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ロシアの動員令、実は100万人?プーチン氏の大統領令に非公開の項目 臆測と反発

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「プーチン氏は私の家族を人質に取っている」と書かれた紙を掲げるオランダ在住のロシア人。オランダ・ハーグにあるロシア大使館の前に、オランダ在住のロシア人数百人が集まり、ウクライナ侵攻と部分的動員令に抗議した=9月24日、ロイター
「プーチン氏は私の家族を人質に取っている」と書かれた紙を掲げるオランダ在住のロシア人。オランダ・ハーグにあるロシア大使館の前に、オランダ在住のロシア人数百人が集まり、ウクライナ侵攻と部分的動員令に抗議した=9月24日、ロイター

ロシア軍は9月、ウクライナ北東部ハリキウ州の占領地を次々とウクライナ軍に奪還された。南部ヘルソン州でも部隊が補給路を攻撃され、数万の兵員が孤立の危機と戦っている。「動員令」発動の背景にはそうした苦戦がある。

プーチン氏はこれまで「(ロシアは)まだ本気を出していない」「まだ全ての力を出していない」などと発言してきただけに、動員令を出したことでようやく「本気」になった格好だ。

大本営発表ばかりだったロシアメディアも「本気モード」に切り替えた。敗北の本当の様子を伝え、国民に戦いを呼びかけ始めたのだ。

ロシア紙「コムソモーリスカヤ・プラウダ」(9月21日)は次のように報じた。

「動員令は状況が良くない時に発動される。(プーチン氏の)目標達成のためには、現有兵力が足りないことを認めざるをえない。戦いは(攻撃ではなく)『防衛』のフェーズに入った。前線で決定的に不足しているのは、歩兵の射撃手、操縦手、砲兵の照準手だ。複数の旅団(約4千人)で、歩兵が60人しかいなかった例がある。ある連隊では突撃兵が6人しかいなかった」

「部分的動員令」によって召集された兵士(右)。武器を受け取り、訓練に入る
「部分的動員令」によって召集された兵士(右)。武器を受け取り、訓練に入る=9月23日、ペトロパブロフスク・カムチャツキー、ロイター

しかし、動員令はロシア国民にとっては「晴天のへきれき」だったようだ。若者らが全土で抗議活動をした。独立系ロシア語メディア「7×7」はYouTubeで彼らの声を紹介した。

「僕はプーチンのために死ぬつもりはない」(シベリアのノボシビルスク市で)

「ロシアの若者が戦場へ駆り出されるのが良いことですか?」(ロシア中南部のペルミ市で)

「7×7」のYouTubeチャンネル

権力側は対抗し、「反動員」を訴えたモスクワの若者に赤紙(召集令状)を送付した。人権派弁護士チコフ氏はSNSのTelegramで「召集令状が初日から反戦運動を抑えこむ手段になった」と投稿した。

各地の若者らの抗議集会も当局が押さえこみ、初日だけで38都市で1400人が逮捕された。

ロシア人が受けたショックをロシア語メディア「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」は次のように書いた

「テレビで見ていただけの戦争が『画面から自分の家庭に飛び込んでくる』と突然ロシア人は気づいた」

動員逃れのため海外へ逃げたロシア人は数万人にのぼった。中央アジア・カザフスタンへ車で逃げた43歳の男性は「プーチン支持が本物なら、みんな逃げないさ。(プーチンの)国民への愛情なんてテレビ番組の中だけの嘘っぱちだ」と話した。

ロシアのショイグ国防相は動員数を「30万人」と述べたが、多いのか少ないのか。ウクライナでの戦争に詳しい独立系民間調査組織CITは次のように評価する

「ロシア陸軍の職業軍人の数は15万人から18万人の間。仮に30万人が陸軍に加わるとすると、規模は3倍になる。ロシア軍の前線防衛には十分で、(ロシアが大敗した)ハリキウ州の再現は防げるようになる。西側はウクライナへの軍事支援を拡大しなければならないだろう」

動員は30万人にとどまらない、との指摘もある。10項目ある大統領令のうち、動員数を規定した第7項が非公開にされたからだ。

ロシア語メディア「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」はクレムリン(ロシア大統領府)筋の話として、第7項目に書かれた動員数は「100万人」だと伝えた。国防相の言う「30万人」を額面通り受け止めることはできない。

部分的動員でなく「全面動員」ではないか――。実際、そんな声がロシアの地方を中心に広がっている。

ロシアのプーチン大統領による「部分的動員令」のコピー。7項目(赤い下線部分)にはロシア語で「公用」とだけ書かれており、具体的な内容は伏せられている
ロシアのプーチン大統領による「部分的動員令」のコピー。7項目(赤い下線部分)にはロシア語で「公用」とだけ書かれており、具体的な内容は伏せられている=ロシア大統領公式サイトより

問題になっているのは「深夜のノック」だ。法律上、郵送での召集令状送付は認められず、自宅などで手渡ししなければならない。極東ブリヤートでは、深夜の自宅訪問がしばしば起きている。ドイツ国営メディアDW(9月23日)はブリヤートの人権活動家の言葉を伝えた。

「朝の3時、4時にまで訪問してくる。動員がいかに『全面的』か分かります。しかも、赤紙を渡しに来るのは、教師たちなのです」

教師が駆り出されているのは、召集令状を扱う徴兵事務所だけでは人手が足りないためだ。ブリヤート以外の地域でも、午後11時に女性教師が対象者宅を訪ね、その母親が抗議する様子がTelegramに投稿されている。

