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対ロシア経済制裁の効果、原油の上限価格設定は「買いたたかせる狙い」ウクライナ侵攻

ウクライナ侵攻1年 更新日: 公開日:
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――侵攻後、欧米諸国はさまざまな分野での経済制裁をロシアに課してきました。中でもエネルギー大国ロシアに対し、石油や天然ガスをめぐる制裁は注目されました。これまでの制裁を振り返ってもらえますか。

エネルギー関連の主な制裁は、石炭及び石油に対する禁輸、そして、天然ガスについて液化天然ガス(LNG)機器の輸出規制です。

ブチャの虐殺が明るみになったことを受けて、主要7カ国(G7)が4月、ロシアからの石炭輸入を発表しました。

また、同じタイミングでLNGについても、関連機器をロシアに輸出することを禁止する措置を欧州連合(EU)が発動しました。

ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた
ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた=4月8日、竹花徹朗撮影

そして石油です。石油をめぐっては5月、G7が年内に禁輸すると発表し、6月にEUもそれに同意しました。

発動は12月だったのですが、この間6月まで原油価格は上昇を続けたため、ロシアは一時的に収入を増やしました。

原油の価格が上がったのはもちろん、ロシアによるウクライナ侵攻が原因です。ロシアは世界の供給量の12%ほどを占めており、サウジアラビアやアメリカと並びます。

そんな国が侵攻を始めたわけですから、原油の供給に影響が出るかもしれないと市場が反応し、6月にかけて原油の国際価格が120ドルまで上昇しました。欧米諸国の禁輸発表も、原油価格を押し上げました。

ところがその後、価格はぐんぐん下がっていきました。侵攻が起きても原油は流通していることや、大きな需要増加が見込まれた中国が、新型コロナウイルスのパンデミックの継続で需要回復が思うようにいかなかったためです。市場は落ち着きを取り戻し、価格も下落しました。

今、1バレル80ドル台で推移しています。120ドルのころと比べれば40ドルも下がったという次第です。そしてこの間、議論されてきたのが上限価格の設定です。

――どんな制裁なのでしょうか。

ロシア産の原油及び石油製品について、取引の上限価格を定め、それを超える取引の海上輸送に対するサービスの提供を禁止する制裁です。

具体的なサービスとは、輸入の仲介はもちろん、船のチャーターや保険の付保などです。原油については1バレル当たり60ドル、石油製品については二つに区分を設け、ガソリンや軽油などの原油に比べて市場価値の高い製品は1バレル当たり 100 ドルに、重油などの原油に比べて市場価値の低い製品は、1バレル当たり45ドルに設定されました。

石油価格に上限を設けた背景には、欧米による石油禁輸の「抜け道」があります。欧米は石油を禁輸にしましたが、対ロ制裁を発動しないロシアにとっての「友好国」、中国やインド、トルコなどは禁輸を受け入れていませんので、ロシアとしては売ることができ、原油価格が高くなれば、さらにロシアは収入を増やすことができます。

他方、侵攻以降、制裁が発動されるなどしてロシア産の石油はリスクがあるとみなされ、国際価格より大幅にディスカウントされた価格で売買されています。

これらの国にとってみれば、原油価格が高止まりし、高いインフレ圧力も加わり、経済への打撃が懸念される中で突如出て来たのが、安価なロシア産石油ということになります。

これらの国にとってロシア産石油は「濡れ手で粟」、安いから買うのであって、西側制裁に加わり、禁輸に応じるインセンティブは働きません。

そこで欧米諸国が一計を案じたのが、上限価格の設定です。これらの国にもっとロシア産石油を安く買いたたいてもらう「材料」を提供し、彼らを取り込んでロシアの収入を減少させていこうということなんです。

欧米側としても、この方法が上手くいけば、ロシアはいずれにせよ、安価な石油を市場に出さざるを得ず、ロシア産石油の供給量、フロー(流通)をとめずにすむので、市場への混乱も避けることもできます。

もう一つ、この制裁がよく練られているなと思うのは、海上輸送される原油を対象とすることで、制裁の実効性を高めていることです。

どういうことかと言うと、原油を海上輸送するときには船が必要です。タンカーですね。それから保険をかけないといけません。例えば各国の国際港に入る船であれば、最高クラスの保険をかけなければ入港できません。嵐などで桟橋を傷つけたり、油が港内で漏れてしまったりしたときに備えるためです。

