1. HOME
  2. World Now
  3. ウクライナ侵攻で再び露呈した日本の難民認定問題 なぜ「避難民」と呼び区別するのか

ウクライナ侵攻で再び露呈した日本の難民認定問題 なぜ「避難民」と呼び区別するのか

World Now
ウクライナから日本に避難し、日本語支援拠点施設で学ぶ女の子(左)=4月21日、横浜市中区、朝日新聞社

安倍晋三元首相が7月8日に遊説先で銃撃され、亡くなりました。

生前、「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げ、8年8カ月の首相在任中に世界80の国・地域を訪問した安倍元首相。7月12日現在、世界259の国や地域、機関などから1700件を超える弔意メッセージが届けられているそうです。安倍元首相がアメリカやアジアだけでなく世界中の国々から慕われていた証しだと思いますが、日本がこれから先も世界の尊敬を集められる国でいられるかは今、瀬戸際にきていると思います。

世界が激動する中、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、すでに5カ月近くが経ちました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウクライナから欧州各地に逃れた難民は約580万人にのぼります。

現代で最多とされてきた2011年以降のシリア難民に匹敵する数となっています。ウクライナでは18~60歳の男性の出国は認められていませんので、多くは女性と子どもと高齢者です。

UNHCRによると、それまでの難民の出身国トップ5は、①シリア680万人 ②ベネズエラ460万人 ③アフガニスタン270万人 ④南スーダン240万人 ⑤ミャンマー120万人。ただし、2021年8月以降のアフガニスタン難民と、1948年以降発生したパレスチナ難民570万人はここに含まれていません。今回のウクライナの難民が、発生の規模、速度とも、過去に例を見ないことが分かります。

岸田文雄首相は3月、日本に避難してきたウクライナの人たちについて、「人道的な観点から幅広く柔軟に受け入れる」と述べて、積極的な受け入れをアピールしました。

これにより大学や日本語学校、自治体などが積極的に動き、日本社会の関心も高まって難民支援協会にも過去にないほど多くの支援の申し出が相次いでいます。日本人の意識が高まっていること自体は、大変喜ばしいことだと思います。

しかし、支援の内実は、まだまだ非常に限定的で、欧州基準でみれば、まったく十分とはいえません。

AlxeyPnferov/ iStock / Getty Images

 欧州基準からは程遠い 日本のウクライナ人支援策

出入国在留管理庁によると、3月2日から7月12日までに日本に入国したウクライナ人は1508人(速報値)でした。

ウクライナの近隣国とはいえ、ポーランドは一時300万人以上を受け入れ、ルーマニアが90万人、ハンガリーが58万人などと、日本とは桁違いで、その上で、生活上の支援も手厚く行っています。こうした国々は、難民に食糧や医療を提供し、EU圏内の移動をサポートしています。EUは最大で3年間の就労を認め、社会保障や住居、医療、教育へのアクセスを保障しています。

一方、日本政府は、特例措置としての一時的な受け入れであり、難民条約や入管法に基づく「正規の難民」ではありません。

そもそも、日本政府はウクライナから来日した人を「避難民」と呼び、「難民」と区別しています。この避難民という用語は法的な正式名称ですらなく、難民認定を受けて長期的に日本に滞在できる人たちと区別するためにつくりだされた言葉です。

外国籍の人が、日本に在留する場合には在留資格が必要です。日本に避難するウクライナ出身者には、まず観光客と同じ「90日間の短期滞在」の在留資格を与え、希望する人には就職が可能で、1年間の就労が可能な「特定活動ビザ」を付与します。つまり、最初から期限付きでの滞在しか認めておらず、出身国以外で生活せざるを得ない「難民」としての受け入れからは程遠い、「避難民」というのが日本に来たウクライナ人の扱われ方なのです。

日本政府は今回、戦争が続く限り、この在留資格の更新を認めるという方針ですが、更新するかどうかの判断は、結局は日本政府に委ねられるため、突然、在留資格の更新が認められずに出国を余儀なくされる可能性は常に存在し続けます。 

さらに、経済的な支援も限定的です。

個人的な支援は、1人あたり1日最大2400円、1カ月で7万2000円の支給が検討されています。しかし、これは憲法の生存権に基づいて国が定める最低生活費を下回っています。

ウクライナだけ「えこひいき」?置き去りになる世界の人権

日本政府はこれまでも難民の受け入れに消極的な対応を続けてきました。NPO法人「難民支援協会」によると、2020年の難民認定数は47人で難民認定率は0.5%(*)。2021年の難民認定者数は74人と前年より増えましたが、それでも認定率は0.7%です。欧米と比べても難民認定の少なさが際立っていた日本が、今回、「難民」認定は経ないものの、ウクライナ人については、異例の手厚い保護に乗り出しています。

