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ウクライナからの避難民におにぎり1万3千個握る ワルシャワの日本人起業家の思い

ウクライナ侵攻1年 更新日: 公開日:
取材に応じる坂本彦右衛門さん
取材に応じる坂本彦右衛門さん=3月4日、ワルシャワ、佐々木正明撮影

ロシア軍によるウクライナ侵略で避難を余儀なくされた人たちの支援拠点となっている隣国ポーランドで、日本米の手作りおにぎりを手渡し、支えている日本人男性がいる。首都ワルシャワで日本食材流通販売を手掛ける、兵庫県姫路市出身の坂本彦右衛門さん(38)。ボランティアとともに握り、この1年で渡したおにぎりは1万3000個。必死の思いで戦地を逃れてきた1万3000人のウクライナ人が駅や避難所で日本のおにぎりを食べて空腹をしのいだことになる。坂本さんは「何かできることはないかと考え、たどりついたのがおにぎり支援だった。日本がウクライナ避難民を支えているというメッセージになれば」と語った。(佐々木正明)

米は新潟産、具はツナマヨ、つくだ煮

坂本さんがおにぎり支援を始めたのは2022年3月6日だった。2週間前のロシア軍によるウクライナ侵攻開始で、多くの母親や子ども、高齢者らが隣国ポーランドに逃れてきた。

ワルシャワで4年前に起業し、日本の食材や日本酒などをレストランなどに販売してきた坂本さんは毎日のニュースを見ながら、何か支援できることがないかと思案した。

多くの避難民がまずワルシャワ中央駅にやってきて、一時しのぎで滞在していることがニュースで報じられていた。

彼らはこれからの生活のために、資金を節約しなくてはならず、食べ物も思うように調達できないようだった。

「苦しい状況に何かできないかと考えた。店には日本から輸入した新潟産のお米があり、ツナマヨや乾燥キノコの佃煮などの具が用意できた。思いついたのがおにぎり支援でした。最初はカレーも候補になりましたが、簡単に持ち運びできて、その場で食べることができるおにぎりは緊急サポートとしては最適でした」

ロシアによる侵攻開始後、ポーランド国境に歩いて向かう人たち=2022年2月26日、ウクライナ西部・シェヒニ近郊、朝日新聞社

支援初日、坂本さんはさっそくお米を炊いた。店の従業員2人にお願いして、午後6時の業務終了後、残業してもらった。2人はポーランド人で、1人は日本に行ったことがあるが、おにぎりを作ったことはない。

坂本さんもワルシャワに来る前は、ワインのソムリエとして東京やシンガポールの有名レストランで働いたことがあるが、日本食の料理に慣れているわけでもない。

しかし、支えたい、助けたいという一心からまずは坂本さんが具を中に詰めておにぎりをつくった。従業員2人は海苔を必要な大きさに切ってもらったり、おにぎりをラップで包んだり、容器に入れたりする作業を手伝ってくれた。100個が2時間ほどでできあがった。

ワルシャワでは海苔は高級食材という。おにぎり1個あたり150円かかる計算になった。従業員への残業代も払ったし、こうした経費は全て坂本さんのポケットマネーから出した。
午後8時ごろ、ワルシャワ中央駅に向かった。ウクライナから重い荷物を抱え、長時間の移動でたどりついた人たちは疲れ切った表情をしていた。「日本の食べ物です。無料ですから取ってください」と呼びかけると、集まってきて、すぐに100個がはけた。

ウクライナから避難してきた人たちにおにぎりを配る様子=アースウォーカーズのYouTubeチャンネルより

ほとんどのウクライナ人にとって日本食の寿司はなじみがあるが、おにぎりは知らない。しかし、手に取って、気軽に食べれるおにぎりは好評だった。子どもたちが食べ終わった後に笑顔が広がったのを見て、手ごたえを感じた。

坂本さんはそれから1カ月、毎日、100個のおにぎりを作ってワルシャワ中央駅に持っていき、避難した家族連れらに配った。

着の身着のままで避難してきて、異国の地で最初に食べたのが、ポーランドの食べ物ではなく、日本のおにぎりだった人もいるはずだ。

別のバスターミナルでも

聞けば、ポーランド側のウクライナとの国境沿いにはさらに多くの避難民がいるという。坂本さんは今度は車で5〜6時間ほどかけて移動し、避難民が乗り換えのために降りるバスターミナル付近でも配ろうとした。今度は夜通しかけて「くたくたになりながら」500個をにぎった。