いくつかある保険の中で最大のものはP&I保険(船主責任保険)というもので、補償額は何千億円にもなります。実はこの保険は市場の9割がG7を拠点とする団体が占めています。

欧米は上限価格を定め、それを上回る場合は、保険を適用してはならないとしています。海上輸送に関わる関係企業(ロシア産石油の取引関係者、タンカーのチャーター会社、そして保険会社)はこの措置を受け入れざるを得ない状況に追い込まれます。

仮に上限価格を上回るかたちで取引したい場合、残り1割の保険会社を使うということが考えられますが、そのこと自体が西側制裁に抵触する行いであり、いつ新たな制裁対象となるかもしれない。

取材に応じる原田大輔さん
取材に応じる原田大輔さん=2月、東京・築地、関根和弘撮影

また、保険サービス料金もそのような状況でロシア産石油を輸送する船のチャーター料も割高になってきますし、取引するメリットが薄まってきます。それでもディスカウントされたロシア産石油を扱うことで、利ざやを稼ぎたい企業も出てくることが予想されますが、制裁リスクを負う彼らはその見返りとしてさらにロシア産石油を買いたたく方向へ向いていくことになります。

ロシア政府が自国産石油フローを維持するために、自ら船と保険を用意することも考えられます。実際、昨年下半期からロシア政府や関係企業が世界で老朽タンカーを買い漁り始め、国策として「影の船団」を組織立てようという動きが見られています。

重要な点は、このような手立ても実は、ロシアにとってはコストになるという点です。確かに新たな産業創出としてロシア企業にお金が落ちるという内需拡大にはなるかもしれませんが、ロシア政府がお金を出すことに変わりはなく、政府歳出が増加することになり、西側の思惑であるロシア政府の歳入を削減し、戦費を削ぐということに繋がっていきます。

最終的に、原油に対する上限価格は1バレルあたり60ドルに設定されました。当初の議論では、例えばポーランドやバルト三国はもっと低い価格にするよう求めていましたが、あまりに低く設定してしまい、ロシアが輸出を断念するようなことになれば、原油価格の急騰につながり、市場を混乱させてしまいます。

ロシア産原油の禁輸と上限価格の設定措置は12月5日から発動し、1月19日までは猶予期間を設けていました(石油製品については2月5日から発動し、4月1日まで猶予期間)。

発動の結果、実際どうなったかと言えば、ロシアの1月の原油輸出量は15%増えてしまいました。これは制裁が適用される前の「買いだめ需要」が生じたこと、さらには措置発動によるディスカウントへの圧力、つまりは「買いたたき」が起きており、さらに安くなったロシア産原油に買いが集まった結果と考えられます。

実際、ロシア産原油に対するディスカウントの幅は12月には1バレルあたり平均29ドルだったものが、制裁発動後拡大し、最大40ドルまで広がっています。国際価格が今は80ドル台ですから、ロシア産原油は上限価格である60ドルに届かない40~50ドルで売られているのが現状です。

上限価格が設定されても、たくさん売ることができれば収入は上がるのではないか、と思うかもしれませんが、現状国際価格の半値ですよね。つまり、制裁がなければ100%で売れたものが50%にしかなっていないわけですから、単純に考えれば、ロシアは2倍売らなければ以前のもうけになりません。さらに自国産原油を販売するために、船や保険費用も負担しなければならない状況に陥ろうとしています。

――巧妙な制裁ですね。何か課題などはあるのでしょうか。

問題がないわけではありません。これは当初から言われていたことですが、石油製品に対してどう制裁の網をかけるのか、という点ですね。

原油であれば国際指標価格は、WTI、ブレント、ドバイの三つが主なものですが、石油製品は市場がもっと細分化しており、全てに共通の上限価格を設けるのは難しいのではと指摘されてきました。

また、上限価格を設定するということは、これまで守秘義務で守られていた取引価格を公開するということにつながります。これまでの商慣行を変えるような動きに対して、市場に混乱が生じるという見方もあります。

