦闘が膠着化して動かなくなったフロントラインに何らかの妥協をして、政治的に固定化することだ。
ロシアとウクライナの戦争において、現時点で想定できる前提の休戦・停戦ラインは四つ浮かびあがる。
①2014年2月までのライン ソ連崩壊後の本来のロシア、ウクライナの国境
②2022年2月23日ライン 南部クリミアはロシア併合地域 東部ドンバスは分離独立地域
③2022年9月30日ライン ロシアが併合したウクライナ東部・南部4州の州境
④20XX年X月ライン ロシアが支配地域をさらに拡大し、ウクライナ国内にできた新たなフロントライン
プーチン政権が「4州併合」を宣言した9月30日から5カ月がたったが、ウクライナ軍は南部ヘルソン州の一部を奪還し、現在はフロントラインの位置が③から②へと徐々に移っている。
劣勢が続くと、損失が大きいのでプーチン政権は早く停戦に持ち込みたいが、ウクライナは第1目標の②の到達まで進軍をやめるつもりはない。
祖国を守ろうとするウクライナ軍の士気は高い。さらに、米国から「M1エイブラムス」、ドイツからは「レオパルド2」の主力戦車の供与が今年に入って決定したので、まだまだ支配地域を奪還できる能力もある。
1月に入り、東部ではロシア軍が押し返している。プーチン氏は総司令官に任命した制服組トップのゲラシモフ参謀総長に、3月までに東部2州を支配地域に入れよ、と命令したとの情報があるが、もしこれでも戦況を打開できず、②までウクライナ軍に押し込まれれば、これは昨年の侵攻開始前に戻るので、多大な犠牲を払ったプーチン政権の敗北を意味する。そのため、戦闘を止めることはできない。
一方で、③から②の間でウクライナが休戦・停戦に応じることは、ゼレンスキー政権にとっては想定外だ。この1年の間に、ウクライナ国民のプーチン政権への恨み・怒りは頂点に達している。未来の子供たちのために祖国を守るという意識は決して崩れていない。
ロシアは2014年にクリミアとドンバスを支配下に入れ、9年後に今度はウクライナ全土の支配を狙って全面侵攻をしかけてきた。もしゼレンスキー政権が安易に休戦・停戦に応じれば、数年後、再び力を蓄えたロシアが再攻撃してくるという読みは多くのウクライナ人が共有している。
さらに、欧米から射程の長い兵器を引き出すことに成功したゼレンスキー政権は咋秋から、①まで戦闘を止めないと明確に主張するようになった。ロシアが東部2州の州境で停戦の手を打とうとしても応じることはできないだろう。
仮に、②から①に向かって戦闘地域が移った場合、ロシア側がどんな反撃をしてくるか予想もつかない。
動き始めた中国
戦争終結のカギを握るのはもう一つの大国、中国の動向だ。
これまで中国は欧米が主導する対ロ制裁網には組みせず、一方で侵攻を支持せず、軍事支援もせず、両国に対して交渉による解決を呼び掛けてきた。
しかし、ここにきて欧米のウクライナへの軍事支援強化をけん制するかのように、中ロ関係の重要性を訴えるようになった。
プーチン演説、バイデン演説が行われたのと同じ日の21日、中国共産党系メディア「環球時報」の英語版は「中国とロシアの友情は世界にとって肯定的な資産だ」とする社説を掲げた。
記事には「中ロ関係」と刻まれた太い大木を切り落とそうとする米国人の姿を示す挿し絵が添付されている。同紙はウクライナ侵攻を通じて、欧米は中ロ関係を乗っ取ろうとしていると伝え、「侵攻が長引くのを見たくない」として平和的解決の重要性を強調している。
フランス、イタリア、ハンガリー、ドイツのNATO諸国を歴訪した中国の王毅・共産党政治局員は独ミュンヘンで米国のブリンケン国務長官と会談。ロシアとウクライナの問題は、二つの独立国家の主権にある内部の問題としたうえで、「米国は大国として、危機の政治的解決に貢献すべきであり、火に油をそそいだり、機会を利用したりしてはならない」とけん制した。
