ロシア、戦略を変更
「私はロシア軍が再びキーウを狙うことを疑わない」
ウクライナ軍トップ、ザルージニー総司令官(大将)が昨年末、「エコノミスト」誌にこう述べた。ザルージニー大将はその指導力でウクライナ国民の尊敬を集めている。それだけに、この発言は国民から重く受け止められている。
彼が危惧するように、ロシア軍は本当にキーウ再侵攻を狙っているのか。ウクライナ・プラウダ紙(2月5日)が、レズニコフ・ウクライナ国防相へのインタビューで尋ねたところ、彼は歴史をひもときながら1年前の侵攻劇を振り返った。
「首都征服は、戦争における目的であり、シンボルです。モスクワ征服をナポレオンが狙い、ベルリン陥落が第2次世界大戦を終わらせたように」
現在続く戦争おいてはどうか。国防相はこう述べる。
「ウクライナ征服のため、キーウ侵攻をしようというロシア人の夢は実現しない。彼らは人口4万人の東部のバフムート市だって5カ月も戦って陥落できていない。キーウの人口は400万。市街戦をやろうとしても、非常に多くの市民の抵抗にあうでしょう」
総司令官の言葉については、「(軍人として)意識的に最悪のシナリオを語り、侵攻に備え、抑止しようということだった」という。
隣国ベラルーシでのロシア軍の配置がすべてを物語っている。1年前はロシア兵3万人がいた。そこから南へ侵攻、首都方面を襲った。
レズニコフ国防相によると、今はその4割の1万2千人しかいない。
兵員の輸送ヘリコプターも1年前の10分の1だ。ロシアは、ウクライナ軍の注意をここにひきつけ、兵力分散を狙っている。
「全方面からロシアが再侵攻してくる、との見方が国内で根強いが……」とのウクライナ・プラウダの質問に、国防相は「ロシアの戦略は変化した」と、次のように答えた。
「(1年前は)ロシアは戦力を分散させ、一気にウクライナすべてを占領しようとし、失敗した。多くのエリート部隊を失った。そこで、新しい戦略を採用。それは、兵力を集中し、『10メートルずつ』、徐々に陣地を奪い、(ウクライナの兵力を)押し出すというものだ」
ロシアが兵力を集中し、大攻勢のありうる場所として、「ウクライナの東部と南部」をあげる。南部戦線については次のように説明した。
「ウクライナ軍が奪還したヘルソン州西部への、ロシア軍の再侵攻は至難のわざだ。(州西部と、ロシアが占領中の同州東部をへだてる)ドニプロ川を渡らないといけない。だが、橋はロシアが焼き落とした。舟で渡る彼らを、わが軍は砲撃して沈めるだろう」
危険があるのは、ヘルソン州の東隣、ザポリージャ州だという。
「(ロシアが支配する州南部の)陸上から攻撃してくる可能性がある。(ロシアが占領中の東部ドンバス地方とクリミア半島とをつなぐ)回廊を拡大するのがロシアの夢だからだ」
目下、最大の焦点は、東部戦線だ。「ロシアの大攻勢が始まった」との指摘がウクライナ国内外から出ている。
アメリカのロシア専門家コフマン氏は、ロシアの軍事的な主要目標について、「それは東部ドンバス地方だ」とし、攻勢を強めているとツイートした(2月6日)。
ドンバスでの最大の激戦地、バフムートをめぐり、イギリス国防省は、「ロシアの傭兵集団ワグネルが2、3キロ前進した」とツイートした(2月10日)。
バフムートを包囲しようと、ロシアは、その北、東、南の3方面で前進を見せる。
バフムート攻撃のロシアの主力は、囚人を含む傭兵集団ワグネルだった。今、ドンバスで、正規軍が大幅に増強されつつある。
ウクライナメディアによると、ロシア陸軍はエリートの落下傘部隊の半数をバフムート北方約50キロの地点に投入。攻勢をかけようとしている。
「バフムートの周辺で、ロシアの大規模侵攻がすでに始まった」。元ウクライナ軍人の軍事専門家ジュダーノフ氏は欧米系のロシア語テレビ局「Current Time TV」(ボイス・オブ・アメリカとラジオ・フリー・ヨーロッパが設立)に、そう語った。