最も懸念されるのは、ロシア側が原油価格を上昇させるために何か手を打ってくるのではないか、ということですね。ロシアのノバク副首相は、3月から日量50万バレルの生産量を減らすことを明らかにしています。

確かに、ロシアが市場への供給を能動的に途絶すれば市場価格は急騰し、ディスカウントされたロシア産原油も底上げされてしまう可能性があります。

他方、それは大規模な減産でなくては効果がなく、ロシアが市場での信頼も失っていく「諸刃の剣」とも言える方法となります。

ノバク副首相が発表した、日量50万バレル減産というのは、日量約1億バレルという生産量からなる原油市場全体から見ればとても小さな量です。

また、海外市場に対する輸出量ではなく、生産量を減少させると発言していることもポイントであり、まず影響を受けるのはロシアの国内市場となるでしょう。たとえ実行したとしても一時的な原油価格を上げる効果しか期待できないと考えられます。

12月のこの制裁発動から、ロシア政府はさまざまな対抗策を検討してきた痕跡が見られます。例えば、禁輸を行う国に対しては売らないという事実追認であったり、ディスカウント幅に対して上限を設けるという実効性の疑わしい方策、そして、諸刃の剣である市場供給量の削減でした。

最終的に出てきたのが、発動から3カ月も経っての、50万バレルの生産量削減であり、ロシアが打てる手というのはすごく限られていることも表していると感じる内容でした。

――天然ガスはどうでしょうか。石油に比べて関連の制裁は少ないようにも思えますが。

欧米が原油について禁輸に踏み切れたのは、ロシアを代替できる生産国があるからなんですね。ロシアが出さなくても中東やアメリカなどでまかなうことができるので、制裁もできたわけです。石炭も同様です。どこかの国がロシアの代わりに輸出することができます。

ところが、天然ガスはそうはいきません。世界の追加需要を満たすだけの供給能力があるのは現時点では世界最大の埋蔵量を誇るロシアだけなんですね。欧州という大市場へ十分なパイプライン・インフラも有しています。

ただ、このロシア「一人勝ち」の状態が続くのもあと3年ぐらいと見込まれます。カタールや東アフリカ、アメリカなどで新たな天然ガスプロジェクトが生産を開始し、それを液化して、ロシア産ガス離れを進める欧州に供給できるようになるでしょう。

すでにロシアから欧州への天然ガス供給量は激減しています。原因は、昨年の6月からロシアが欧州による対ロ制裁への対抗措置として、欧州最大のガス需要国であるドイツへの供給パイプライン「ノルドストリーム」の輸送量を次第に削減し始め、8月下旬には停止してしまいました。

さらに決定的な事件が起きます。9月下旬、その「ノルドストリーム」と新たに敷設され、稼働自体は凍結されていた「ノルドストリーム2」が何者かによって破壊され、少なくとも今後数年にわたって再稼働はできない状況に陥ってしましました。

デンマーク軍が空から撮影した、バルト海上の天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」のガス漏れ地点
デンマーク軍が空から撮影した、バルト海上の天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」のガス漏れ地点。海面に気泡が沸き、直径約1キロにわたり乱流が生まれていた=デンマーク軍の公式サイトから

ウクライナやポーランド、トルコなどを経由する供給ルートもあるのですが、戦場であるウクライナ、反ロであるポーランド、欧州域内への距離が遠く、需要も限定的なトルコでは、ドイツ市場に直結する「ノルドストリーム」の代替には限界があります。

また、ロシアによる天然ガス輸出量の能動的削減によって、欧ロの間でソ連時代から半世紀以上にわたって培われてきた信頼は地に落ちてしまいました。

さらに、このような破壊工作が発生したことで、ロシア産天然ガスに対するリスク意識はこれまでにない以上に高まっています。欧州が再びロシアから安心してガスを調達するという状況の実現は一朝一夕には進まないでしょう。

欧州はロシアにとってこれまで安定した天然ガスの巨大市場であり、国際市場に直結したドル箱でした。それを失おうとしているわけですから、禁輸が発動した石油分野だけでなく、まだ制裁対象ではない天然ガス分野においても追いつめられているのが実際です。

