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ウクライナに軍事圧力かけるロシア・プーチン大統領に辞任要求 退役大将が痛切な訴え

World Now 更新日: 公開日:
内戦下のユーゴスラビアに対し、NATOやEUに加盟する国々が石油を禁輸する制裁に踏み切る中、ロシアはそれに参加しないことを記者会見で訴えるイワショフ・国防省国際軍事協力局長(当時)
内戦下のユーゴスラビアに対し、NATOやEUに加盟する国々が石油を禁輸する制裁に踏み切る中、ロシアはそれに参加しないことを記者会見で訴えるイワショフ・国防省国際軍事協力局長(当時)=1999年4月、モスクワ、ロイター

プーチン大統領に戦争を止めるよう「直訴」したのは退役将校でつくる「全ロシア将校の会」。主導しているのは、会長を務めるレオニード・イワショフ退役大将(78)だ。現役時代にはコソボ問題なども担当し、NATO側と接触。NATOの東方拡大反対論者でもある。

1月末、会は公式サイトに声明文を発表した。その概要は次のとおりだ。

「今日、人類は戦争の前夜に生きている。戦争は巨大な悪、犯罪だが、ロシアは、迫りくるこの破局の中心にいる。外からの脅威はもちろんあるが、今、それは危機的ではなく、ロシア国家の存在や死活的国益を損なうものではない。NATOの軍勢は脅威となる活動を展開してはいない。だからウクライナをめぐる状況は、ロシアを含む国々が国内の勢力(エリート)のために人為的につくりだされた、打算的な性格のものである」

ウクライナとの戦争が起きた場合、ロシアの国際的な地位は地に落ちる、とも指摘する。

「対ウクライナ戦争が起きれば、1)ロシアの国家的存立に疑問符がつく2)ロシアとウクライナは永遠に絶対的な敵となってしまう3)両国で、千人単位(万単位)の若者が死ぬ」

「戦場では、ロシア軍は、ウクライナ軍だけでなく、NATO諸国の軍人、兵器と対峙し、NATOはロシアに宣戦布告するだろう。さらに、ロシアは世界の平和を脅かす国とされ、きわめて深刻な経済制裁を科され、国際社会の除け者となろう」

ロシアが10万人以上の軍をウクライナ国境に展開していることについては「財界やマスコミを含む、エリート層の保身の手段ではないか」と分析、その上でプーチン大統領の辞任を求めている。

「戦争は自らの反民族的な権力を保ち、国民から奪った財産を守るための手段である。我々ロシアの将校は大統領に対し、戦争を挑発し、結果的に結束した西側の軍に対抗して孤立するような犯罪的な政策を止めるよう求める。(国民主権を定めた)憲法3条にのっとり、辞任を求める。退役軍人、予備役、ロシア市民に、プロパガンダや開戦に反対する声を積極的にあげるよう、呼びかける」

東方経済フォーラム全体会合で演説するロシアのプーチン大統領=2019年9月、ロシア・ウラジオストク
東方経済フォーラム全体会合で演説するロシアのプーチン大統領=2019年9月、ロシア・ウラジオストク

イワショフ退役大将はラジオ局「モスクワのこだま」に出演し、声明文の真意と、将軍の置かれた立場を語った。

「政治家は(2024年にある)大統領選を有利に運ぶことを考えているのでしょう。犠牲者が戦争で出ても、責任は軍人に転嫁される。だから、軍の最高指揮官の大統領の辞任を求めているのです。私は、(旧ユーゴスラビアなどで)軍同士の外交の責任を担い、国際協調のため欧州の将軍たちと交渉してきた人間だ。NATO軍は演習しているが、ロシア軍と同様、あらかじめ計画されたもの。ロシアのテレビ局は脅威のように描き出すが、危機的な状況ではない。我々の要求をのめ、と最後通牒をつきつけるような攻撃的外交はいけない。戦争は、本当に最後の手段であるべきです」

モスクワのこだまの取材に答えるイワショフ氏

シビリアンコントロールの存在する国では一般的に、軍人が戦争に最も慎重な人種だ。部下を死なせるからである。ロシアも例外ではないのかもしれない。イワショフ氏はこう続けた。

