1. HOME
  2. World Now
  3. ウクライナとEUの関係はどこまで深まったか

ウクライナとEUの関係はどこまで深まったか

迷宮ロシアをさまよう
2020年10月にゼレンスキー・ウクライナ大統領(左)がブリュッセルを訪問し、ウクライナ・EUサミットが開催された。ウクライナ大統領の公式HP(https://www.president.gov.ua)より

DCFTA発効から5年

かつてロシアは、自らが主導するユーラシア統合への参加を、V.ヤヌコービッチ政権のウクライナに、執拗に迫っていました。しかし、2014年に発生した政変の結果、ヤヌコービッチ政権は崩壊、ウクライナは欧州連合(EU)との提携を選択し、現在に至ります。ロシアを盟主とするユーラシア経済連合は、2015年に成立はしたものの、そこには「本命」ウクライナの姿はなく、ロシアの思惑は大いに外れたわけです。

さて、ウクライナとEUの関係は、このほど一つの節目を迎えました。両者によって結ばれた「連合協定」の柱である「深化した包括的な自由貿易圏(DCFTA)」が発効してから、5年が経過したのです。小括しておくのには良い機会ですので、今回のコラムでは連合協定およびDCFTAについておさらいするとともに、グラフをお目にかけながら、ウクライナとEUの経済関係がどれだけ深まったかを概観してみたいと思います。

曲折を経て発効したDCFTA

EUは、旧ソ連構成諸国のうち、地理的に欧州に近い一連の国を対象に、「東方パートナーシップ」という協力枠組みを打ち出し、同諸国との「連合協定」の締結を進めてきました。現在までに実際にそれに応じたのが、ウクライナ、モルドバ、ジョージアでした。協定の柱となっているのが、「深化した包括的な自由貿易圏(DCFTA)」です。単なる自由貿易圏(FTA)に留まらず、双方間の貿易経済活動にEUのルールを浸透させ、ヒト・モノ・カネの動きをより活発化しようという点に眼目があります。

2014年2月にヤヌコービッチ政権が崩壊すると、それを受けて成立したウクライナ暫定政権は、3月21日に政治条項に限定した形で、EUと連合協定に調印。他方、EUは協定の経済条項に含まれるDCFTAを先取りする形で、4月16日付の欧州議会・理事会規則(4月23日発効)により、ウクライナ産品に対する関税を片務的に減免する措置を打ち出しました。その後、5月25日投票の選挙でP.ポロシェンコが当選し、6月7日に第5代ウクライナ大統領に就任。これを受け、6月27日のブリュッセルにおけるEUサミットの席で、連合協定(残されていた経済条項)への最終的な調印が行われました。

連合協定の大きな柱が、第4編で打ち出されているDCFTAです。これにより、EU側は全品目の96.0%に対する関税を撤廃することになり、その大多数は即時の撤廃でした。ただし、「関税割当」と称して、一定の量までは無関税で輸入できでも、それを超えると関税が課せられる仕組みが適用される品目もあり、農産物・食品がその対象になりました。それに対し、ウクライナ側も全品目の97.1%に対する関税を撤廃するものの、EU側よりも全般的に長めの移行期間が設けられ、経済力の劣るウクライナに配慮した形となりました。

しかし、そこでロシアが再び横槍を入れます。ロシアは、ウクライナ・EU間のDCFTAが成立すれば、安価で競争力の強いEU産品がウクライナに溢れ、それがウクライナ産品と偽装されCIS自由貿易条約の枠組みにより無税でロシアに流入し深刻な被害が発生する恐れがあるので、DCFTA発効のあかつきにはロシアはCIS自由貿易条約の例外措置としてウクライナ産品に関税を導入すると警告したのです。

もっとも、競争力のあるEU産品がウクライナ経由でロシア市場に流入するという脅威が実際にあるのかという点に関しては、多くのロシアの専門家も懐疑的でした。ロシア科学アカデミー・ヨーロッパ研究所のA.バジャンはずばり、ロシアはEU産の安く高品質な商品がウクライナ経由で流入することを本気で恐れているのではなく、ウクライナとEUの関係構築がNATOとの関係拡大にまで発展することこそが核心的な懸念なのだと指摘しました。

ロシアの真意はさておき、泣く子とロシアには勝てぬというわけで、2014年9月に開催されたウクライナ・EU・ロシアの閣僚級会合で、ウクライナ・EUの連合協定のうち、DCFTAにかかわる条項の適用を、2016年1月まで延期することが決まりました。ただし、その間、EUは2014年4月から片務的に適用してきたウクライナ向けの優遇関税を2015年末まで延長し、ウクライナが引き続きその恩恵に被れるように配慮しました。

なお、ウクライナ・EUのこうした対応にもかかわらず、ロシアは結局、2016年からウクライナ産品に関税を課し(ウクライナ側も応戦)、またウクライナを欧米に適用している食品禁輸措置の対象にも加えました。その後、ウクライナとロシアは全面的な貿易戦争状態にあります。

ともあれ、このような紆余曲折を経て、2016年1月1日から、ウクライナ・EUのDCFTAは全面的に施行されました。それまではEU側が片務的に関税の減免を実施していましたが、2016年からはウクライナの側もEUに市場を開くこととなりました。

貿易は順調に伸びているか?