ロシアからヨーロッパに伸びる主なガスパイプライン
ロシアからヨーロッパに伸びる主なガスパイプライン

――ロシアは中国など、友好国への輸出で欧州の失った分を補えないのでしょうか。

中国はとてもしたたかなバイヤーです。2014年にロシアが一方的にクリミア併合を宣言した後も、欧米制裁が発動しました。

この直後、東シベリアから中国に対してガスを供給するパイプライン「シベリアの力」を通じた、長期ガス売買契約が両国で締結され、国際的に孤立するロシアと中国の蜜月を演出することになりました。

しかし、この時、合意した中国へのガス供給価格について、ロシアが格安で提供していることが統計データで判明しています。

現在、中国には、パイプラインでは中央アジア及びミャンマー、そしてLNGではカタールや豪州などから天然ガスが輸入されていますが、これらの中で、最も安価なガス価格を提供しているのが「シベリアの力」で輸出されているロシア産ガスです。

ロシアから中国に向けたガスパイプライン=JOGMECの資料などをもとに編集部が作成
ロシアから中国に向けたガスパイプライン=JOGMECの資料などをもとに編集部が作成

例えば昨年8月、ノルドストリームが止まり、欧州のスポット価格で、百万BTUという指標価格で90ドルを超えたんですが、同じ日に中国が購入した価格を見ると、おおよそ10分の1となる8ドルでした。

2014年、欧米制裁によって孤立するロシアは中国に歩み寄り、価格条件で譲歩せざるを得ない状況だったと言えるでしょう。

そして、歴史は繰り返そうとしています。ロシアはさらに、西シベリアからモンゴルを経由して北京に至る第二の対中ガス輸出パイプライン「シベリアの力2」を構想しており、中国には数年前から秋波を送っているのですが、中国はこの件に関して口を閉ざしたままの状況が続いています。

中国にしてみれば、どれだけ買いたたけるのかを見極めているのでしょう。それにそもそも欧州の巨大市場を中国市場で代替できるのか、という問題もあります。というのも、中国自体も大産ガス国でもあるからです。

シベリアのタイガを切り開いて設置されたパイプライン「シベリアの力」
シベリアのタイガを切り開いて設置されたパイプライン「シベリアの力」=2016年3月、ガスプロム提供

ロシアは欧州に対して近年、年間150~200BCMという量を輸出して来ました。欧州は脱ロシア産化石燃料の政策「REPowerEU」によって、2027年までにこの数字をゼロにしようとしています。人口も多い、ガス需要も今後増加する中国ですが、供給ソースはロシアだけでなく、中国国内、そして、上流権益も有する複数の輸入パイプライン、LNGソースがあります。

たとえロシアが2014年同様に価格を安くしたとしても、中国で獲得できるロシア産ガス市場は、最大で35BCM、欧州の現在の市場の5分の1以下ではないかと予測されます。

――ロシアから天然ガスが入ってこないのは、欧州にとっても困るのではないですか。3年後はめどが立ちそうですが、それまではどうなのでしょうか。

今は「神風」が吹いている状況です。EUはロシアによる能動的ガス供給削減を受け、加盟国に対してガスの地下貯蔵量を増やすよう求めました。

本来であれば今ごろは一番寒いのでガスがどんどん減っていくのですが、今シーズンは暖冬で、ガス貯蔵はまだ6~7割程度残っています。

省エネという自助努力も大きな効果を生んでいます。高額な光熱代金も後押しして、オフィスでも家庭でも暖房温度を下げ、電気・ガスをできるだけ使わないようにしています。

ただ、この後どうなるのかというと楽観はできません。欧州は来年の冬、ロシア産ガスの欠如という同じ問題に直面します。

秋に向けて、次の冬に向けて目減りしたガスをため直さないといけず、「ノルドストリーム」という大動脈がもう存在しない今、LNGでの調達とノルウェー・北海を含めた域内ガス供給でどのように充足できるのかが依然として深刻な課題となるでしょう。

――日本との関わりで言うと制裁の影響はどうでしょうか。日本は液化天然ガスをロシアから輸入していますし、その産地であるサハリン1、サハリン2における日本企業の権益問題もあります。

ご存じの通り、石油と石炭については日本政府もG7として禁輸を行っています。中東依存度の高い石油、そして、石炭のロシアからの調達は、供給源の多様化を実現し、日本のエネルギー安全保障を高めてきたと言えるでしょう。