「誰よりも、戦争を欲しないのは将軍だ、ということを強調したい。ウクライナとの戦争が起きれば、数万人の健康で若い兵士が死ぬでしょう。私は母親のなげく声を聞きたくないのです。もし、我々(ロシア軍)がウクライナのどこか、たとえば、キエフを占領したら、そこから退去できなくなる。何年にもわたって駐留せざるをえない。なぜなら必ず、ウクライナでパルチザンが組織されるからです。(ロシア軍が)秩序を維持する必要が出てくる。そのために何万人ものロシアの若者をウクライナに送るのは愚かです」

ラジオ局の記者が「事態のエスカレーションを止めるには、どうしたら良いか」と尋ねると、イワショフ氏はこう答えた。

「今はロシアが最後通牒をつきつけたことで、ウクライナ防衛のためとして西側諸国を反ロシアで結束させてしまっている。必要なのは首脳会談。プーチン氏が(ウクライナ大統領の)ゼレンスキー氏に電話し、1対1の会談を第三国で設定すべきです。第2の手段としては世論です。『10日で戦争は終わる』などというテレビのトークショーに踊らされてはなりません」

ウクライナの首都キエフで、ライフル銃の木造模型を手に軍事訓練をする美容師タチアナ・ハルミデルさん(中央)。国境周辺にロシア軍が10万人規模で展開し、緊張が高まっている=1月30日、金成隆一撮影
ウクライナの首都キエフで、ライフル銃の木造模型を手に軍事訓練をする美容師タチアナ・ハルミデルさん(中央)。国境周辺にロシア軍が10万人規模で展開し、緊張が高まっている=1月30日、金成隆一撮影

政権に批判的な姿勢で知られ、編集長のドミートリー・ムラトフ氏が昨年、ノーベル賞を受賞した新聞「ノーバヤ・ガゼータ」も2月12日、イワショフ氏のインタビューを掲載した。

イワショフ氏は元々、反ユダヤ主義のタカ派として知られていることから、同紙は記事の冒頭、「編集部より 彼は我々の英雄ではない」との但し書きをつけたものの、「彼の見解は社会で大きな反響を呼んだ」として掲載に踏み切った。

「ロシアとウクライナの戦争は、どんなものになると考えますか」との質問に、イワショフ氏はこう答えている。

「政治的な目的が全く示されない、奇妙な戦争になるでしょう。プロパガンダや政権寄りのテレビ番組の司会者が事態をあおり、(与党の)「統一ロシア」の議員が、アメリカへの核攻撃をおおっぴらに語るまでに至っています」

ただ、会の声明は、ロシアの主流メディアからほぼ無視されているのが実情だ。退役将校の会はほかにも複数あり、あるロシア紙は「『全ロシア将校の会』は小さく、ふだん情報をアップしてもアクセス数は200人くらいにとどまる」と冷ややかだ。

会の公式サイトに寄せられたコメントでも、「将軍を支持するのは5%の人だけ」などといった批判が目立つ。会に続く動きも見られず、世論に与える影響は限定的なようだ。

筆者はこうみる

軍をこれだけの規模で投入する戦争が起きれば、ソ連時代のアフガニスタン戦争(1979―89年)以来となる。ソ連が今のロシアと違ったのは、「アフガニスタンの共産主義政権を守る」というイデオロギー的な「戦争の根拠」が社会で共有されていたことだ。

私は1980年代、アフガニスタンから帰還したロシア人兵士たちをモスクワで取材したことがある。帰還兵は共産主義を守る「国際主義者」と呼ばれ、「国際主義者を歓迎する会」がモスクワ各地で開かれた。

戦闘で両足の足首から下を失った帰還兵が、松葉杖をつかず、よちよち歩きでホールに登壇した。「足が短くなって、ちょっと背が縮んだけど、元気だよ」と語った。観衆からは大きな拍手が起きた。

今、プーチン大統領がウクライナへ兵士を送った場合、イワショフ氏の言うとおり、多くの死傷者が出るだろう。遺体袋に入って帰ってくる兵士、傷を負った兵士。彼らをどうロシア社会は迎えることができるだろうか。

プーチン大統領は、ウクライナ人とロシア人を文化や言語を共有する「同一の民族」と呼んだことがある。イワショフ大将の声明に対しては、ロシア人らしき人から「戦争は兄弟殺しになる」とのコメントが寄せられた。ウクライナに、親類や友人を持つロシア人は数多い。

「大義なき戦争だ」。イワショフ氏が言いたいのは、このことだろう。地上戦が、ウクライナ人の抵抗を招く可能性は低くないと思う。泥沼化したアフガン戦争の教訓を、今のロシア指導部が忘れていないことを強く願う。