「前線に行くのは年寄りばかりじゃないか」。モスクワのチコフ弁護士は9月23日、SNSでこう皮肉った。召集令状が高齢者にも渡されているためだ。

「今日、軍務経験のない男性58歳(極東ヤクート)、元軍曹61歳(西部サマラ)、元中尉55歳(西部ボルゴグラード)、元大佐63歳(モスクワ)に召集令状が渡されたという。極東ウラン・ウデでは60代の年金生活者たちがバスで徴兵手続きに連行された」

9月22日、ロシア中部に住む20代の複数の女性看護師がTelegramで「軍務経験がないのに、召集令状が来た。応じないと裁判にかけると脅された」と訴えた。看護兵は前線で最も不足している兵種だ。そのため、「無差別的な徴兵」が行われている可能性がある。

仏教徒のブリヤート人など少数民族がすむ地域で優先的に動員が行われている可能性がある。ロイター通信(9月23日)は次のように伝えた。

「ブリヤートの人権活動家は『首都モスクワで抗議活動を広げないため、動員の比重は、少数民族の住む貧しい地方が高くなっている』と怒る。ウクライナで死んだ兵士の数を見ても地方偏重がある。ブリヤートがロシアで2番目に多い259人、南部のイスラム教地域ダゲスタンが最も多い277人。それに対しモスクワは10人だ」

そのダゲスタンの徴兵事務所前に9月22日、数十人の男性が抗議に詰めかけた。地元メディア「チェルノービク」がTelegramで次のように伝えた。

男たちが「(今の戦いは)政治家のためやっていることだ」「何のために戦うのか」との声をあげた。

徴兵事務所職員が「未来のための戦いだ」と答えると、「我々は『今』でさえよくない、未来って何のことだ」。

さらに別の男が「今、敵が迫っているのか」と聞くと、職員は「まだ、ない」と述べ、答えに窮した。

チェルノービク

地方の知事たちは釈明に追われた。SNSなどで次のように述べた。

ダゲスタンの首長は「(動員令で)皆さんが不安や苦悩をいだいていることは分かっています。しかし、今は団結すべき時なのです」。

ブリヤートの首長は「病気の人など70人に誤って召集令状を渡した。善処します」(中高年についての言及はなかった)。

ウラジオストクが州都の沿海地方の知事は「動員で企業・農業・消防が働き手を失うことを私は理解している。私の部下の公務員も150人が徴兵事務所へ出頭した。兵士を送り出すのに豪華な花火はいらない。招集令状が来た家庭に喜びはないからだ」。

「豪華な花火」とは、この11日前、モスクワで、市創設記念日を祝う花火大会があったことを皮肉っている。

「動員逃れ」はロシアでは刑法違反だ。CITや人権派弁護士は、「今の状況では、警察官などが対象者を連行して動員の手続きをさせるケースも出てくるかもしれない」と指摘した。

そうした人権無視の動員などを監視する、兵士のための人権擁護団体がロシアに10ほどある。その一つ、「アゴラ」には動員令が出た日だけで6千件の相談があった。

ロシア軍内部の人権侵害の情報は少なくない。ウクライナに派兵された将兵の家族からの通報を、ロシア語メディア「メドゥーザ」(8月24日)が次のように伝えた。

「ロシアのある大きな地方で活動する兵士の母親委員会には、本格侵攻の2月以来、400件の訴えがあった。最も多いのは『ウクライナに行った息子や兄弟と連絡が取れなくなった』というものだ」

記事では兵士の家族の声を次のように紹介している。

兵士の母親「2月、息子から、小銃を渡されて今から戦場に送られる、と電話があった。それきり連絡がない」

別の兵士の母親「2月に息子から電話が来たきり連絡が途絶えた。戦友から息子は死んだ、部隊の40人中、生き残ったのは15人だ、と聞かされた」

将校の妻「夫ともう2人の将校が6月16日、(自称)ルガンスク人民共和国で軍の命令を遂行できないとして、除隊を申し出た。すると、手錠をはめられ、ロシアの私兵集団ワグネルに身柄を引き渡された」

メドゥーザ

メドゥーザによると、この団体が救えたのは何人かの将兵にすぎず、多くの兵士の運命は不明のままだ。

こうまでしてロシア人が戦う大義を、政権側はどう説明するのか。ロシアの著名な軍事ジャーナリストは部分的動員令についてコムソモーリスカヤ・プラウダ紙に対し、こう述べた。

「私は数カ月前、NATOの直接的関与の兆候を知り、この紛争は『実存』をかけたものだと分かった。ロシアが力をセーブしていては、西側諸国とは戦えないのだ」

プーチン大統領は「動員演説」でやはり「反西側」を強調した。ロシア・エリートの間では、「もはやウクライナとの戦争ではなく、西側との戦争だ」という論調が強まっている。ロシアが先に倒れるか、西側が先か、それがプーチン流の「実存」の意味だ。

ロシア兵の士気の低さは幾度も指摘されてきた。今回、反戦派の若者や、高齢者にまで「赤紙」を渡し、囚人さえ動員する動きがある。

プーチン氏の抽象的なアジテーションが彼らの戦意を高め、戦争がロシア優位に傾く可能性はあるのか。

民間調査組織CITは「動員兵を訓練する必要があるかもしれず、数カ月様子を見るべきだ」と指摘する。

アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は「今年は変化は起きない。来年も不透明だ」と述べ、こう警告する。

「ロシアが様々な地方で死に物狂いの動員をかけることは、社会的緊張を悪化させかねない。すでに地域による(戦争の犠牲の)不平等性が問題化しているからだ」