装甲車両との連携がない中、歩兵が進軍する「肉弾戦」の様相を呈しているという。
そのため、犠牲者が急増。バフムートをはじめ、各戦線で毎日800人以上のロシア将兵が亡くなっている。イギリス国防省は次のようにツイートした(2月12日)。
「ウクライナ軍参謀本部によると、この2週間、ロシアは侵攻開始の第1週以降で最大の犠牲を出した。このデータの傾向はおそらく正確で、直近の7日間では一日平均824人が死亡。これは昨年6月、7月の4倍以上だ。理由は、きちんと訓練された兵員や連携、(兵器・兵站などの)リソースが欠けていることだ。バフムートなどの状況がそれに輪をかけている」
ジュダーノフ氏はロシア部隊がそれでもバフムート方面で前進している一因に「ウクライナ軍の迫撃砲と、その弾の不足」をあげる。イギリス国防省も「ウクライナ軍は高い損耗率が続いている」と述べる。
カギは戦車と戦闘機の供与
防衛に苦戦するウクライナの「ゲームチェンジャー」となりうるのは、欧米製の戦車や戦闘機だ。
西側の戦車は、3月末~4月にウクライナに供与される予定とされている。イギリスが「チャレンジャー2」を14両、ドイツ製の「レオパルド2」をドイツなど数か国が約80両送ることになっている。アメリカも「エイブラムス」31両を送る計画だが、時期はずっと後になる。
戦車は装甲が厚く、攻撃の際は、射撃目標にほぼ百発百中。しかも一般の乗用車並みの速さで移動できる。ロシアの防御陣地を突破するうえでの「決戦兵器」だ。
西側の戦車は性能でロシア製を上回る面もあるようだ。アメリカのフォーブス誌(2月10日)は、ドンバスで、英国製「チャレンジャー2」とロシア最強の戦車「T90」との直接対決がおこるかもしれないと予測。敵の発見能力など、前者の優位性を指摘した。
ところが、西側の高性能の戦車の実戦投入が遅くなりかねない情勢だ。ウクライナ兵の訓練の難しさについて、レズニコフ国防相は次のように述べる。
「訓練のための最初の戦車部隊をポーランドに派遣している。戦車兵がシステムをマスターし、整備兵が修理を理解すれば完了する。しかし、訓練は一台の戦車や戦車部隊で完結しない。中隊や大隊の規模で作戦する場合、(歩兵、砲兵などとの)連携が必要になる。(その訓練は)数カ月かかる」
ウクライナは「西側の戦車は300台必要」と、さらなる支援を求めてきた。ところが、ここにきて、英国、ドイツなどを除く欧州の戦車供与国の動きが鈍り、3月末に間に合うかは微妙だ。
レズニコフ国防相は「300台の中には、ポーランドなどからのソ連製戦車も含めカウントしている」とウクライナ国民向けには説明している。
戦闘機も先行き不透明だ。ウクライナの軍関係者は「パイロットの訓練に1年はかかる」と述べる。かりにアメリカ製のF16戦闘機などが供与された場合でも、今年は戦力になりそうもない。
「32万人のロシア兵がウクライナの戦場にいる」。ウクライナ政府はこう見積もる。アメリカの専門家コフマン氏は「25万人あまりだろう」とみる。これでも1年前より数万~10万人多いが、さらなる増派が懸念されている。ニューヨーク・タイムズ紙(2月1日)は次のように伝えた。
「ロシアでは15万~25万人の兵力が、予備役か訓練中、あるいは国内の基地にすでに配置されている。彼らをいつでも派兵できる状態だ。NATO(北大西洋条約機構)のストルテンベルグ事務総長も『彼らは、さらなる戦争を準備し、そのため、20万人以上の兵士を動員しようとしている』と述べた」
これからの数カ月、ウクライナはロシアの大攻勢を持ちこたえられるのか。西側はさらなる支援に本腰を入れられるか。戦争は決定的な段階を迎えている。