それでは、DCFTAの下で、ウクライナとEUの貿易は順調に拡大しているでしょうか? 図1に見るように、もともとウクライナの輸出に占めるEU向けの比率は、4分の1程度でした。それが次第に拡大し、2017~2019年には40%の大台に乗るまでになりました。輸入についても然りで、EUのシェアは政変前は30%台、政変後は40%台と、拡大する方向にあります。連合協定を擁護する論者たちは、このようなシェア拡大をもって、DCFTAの成果を強調する傾向があります。

ただ、輸出入の実額を示した図3、4を見ると、やや印象が異なってくるのではないでしょうか。EUとの貿易は、政変後の危機的状況を背景に、2015~2016年に大きく落ち込みます。その後、2019年にかけて、回復・増加に転じたことは事実です。しかし、ウクライナとEUの貿易自体が期待どおりに伸びているかと言えば、今のところ慎重な評価にならざるをえません(コロナに揺れた2020年の縮小はやむをえませんが)。図1、2でEUとの貿易比率が拡大しているのは、むしろ対ロシア貿易の激減が招いたものという側面の方が大きそうです。

図3に見るとおり、ウクライナからEUへの輸出で、伸びが目立つのは農産物・食品です。ウクライナは世界的な穀物およびヒマワリ油の輸出大国であり、EUはその主要な販路の一つです。ただ、穀物にしてもヒマワリ油にしてもグローバルな商品であり、どうしてもEUに輸出しなければいけないという性格のものではありません。EU向けの輸出条件が有利になったので、これまで他の市場に輸出していた穀物・植物油を、EU向けに切り替えたというだけのことであったら、ウクライナにとっての経済的恩恵は限定的です。

安い労賃を活かせるか

今日では、ウクライナは隣国モルドバと並んで、欧州で最も賃金水準の低い国となっています。本来であれば、EUとの連合協定が成立したことで、安い労賃を目当てに外資がウクライナに投資をしてくれて、ウクライナがEU市場向けの輸出加工基地になると期待したいところです。

しかし、現実にはそのような投資が大きく進展しているとは言えません。自動車用の電装品(ワイヤハーネス)の分野で、成功例がある程度でしょうか。もちろん、投資が思うように進まないのには、ウクライナの国情が不安定だったということもあるでしょう。それに加え、今日の欧州では、生産拠点が国境を越えて移転するというよりも、労働者が国境を越えて移動する度合いの方が大きくなっていることがあります。

実際のところ、ウクライナとEUとの間で、最も関係が深まっているのが、労働移民の分野と言えるでしょう。外国で働く出稼ぎ労働者が本国に送る送金を「レミッタンス」と呼びますが、ウクライナのレミッタンス受入額を四半期ごとに跡付けたのが、図5になります。以前は、ウクライナ国民にとって、ロシアが最大の出稼ぎ先でした(図5のCISがほぼロシアに等しい)。それが、2014年を境に、EU圏に働きに出るウクライナ国民が目に見えて増えていきました。ウクライナとEUが2017年5月にビザ免除協定を締結し、同年6月11日からウクライナ国民がEUのシェンゲン協定諸国にビザ無しで渡航できるようになったことも、その流れを強めました。

今や、ウクライナ国民は、欧州労働市場を底辺で支える存在になっていると言っても、過言ではありません。

EU統合路線は変わらず

2019年2月、ウクライナの議会に当たる最高会議は、ポロシェンコ大統領(当時)が提出したEUと北大西洋条約機構(NATO)へのウクライナの加盟路線をウクライナ憲法に明記する憲法改正法案を可決しました。その結果、憲法序文には、ウクライナ民族の欧州アイデンティティとウクライナの欧州・欧州大西洋路線の不可逆性に関する文言が加筆されましたた。また、第102条には、「ウクライナ大統領は、ウクライナのEUとNATOへの完全な加盟に向けた国家の戦略的方針の実現を保証する者である」との文言も追加されたのです。

