ヘルソン州はウクライナ南部にあり、ロシアが一方的に併合宣言(2014年)し、実効支配し続けるクリミア半島の北にある要衝の地。
そんな州をロシア軍が3月、ほぼ全域を占領した。しかし9月以降、ウクライナ軍の反攻が本格化。州を二分するドニプロ川の西岸にある村落を次々解放した。
「ヘルソン州からロシアの他州への『移住』を全力で助けます」
ロシアのフスヌリン副首相が10月14日、Telegramのヘルソン占領軍「当局」アカウントを通じてこう述べた。
ドニプロ川西岸に住む数万人の住民もドニプロ川東岸地域へ「避難」させようとしている。
そのわずか2週間前、プーチン大統領は同州の「ロシア併合」を宣言したばかりだった。早すぎるウクライナ軍の反攻を前に、軍当局は、大統領の面子をかばう暇もなかった。
「米国製の新型装甲車MaxxPro(マックスプロ)がヘルソンに投入された」
ロシア語メディア「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」(10月16日)が、ウクライナ軍善戦の理由をこう指摘した。
ウクライナ軍の大きな弱点は装甲車不足だ。地雷に強く、歩兵をより安全に運べるMaxxProが、ヘルソンのウクライナ軍の進軍を助けたという。
そして、いよいよ、州都ヘルソン市で、ウクライナ、ロシア両軍による激しい戦闘が起きるという観測が生まれている。
ウクライナ軍はロシア軍が占領しているヘルソン市から30キロの地点まで進軍している。
一方、ロシア軍は同市を含むドニプロ川西岸に精鋭1万数千人を展開させている。ウクライナ軍情報部門トップは10月25日、ロシアはその部隊を増強しており、ヘルソン市で市街戦が起きるかもしれない、と述べた。
ロシア軍のスロビキン総司令官はそれに先立つ18日、ヘルソン州について「非常に困難な状況」にあり、「容易ではない決断」もありうると述べていた。
この言葉について、ウクライナ軍情報部門トップは「情報かく乱だ」と分析する。
ウクライナ軍のヘルソン州現地指揮官は地元メディアに次のように述べる。
「ロシア軍は決して弱くない。ロシア兵がすぐ投降してくるなんて、噂にすぎない。年内のヘルソン市解放は難しいが、一歩ずつ前進し、年明けにはなんとかしたい」
ウクライナ軍の反攻に、ロシアのタカ派を代表する軍事ブロガーらは自国への反発を強める。その一人、マングスタ氏は10月14日、SNSで次のように政権を批判した。
「ヘルソンでは負けつつある。プーチンは(本格侵攻開始の)2月24日、『ウクライナの占領はしない』と述べたはずだ。『すべて計画通りだ』とも繰り返してきた。だが、戦場は、特別軍事作戦なんてものではなく、実態は第2次世界大戦と同様だ。部分的動員でなく、総動員をせよ」
武器の使用をめぐっても、プーチン大統領には矛盾が生まれつつある。強硬派の強い要求に、指揮下の軍隊が応えられなくなってきたのだ。
プーチン大統領は10月10日以降、ミサイルでウクライナ各地の発電所など民間施設を一斉攻撃した。
実効支配中のクリミアとロシアを結ぶクリミア大橋で爆破があったことをプーチン氏は「ウクライナのテロ」と断定、一斉攻撃はこれに対する報復とみられている。
一方、大統領は「ミサイルは、ロシア領への攻撃への反攻にとっておく」とも述べたが、イギリスのガーディアンによると、軍事記者コーツ氏がミサイル攻撃を「ウクライナ政府全体が機能しなくなるまで続く、『新しい戦争形態』にすべきだ」と主張するなど、ロシア国内からは強硬姿勢を求める声も強まっている。
しかし、ない袖は振れない。ウクライナのレズニコフ国防相は10月14日、ロシア軍の精密誘導ミサイルは「609発しか残っていない」とツイート。ロシアはもともとあった1844発のうち7割を使ってしまったことになる。
Demilitarization of russia.
— Oleksii Reznikov (@oleksiireznikov) October 14, 2022
By using hundreds of high-precision missiles against civilian objects of Ukraine, the aggressor state reduces its ability to strike the military targets. Two conclusions:
- russia's military defeat is inevitable;
- russia is a terrorist state. pic.twitter.com/KHeM7AaGlb
そのため、イランなど外国に武器支援を求めているとみられる。
ロシアは行き詰まっている――。そんな声がロシアのメディアでも表れ始めた。有力紙「独立新聞」(10月23日)は、次のような社説を掲載した。
「ロシア社会の亀裂は明らかだ。政治はほぼ存在しなくなり、敵対する相手を『裏切り者』と呼ぶ者さえいる。議会からは選挙廃止を求める声が聞こえてくる。政治家の間の意見対立が社会に受け入れられない、と彼らは恐れているのだ」
外交政策についても次のように批判する。
「西側との対立は抜き差しならず、一方、アジア、アフリカ、南米でそれに代わる友人は見つけられなかった。そのため武器生産に必要な半導体がロシアに入ってこない。スターリン時代は、西側の技術者2万人以上がソ連に来て、その技術をもとに経済を発展させられた。今はロシア単独でやらざるをえないのは明らかだ」
社説は続けて、「さあ、プーチンはどうなのだ?」と読者に問いかけ、悲観的な見通しを伝える。
「彼は『すべてうまく行っている』との確信を失っていない。プーチンを動かせるのは彼自身だけ。それが専制的な核大国の現実だ」
イギリスのロシア専門家マーク・ガレオッティ氏も、イギリスのタイムズ紙(10月15日)で、「体制を揺るがせる、差し迫った(政治的)脅威はプーチン氏にはない」としつつも、戦争の影響を次のように語った。
「プーチン大統領は、エリートに地位と金をめぐり競わせて、唯一の調停者として振る舞うことで、彼らを分割統治してきた。しかし、ウクライナで戦費がかさみ、ロシアのエリート層が受け取れるものは減った。タカ派をおとなしくさせたり、テクノクラートを安心させたりするため、『ストロングマン(強者)』のポーズを取る余地は、戦場でと同様、徐々になくなってきている」
しかし、プーチン氏を追い落とせるようなライバルはロシア政界には見当たらない。戦況がどうあれ、「ポスト・プーチン」の見通しは不透明のままだ。