「大国の条件とは、衣食住ならぬ『油・食・銃(ゆ・しょく・じゅう)』。つまり、石油・天然ガスなどのエネルギー、小麦などの食料、そして武力を自前で持っているかどうか。ロシアは米国と並んでおおむね自国内でまかなえる数少ない大国だけに、経済制裁に即効性は期待しにくい」。丸紅経済研究所の榎本裕洋・所長代理(50)はそう分析する。
実際、西側諸国が厳しい制裁を科しているが、ロシアの軍事侵攻は止まらない。その背景には、石油や天然ガスなどのエネルギー輸出が懐を支えているという事情もある。
榎本さんは2014年のロシアによるクリミア半島併合後との比較をあげる。14年11月に原油価格が急落し、16年初めには1バレル=約30ドルまで下がった。エネルギー輸出による収入が減り、ロシアの通貨ルーブルが暴落、インフレと景気悪化でロシア経済は窮地に陥った。
しかし、いまは状況が異なる。世界的なコロナ禍からの回復などが重なり、原油価格は100ドルを超え、ウクライナ侵攻と経済制裁が価格高騰に拍車をかけている。制裁によってロシア産の原油は西側にほとんど売れなくなったが、制裁に加わっていない中国やインドが買っている。
ロシア産原油の価格は、ほかの原油より3割程度安く売られているものの高止まりし、ロシア経済は下支えされている。西側もG7サミット(主要7カ国首脳会議)でロシア産の価格に上限を設けることで一致するなど、対応に躍起だ。
ロシアにとって天然ガスの最大の輸出先は欧州で、欧州のロシア依存はすぐにはやめられない。欧州諸国から巨額のガス代金がロシアに支払われており、それがルーブルの通貨価値安定につながっている。いわば欧州のお金が、ロシア経済、ひいては戦費を支えているという皮肉な状況だ。
なぜ、そんなことになるのだろうか。
米ソ冷戦終結から30年あまり、欧米諸国が推し進めたグローバル化によって貿易量は伸び、中国やインドなど新興国による需要が増えて、原油価格は上がった。製造業は機械化が進み、ものづくりの現場は人件費の安い新興国に移った。先進国の雇用は製造業から、サービス、飲食、観光業にシフトしたが、コロナ禍がそうした業種を一気に止めた。
そこに起きたのが、ロシアによるウクライナ侵攻だった。西側諸国との分断が進み、エネルギーと食料の流通が世界中で滞る。それが欧米諸国で進むインフレをさらに加速させている。
ロシアへの制裁は、エネルギーなどの価格高騰を引き起こし、インフレというかたちで西側諸国にブーメランのようにはね返っているわけだ。
日本も「無傷」ではいられない。
欧州がロシア産の天然ガスの輸入を止めれば、日本が輸入するオーストラリアやカタール産のガス価格も上がるのは必至だ。エネルギーや食料を輸入に頼る日本は、円安もあってただでさえ物価が上がりつつある。
財務官として国際交渉に長年携わった国際通貨研究所の渡辺博史理事長(73)はこう指摘する。「世界経済は物価上昇と景気悪化が同時に進むスタグフレーションに陥るおそれもある。第2次世界大戦後、最大の転換期を迎えている」