*難民認定率=その年の認定数を、同年の認定数と不認定数の合計で割った百分率として算出。

世界では今、「ウクライナだけ『えこひいき』するのか」と見ている人々も増えています。アフガニスタンから日本に避難してきた人々は、「国際社会の反応が全然違う」と戸惑いを隠しません。アフガン難民らの支援者は、ウクライナ以外の地域にも目を向けて欲しいと訴えています。

民主主義の根幹は、人間の安全と権利です。

しかし、先述したように、世界では多くの人権問題が放置されたままです。パレスチナ難民も、2021年8月に追加的に発生したアフガニスタン難民もしかり。世界では、民主主義の根幹である「人権」は置き去りにされている国が多いのが現実なのです。

私が外交官としての最初に勤務したのは中東パレスチナのガザでした。エジプトでアラビア語を研修中、パレスチナを訪れる機会があり、難民問題に大きな関心をもったのがきっかけでした。

1998年7月、ガザに日本政府代表事務所(パレスチナは国ではないので大使館とは呼びません)が開設され、私が初代職員の一人として配属されたのです。その後の3年間、パレスチナ人の尊敬を集めた故アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長と日本の要人の通訳を計20回務めました。

私は、アラファト議長がイスラエル建国によって故郷を追われたパレスチナ難民の帰還、特にパレスチナ人が将来の国家の首都と信じて疑わないエルサレムへの帰還のために懸命に働いている姿を目の当たりにしました。

パレスチナ・ガザの難民キャンプで子供たちと筆者(前列左)=1996年7月撮影、著者提供

1948年のイスラエル建国から70年以上が経過した今も、パレスチナ問題は解決していません。和平交渉は2014年以降途絶え、離れ離れになった家族にも会えないパレスチナ人がたくさんいます。パレスチナでこういう経験があるので私は、故郷に一度も帰れず人生を終える人はこれ以上増えてほしくないと切に願っています。

日本の生き残る道は「一国平和主義」からの脱却

なぜ日本は、これほどまでに難民の受け入れに消極的だったのでしょうか。

批判を恐れずに言えば、その背景には、難民は素性がよく分からず、日本の風土や治安が荒らされるのではないかという、難民に対する日本人の潜在的な「村意識」が根底にあるように思います。いや、それは難民に限らず、外国人一般について言えるかもしれません。

また、言葉の壁もあり、受け入れを面倒と考える人も少なくないかもしれません。コロナ禍で日本は、外国人の入国規制の厳しさも批判されましたが、日本国内では政府の「鎖国」ともいえる政策に、むしろ強い支持が集まりました。

日本政府の難民対策の厳格な方針を下支えしていたのは、ある意味、私たち日本人一人一人の「負の意識」だったのではないでしょうか。

ヨーロッパや中東など国境が地続きの地域に比べて、そもそも難民と接する機会が少ない日本。とはいえ、難民問題で門戸を閉ざす日本に対して、世界各国から「自国中心主義だ」「先進国としての責任を果たしていない」との批判が上がっています。このまま、「難民問題は複雑で面倒」という逃げの態度では、日本は本当に世界から相手にされなくなります。

これまで平和を享受してきた日本人が、その平和の果実を国際社会と共有できるか、それともこれまで通り、「一国平和主義」を通すのか、今回のウクライナ侵攻は、日本が今後、難民受け入れ大国になれるのかの試金石でもあります。日本に逃れてくる人たちを、国籍を問わず、積極的に受け入れる「人道大国」を目指すことは、今後の日本が生き残る道にもつながります。

日本は多くの自然災害を経験し、いわば国内避難民が常時いる状態でも、ウクライナからの避難民の受け入れ、物資提供、募金、ボランティア活動などさまざまな支援活動で力を発揮しています。

今回、日本が、そして各自治体が、これまでより素早く、ウクライナ避難民を受け入れたことは高く評価されるべきで、私は、この良い流れを継続して、難民政策を世界標準まで引き上げる糸口となること、そして今回の人道危機が、ウクライナだけでなく、それぞれの国や地域の事情により自国で生活をすることがかなわなくなった人々に日本が門戸を開くきっかけとなることを強く願っています。

安倍元首相は、先進国のみならず、途上国も多数訪問しました。私が専門としている中東のパレスチナ、シリア、アフガニスタン、イエメン、イラクなど難民問題がもっとも集中している地域にも、在任中、実に12カ国24も訪れました。

世界にはウクライナ以外にも多くの難民がいます。日本の皆さんには、ウクライナの人々を助けると同時に、この機会に忘れられた世界の難民問題に思いはせ、世界で困難に直面しているさまざまな人々に手を差し伸べてほしい。これこそ、今、日本人が歩むべき平和への道だと私は思います。