今回の禁輸によって、石油は中東依存度が大きく上昇してしまいました。他方で、石油も石炭もロシアからの輸入量は限定的で、代替できるソースがあり、現時点では大きな影響は出ていません。

一方で、天然ガスは制裁の対象外で、ロシアから引き続き輸入しています。2021年は日本が輸入する天然ガスのうち、ロシア産は8.8%(3722億円)だったものが、2022年には9.5%と微増しましたのですが、輸入総額はロシアによるウクライナ侵攻や欧州ガス市場への揺さぶりで市場価格が高騰した結果、倍近くの6776億円に膨らみました。

天然ガスについては、欧州がLNG関連機器を輸出することを禁じています。日本はまだそのような制裁を発動していませんが、日本がロシアから輸入しているサハリン2、北極圏にあるヤマルLNGで機器が故障し、修理用のストックがないという状況が発生した場合、操業が停止する可能性があります。市場にも大きく影響を及ぼし、価格を乱高下させることになるでしょう。

日本との関係では、やはりサハリンにおける石油ガス開発プロジェクトをめぐる問題があります。侵攻後、欧米メジャーであり、プロジェクト推進の根幹となってきたエクソンモービルがサハリン1から、シェルがサハリン2から撤退すると発表しました。これに対し、ロシア政府は両プロジェクトに新ロシア法人を設立し、新会社への移行を発表しています。

サハリンプロジェクト

まず最初に誤解がないように言っておきますと、これら欧米メジャーの撤退はロシアに対する制裁を目的としたものではないということです。

両社の撤退判断はあくまで自社のレピュテーション(評判)リスクと株価の下落回避を考慮したものであり、企業が自らの株価を守りたい、株主の利益を守りたいという動機が背景にあります。

また、これら企業はコスト回収をすでに終えており、ここで撤退したとしても十分稼いだという判断も働いていると考えられます。

企業としては自社の利益を追求するのは当然ですが、ここで問題になってくるのは、もし権益を手放すかたちで撤退してしまえば、その権益はロシアが国有化し、「友好国」に分配するカードとなっていってしまうということです。

制裁を科してくる欧米に対抗するべく、中国やインドといった国々に破格の値段で差し出し、世界を分断する材料に使われてしまうでしょう。

西側企業の撤退は外資しか技術を持たない分野ではロシアを苦しめる制裁的側面もあるのですが、殊(ことさら)資源産業に関しては、その権益を接収され、ロシアを利することになるという点には注意が必要です。

私がサハリンにおけるこれら欧米企業の撤退で気になるのは、彼らには需要者の視点、生産操業の維持による需要者への安定供給の観点が抜けているという点です。

権益を手放せばロシア政府がそれを好き勝手に使うでしょうから、プロジェクトの操業自体が不安定になる可能性が高まります。

生産停止にまで至ったとき、誰が最も影響を受けるかと言えば、まさにそこから石油ガスを輸入している需要者であり市場です。それは日本であり、韓国であり、中国、台湾等ですが、その議論が彼らの撤退の判断の中ではすっぽり抜けているような気がしています。

一方で、サハリン2に参画する三井物産と三菱商事、そして、サハリン1に参画する日本政府と企業から成るコンソーシアム(SODECO)は、新ロシア会社に残り、維持するという姿勢を明確にしています。

両プロジェクトともコスト回収は終わっており、シェルやエクソンモービルのように企業判断として撤退が検討されてもおかしくないと思いますが、最終的に事業に残る判断がなされたのは、需要者の視点、安定供給という使命という観点の重要性を認識されているからでしょう。

このようなエネルギー権益が持つ特殊性やレピュテーションリスクだけではない視点から見てくると、需要者の立場も考慮した日本勢の判断は、結果的に権益を譲渡してしまうことでロシアを利することを回避するとともに、日本のエネルギー安全保障の確保も実現しようとしている適切かつ正しい判断だと言えるでしょう。

三井物産と三菱商事が出資しているサハリン2プロジェクトのLNG輸出基地
三井物産と三菱商事が出資しているサハリン2プロジェクトのLNG輸出基地=サハリンエナジー社提供