「仲間とともにワルシャワから運転を交代して国境沿いのポイントまで行った。避難民は空腹だけでなく、寒さにも震えていた。おにぎりを用意すると、すぐに手に取ってくれた。その場で食べることはなかったが、きっと移動するバスの中で食べたのだと思う」

あるウクライナ人女性は日本のおにぎりについてこう語った。

「ウクライナ人にとっては初めて食べる味。ウクライナにはパンにチーズやサラミなどをのせて食べることができる『ブッテルブロート』という軽食があるが、おにぎりをそんな感じで手に取って食べたのだと思う。日本の食べ物ということで、安心して食べたはずだ」

4月からはおにぎり支援の中身も変容していった。ポーランド側の避難民受け入れ態勢が整うようになり、駅に滞在する避難民は少なくなった。坂本さんは今度はワルシャワ市内の避難所に週に1回、おにぎり300個を持っていくやり方に変えた。

フェイスブックでこの活動を「FREE ONIGIRI PROJECT」と銘打って告知するようになると、多くの日本人ボランティアが手伝うようになった。

坂本さんは炊飯器を2台、新たに買って、自宅や店を作業場として開放した。具も当初の2種類から、外国人でも受け入れられるようにと、肉みそ、たくあん、鰹節と5種類に増やした。

米は新潟産の「にじのきらめき」から、新潟産「こしひかり」、栃木産「こしひかり」を使った。評判が伝わり、ワルシャワ在住の日本人女性もボランティアでおにぎりを握ってくれるようになった。

店でおにぎりを売る坂本彦右衛門さん
店でおにぎりを売る坂本彦右衛門さん=3月4日、ワルシャワ、佐々木正明撮影

「作りたてのおにぎりを食べてもらおうと、避難所に行って握ったこともある。5種類の味のリクエストを受けて、握りました。避難民はおにぎりがなんであるかを知らないのですが、『寿司のような食べ物』と言うと、すぐに取ってくれ、食べてくれました。笑顔が広がるたびにやって良かったなと思いました」

今年2月下旬には、東日本大震災後やトルコ地震などでも被災地支援を行う宮崎市のNPO法人「アースウォーカーズ」代表の小玉直也さん(51)が、福島・郡山市出身の埼玉大2年生、石井聖真さん(20)をワルシャワに連れてきて、一緒におにぎり支援活動を行った。

小玉さんは日本から寄付で買った福島産こしひかりをワルシャワまで持参した。2日間で作ったおにぎりは計530個。ワルシャワ市内の避難所に持っていくと、やはり15分ほどですぐにはけた。

石井さんは「自分は福島で、東日本大震災の時には名前を知らない多くの人たちに助けてもらった。ニュースでウクライナ避難民がポーランドに滞在していることを知った。困っている人たちに何か恩返しできないかと思い、小玉さんとやってきた。手作りで握ったおにぎりを食べてもらって、やってよかった」と語った。

数百万円の自腹、それでもまだ続ける

侵攻2年目を迎えたが、坂本さんはこれからもポーランドのおにぎり支援を継続したいと考えている。ここまで自費で賄った費用は数百万円にもなる。

小玉さんも支援したいと考えており、「坂本さんが自費で購入した大型炊飯器2台分やこれからのおにぎりプロジェクトを(自身の団体の)アースウォーカーズで寄付をあつめて資金的にサポートしたい」と語る。

坂本さんの人生において、ここまでおにぎりを握ったという経験はもちろんない。ウクライナ避難民を支えたいという一心で、他のボランティアの力も借りて、1年も継続することができた。

3月6日はおにぎり支援の記念日となる。改めて、「おにぎり」とは何ですか?と聞くとこんな言葉が返ってきた。

「子どもから大人まで気軽に、いつでも何処でも食べれる『ファーストフード』がおにぎりなんだと思う。嫌いと言うのを聞いたことはない。そして空腹を満たすには日本を代表する格好の料理なのに、知名度は海外では低い。今回、避難民に配ってみて、愛される料理だということがわかった。日本産のお米を使えば、日本の農家が丹精こめて作ったということも伝わる。このおにぎりは、ウクライナ避難民を支える日本からのかけがえのないメッセージだと思います」