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シリアから3000人受け入れ表明 マレーシアの国策、狙いはどこに

World Now
NGOが運営する学校で学ぶミャンマー難民の子どもたち=左古将規撮影

国策受け入れの光と影/マレーシア

昨年秋、米国ニューヨークで開かれた国連総会は、日本の首相、安倍晋三がシリアやイラクの難民支援に約8億1000万ドル(約920億円)の拠出を表明するなど難民対策が主なテーマの一つになった。その中で、マレーシアの首相ナジブ・ラザクの演説が拍手を浴びた。

「現在の難民危機を軽減するため、マレーシアは今後3年間で3000人のシリア移民を受け入れます」

12月には、第一陣としてシリア難民の2家族8人が避難先のトルコから飛行機でマレーシアに到着。副首相のアフマドザヒド・ハミディは現地メディアに「シリアに平和が戻るまで、我々が住居と教育と仕事を提供する。我々には(1990年代に東欧の)ボスニア難民を助けた経験がある」と語った。

中東シリアから遠く離れた、東南アジアの新興国マレーシア。難民受け入れの狙いはどこにあるのだろうか。疑問を解くために1月下旬、マレーシアに向かった。

元ボスニア難民が架け橋に

首都クアラルンプールのコーヒーショップで会ったのは、副首相が言及した元ボスニア難民のネルミン・ホジッチ(46)。いまは、香港に本拠がある大手薬局チェーンのクアラルンプール本部に勤務する。92年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でボスニア側の民兵組織に加わったホジッチは、セルビア軍に捕まり、半年にわたって監禁され、鉄の棒で殴られた、と振り返る。赤十字に救助され、避難先として送られたのがマレーシアだった。

マレー語はもちろん、英語もほとんど話せなかったが、語学の授業を3カ月受け、7年にわたってマレーシア政府から住居や生活費を援助された。そのままマレーシアで大学を卒業し、就職した。「マレーシアは第2の故郷。当時首相だったマハティールは私の父親だ。感謝の気持ちしかない。何らかのかたちでお返ししたい」と言う。

2014年には、祖国に戻った元ボスニア難民と、学生時代に交流のあったマレーシア人の経営者が連携し、「マレーシア・ボスニア・ビジネスカウンシル」を両国で立ち上げた。在マレーシア・ボスニア大使館の1等書記官イェレナ・ケケトビッチは「当時難民だった人たちが政治や経済のリーダーになりつつある。交流は今後ますます広がるはずだ」と期待する。

マレーシアはボスニアと同様、イスラム教徒が多数を占める。難民の受け入れは、両国の関係強化につながった。

だが、マレーシアの難民政策には、別の側面もある。

働くことも学校に通うことも認めず

UNHCRマレーシア事務所の代表、リチャード・トールは、政府のシリア難民受け入れについて「3000人は、良い一歩だ。歓迎する。ただ、我々はそのプロセスに関与していない」と複雑な表情を見せた。

マレーシアは難民条約に加盟していない。「難民」を規定する国内法もなく、ボスニア難民も「移民」として受け入れた。周辺国から逃げてきた「難民」は「不法移民」と同じ扱いだ。政府は、働くことも、学校に通うことも認めていない。

だから、マレーシアの難民たちは政府ではなく、UNHCRマレーシア事務所に難民認定を申請する。難民として認められると、UNHCRが発行する「難民カード」を手にする。「法的には何の効力もないが、日常レベルでは、難民カードを持っていれば逮捕されることは少なく、働いていても目をつむってもらえることがある」とトールは言う。

UNHCRマレーシア事務所が認定した難民の数は、昨年末までで15万6340人。その9割以上はミャンマー出身。少数民族チンのキリスト教徒や、ロヒンギャのイスラム教徒らが、多数派の仏教徒の迫害を恐れ、船や車でマレーシアに流れ着いた。

「なぜシリア難民だけなのか。我々は困惑しています」。ミャンマー難民を支援するNGOのジョハリ・カンは、政府のシリア難民受け入れ方針について、そうこぼした。

「不法移民」で14回逮捕

マレーシアで暮らす難民のうち、2割を超す3万3640人は18歳以下。「不法移民」扱いの彼らは公立の学校には入れず、さまざまなNGOが運営する学校に通う。UNHCRによると、そんな学校は126校ある。

その一つ、ジョハリが校長を務めるロヒンギャ難民の学校を訪ねた。5歳から17歳までの121人が、午前の部、午後の部の計9クラスに分かれて学んでいる。「教室」は雑居ビルの2階と3階。冷房はなく、天井で大きな扇風機がゆっくりと回る。「1年間の運営費は30万リンギ(約830万円)。寄付でまかなっているので、いつまで続けられるか分かりません」とジョハリは嘆く。

ロヒンギャ難民のザファルアフマド(45)は、20年以上この国で暮らし、マレーシア人女性と結婚もしたが、「不法移民」のまま。14回、逮捕されたという。

難民支援団体の代表、リア・サイードは「政府が気にしているのは国際的なイメージだけ。気に入らなければすぐ追い出せる。便利な仕組みだ」と手厳しい。移民や難民に詳しいマレーシア国民大学教授、アジザ・カシムは「難民は最低賃金を下回る安い賃金で働き、この国の労働力不足を補っている。だがそれは、マレーシア人の労働条件を悪化させることにつながる。難民に法的な資格を与えることは、マレーシア人にとっても利益になる」と指摘する。

政府にも取材を申し込んだが、「シリア難民の受け入れの枠組みを最終調整中だ」として、取材に応じられないとの返事だった。

マハティール元首相に聞く

難民を海でおぼれさせるわけにはいかない。私たちはベトナム戦争以来、人道的な立場から、難民の滞在を認めてきた。重要なのは、難民条約への加盟ではなく、何をするかだ。私たちは条約加盟国よりも多くのことをしてきた。

ボスニア人はイスラム教徒だ。キリスト教徒の欧州各国は、ボスニア人がセルビアに虐殺されるのを見殺しにしようとした。だから私たちが受け入れた。難民の数は100人程度だったので、対応は難しくなかった。

今の政府はシリア難民3000人を受け入れるというが、大きな数だ。受け入れるだけ受け入れて、物乞いをさせるわけにはいかない。体系立った支援が必要だが、実際にどうするのか、今のところ見えていない。

photo:Sako Masanori

外国人を受け入れることで国は豊かになる。米国が良い例だ。欧州などから多くの人たちが移り住み、その技術や、頭脳や、資本で、米国の繁栄に貢献した。

日本も国を開かなければならない時が来ている。なぜなら、難民の問題があるからだ。日本は世界中でビジネスをしている。世界のほかの場所で何が起きているのか、関心を持たなければならない。

マハティール・ビン・モハマド 1981年から2003年まで22年にわたり、首相を務めた。90歳