さらにこの会談後、中国外務省は声明を発表し「中ロ関係に圧力をかける米国の指示や脅迫を受け入れることは決してない」とし、環球時報と同じ趣旨のメッセージをアピールした。
王氏は最後の訪問地にモスクワを選び、プーチン氏、国家安全保障会議のパトルシェフ書紀、ラブロフ外相と会談を行った。ロシアの有力紙コメルサントは、中国が両国の衝突を解決に導く和平案を発表し、王氏はロシア側との交渉で、今春にも予定される習近平国家主席の訪ロの「地ならし」を行ったと報じた。
ロシア寄りに立つ中国が準備している和平案はプーチン政権に有利な内容になっているとの分析があるが、ポイントは王氏がミュンヘンでウクライナのクレバ外相と会談し、中国とウクライナが「戦略的パートナー」であることをふまえ、「領土保全の原則は両国にとって神聖である」ことを確認し合ったことだ。
中国が仲介して、ロシアとウクライナ双方が受け入れ可能な和平条件を導き出せば、不毛な戦争が終結する実現性は決して低いとは言えないだろう。
しかし、中国がプーチン政権側へ少しでも配慮を示せば、ウクライナ・西側諸国は非難を浴びせ、その結果、形成は一気に中ロブロックの構築が進む恐れもある。
侵攻以来、ロシアは中国に秋波を送っている。22日のプーチン・王会談の前日に行われたパトルシェフ・王会談でもその実態が映し出された。パトルシェフ氏は中国の最重要案件で習政権の意向に忖度するような発言を行った。
「ロシアは、台湾、新疆ウイグル、香港の問題で中国政府を支持している。西側諸国は中国の信用を傷つけるために利用している」
パトルシェフ氏はさらに「ロシアと中国の封じ込めを目指す西側諸国によるキャンペーンに対し、国際分野におけるロシアと中国の協力と関係の深化はとりわけ重要」とも述べ、ロ中はより公正な世界秩序を支持し、「自由で主権を重んじる発展の道」を選択する国家の増加を歓迎するとも強調した。米国と微妙な関係を迎えている国々に、ロ中ブロックへの参加を募っているようにも聞こえる。
ロシアは侵攻後、エネルギーや食糧の安価供給を武器にして、発展途上にあるアジアやアフリカの「グローバルサウス」諸国に積極的外交をしかけ、ロシアの味方になるよう画策している。プーチン政権にとって、その目的を達成するために中国という存在は大きな切り札になりうる。
そして、たとえウクライナ戦争が終わっても、中ロブロックはそのまま維持される公算が高い。
20世紀にあった資本主義と共産主義のイデオロギー対決は、グローバルサウスとG7を主体とする「グローバルノース」の国家運営の価値観の相違をめぐる対立へと変容するかもしれない。
ソ連邦崩壊後の米国一極支配の歪みは各地で軋みの音を立てており、ウクライナ危機が世界の新秩序を生む大きなきっかけになるというシナリオも考えられる。
22世紀の歴史家は、「プーチンの戦争」をどう評価するだろうか?そして、国際社会の有り様を大きく変える21世紀の冷戦は再び、出現するだろうか?
バイデン大統領はワルシャワ演説で重要な点を指摘した。最後に紹介したい。
「12月にゼレンスキー大統領と(ワシントンで)会った際に、この戦いは『世界と我々と次の世代、また次の世代の生き方を決めることになる』と言った。ウクライナの子ども、そして、その次の世代の子どもだけでなく、あなたや私の子どもも、その次の世代の子どももそうなのだ」
「私達は岐路に立っている。これからの5年間が将来を決定することになるだろう。世界秩序の新たな課題は難解だが、解決できるかどうかは同盟国の結束が今後数年間維持できるにかかっているだろう」
自由への代償が導く未来を私たちは目撃することになる。