しかし、親欧米路線の懸命のアピールも実らず、ポロシェンコは2019年3、4月の大統領選挙に敗れます。ただ、この選挙では対外路線の選択はほとんど争点にならず、ポロシェンコに取って代わったV.ゼレンスキー大統領も、方針を大きく変えることはありませんでした。ポロシェンコ前政権のようなドグマ的な色彩こそ薄れたものの、EUおよびNATOへの統合を軸とした国造りを進め、そのスタンスに立ってロシアと対峙していくという点で、ゼレンスキーは前任者の路線を基本的に引き継いでいます。

それでは、一般国民は、どのような意識でしょうか? 現地シンクタンクが2020年10月に行った世論調査で、EUとロシア主導のユーラシア経済連合のどちらを選ぶかを問うているので、その結果を図6にまとめました。また、同じシンクタンクが、EU加入に関する国民投票が実施されたら、どのように投票するつもりかという意識調査を継続的に実施しているので、数字の推移を図7に示しました。

これらを見ると、EU加入路線はウクライナ国民の半分程度によって支持されていると言えそうです。おそらく、実際に国民投票をやったら、EU賛成派が7割くらいを占め、その路線が承認されるでしょう。問題は、図6に見るように、地域による価値観の違いが大きく、EU路線で突っ走ると、国民統合に亀裂が入る恐れがあること。そして、図7に見るように、過去数年のウクライナ・EU協力の積み重ねにもかかわらず、ウクライナでEU加入論がここに来てさらに勢いを増しているようには見えないことです。

ウクライナ側は協定見直しに期待

ウクライナの親EU路線は揺らいでいませんが、ウクライナ側は連合協定およびDCFTAの成果には明らかに満足していません。実は、連合協定には、発効から5年以内に両者が協定の成果について包括的なレビューを行う、発効から5年後にいずれかの締約国の要請により一層の貿易自由化につき協議し「連合委員会」が追加的な措置を取り決めることができる、といった規定があります。そこでウクライナ側は、DCFTA発効から5年というこのタイミングで、早速協定見直しの交渉に着手したい考えです。

2020年10月6日にゼレンスキー大統領がブリュッセルに出向き、ウクライナ・EUサミットが開催されました。会談を終えたゼレンスキー大統領は、協定を実情に合わせて見直していくことが重要であり、それに向け協定のこれまでの成果を共同で評価する作業に2021年1月から取り掛かることになったと明らかにしました。大統領によると、ウクライナ側が特に期待しているのは、デジタル分野の統合、エネルギー市場の統合、工業製品に対する「ビザ無し」待遇、航空分野の協力等ということでした。

ただ、ウクライナ側が協定の見直しを求めたとしても、交渉はウクライナにとって難しいものとなるでしょう。たとえば、ウクライナ側がEUに市場開放拡大を求めている品目に、鶏肉があります。しかし、鶏肉の分野では、ミロニウカ穀物製品というウクライナ企業が、ルールの抜け穴を突くような形でEU市場に大量の輸出を行ってきたため、EU業界側の警戒感が強まっています。

EUの畜産業界は、ウクライナがDCFTAにより「アニマルウェルフェア」(家畜も思いやりをもって優しく取り扱うべきという理念)のEUルールを導入する義務を負ったにもかかわらず、その実施を先送りしているとして、ウクライナ側を批判しています。そのようなウクライナに対し、鶏肉をはじめとする畜産品の無税割当の枠を拡大することは、まかりならないというのが、EU業界の立場です。ことほどさように、EUでは加盟各国および各産業部門の利害が渦巻いており、ウクライナが「連合協定、DCFTAの見直しを」などと呼びかけても、そう簡単ではないのです。

想起されるのは、ウクライナ・EU連合協定批准の顛末です。2016年4月にオランダで同協定の批准を問う国民投票が実施され、反対が61.0%と多数になってしまいました。EU側はやむなく、対ウクライナ関係をトーンダウンさせることで、事態の収拾を図りました。すなわち、2016年12月に開催されたEU首脳会議で、「連合協定はウクライナにEU加盟候補国としての資格を与えるものではない」旨を改めて申し合わせ、これによりどうにかオランダに納得してもらい、批准を得ることができたのです。こうした苦労を経て、連合協定はようやく2017年9月1日に発効したのでした(DCFTAは、協定そのものの発効を待たずに、2016年1月1日から暫定的に適用された形でした)。

EU側には、もともとウクライナを加盟候補国とするつもりはありませんでしたが、欧州理事会決定の付属文書に、「連合協定はウクライナにEU加盟候補国としての資格を与えるものではない」と明記されたことは、重い事実となりました。つまり、上で述べたような、ウクライナ憲法にEU加盟路線が明記されたとか、ゼレンスキー大統領がEU加盟路線を引き継いでいるとか、国民の半数はEU加盟に賛成とかいった話は、今のところすべて、ウクライナ側の片思いなのですね。