ゼレンスキーの地滑り的勝利
本連載の2月14日の回で、「ウクライナ大統領選は立候補者44人!『ティモシェンコ』が2人も出馬」という話題をお届けしました。なお、その後5人の辞退者が出たので、実際には大統領選挙は39人の候補によって戦われました。3月31日に第一回投票が実施され、新人でコメディアンのV.ゼレンスキーが30.2%を、現職大統領のP.ポロシェンコが16.0%を得票し、この2人が決選投票に進出。そして、4月21日の決選投票では、ゼレンスキーが73.2%を得票し、当選を果たしました。ゼレンスキーは、6月3日に正式に大統領に就任し、5年間の任期をスタートさせることになっています。
前回のコラムでは、世論調査でゼレンスキーがいかに高い支持を受けようとも、ロシアとの反目をはじめとする国難が続く中で、果たして国民は本当に「お笑い芸人」に国の命運を委ねるのだろうかと、若干懐疑的なニュアンスで論じました。実際、投票前には、ゼレンスキーを支持している有権者ですら、彼が大統領になる可能性について、半信半疑だったのです。それが、蓋を開けてみれば、ゼレンスキーの地滑り的勝利に終わったわけです。
まだ就任もしていないのに、ゼレンスキー政権について悲観的な見通しを述べるのは、選択したウクライナ国民に失礼かもしれません。しかし、考えれば考えるほど、ゼレンスキー大統領の舵取りは難しくなると予想せざるをえません。ゼレンスキーは、お笑い芸人としては才能豊かな人だと思いますが、政治家としては「一発屋」に終わってしまうのではないか。そのような心配を禁じえないのです。
最大の要因は国民がポロシェンコを見限ったこと
今回の選挙で、まず大前提としてあったのは、多くの国民が既存の政治、とりわけポロシェンコ現政権に対して、嫌悪感を募らせていたことです。ゼレンスキーが勝ったという側面もさることながら、ポロシェンコが国民から大っぴらなダメ出しを食らったというのが本質だと思います。
2014年5月の大統領選挙では、ウクライナ独立後初めて、ポロシェンコが第一回投票で過半数(54.7%)を獲得し、決選投票を待たずして当選を決めました。それだけ、国民から多くの期待を寄せられていたわけです。
しかし、その後の5年間で、ポロシェンコは期待を裏切ることになります。「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥の領袖が政治・経済を牛耳る状況は変わらず、国に蔓延する腐敗は解消されませんでした。ポロシェンコは、大統領に就任したあかつきには、自らが保有する製菓大手のロシェン社を手放すと公約していたのですが、それはついぞ実現せず、この5年でポロシェンコのビジネス王国はかえって拡大したとの指摘もあります。ポロシェンコ側近による軍備関連の汚職事件も露見。このように、国のガバナンスは改善しないのに、家庭向けのガス料金が2018年11月に引き上げられるなど、国民の生活を直撃する措置は実施に移されました。ガス料金の引き上げは、国際通貨基金(IMF)との関係上やむをえないものだったのですが、一般庶民の間では、「一部のエリートだけが良い思いをして、我々の生活は苦しくなる一方だ」との不満が鬱積しました。
2019年の選挙戦を控えたポロシェンコ政権は、「軍・言語・信教」という標語を掲げました(上掲の写真参照)。「軍」とは、ウクライナ軍を立て直し、ロシアの軍事的脅威に対抗することを意味します。「言語」とは、ソ連時代の名残で依然としてロシア語の比率が小さくない当国において、国家言語たるウクライナ語の地位を盤石にしようという政策です。「信教」とは、ウクライナの正教会がロシア正教会に従属している状況を解消するというもの。つまり、ロシアの圧力や影響を排して、独自の国民国家としてのウクライナをより明確に確立しようという路線でした。その上で、ウクライナは近年中に欧州連合(EU)に加入申請を行い、北大西洋条約機構(NATO)加盟のプロセスも開始すると、ポロシェンコは訴えました。
ウクライナ国民の大多数は、クリミアを奪い、ウクライナ南東部のドンバス地方に戦乱をもたらしたプーチン・ロシアに、反感を抱いています。ウクライナがEU統合に参入するという路線も、国民の多数派が是認しています。しかし、ポロシェンコ政権のように、反ロシア・ナショナリズム一本足打法と化し、ロシアとのあらゆる関係を断ち切って市民生活へのしわ寄せも辞さないようなやり方には、多くの国民が疑問を覚えるようになりました。
第一回投票終了後、4月にウクライナで実施された世論調査で、「次期大統領に最初の100日でまずやってほしいことは何ですか?」と問うたところ、その結果は下のグラフのようになりました。これを見ると、いかにポロシェンコの戦略が誤っていたかが、歴然です。最多の回答となった公共料金の引き下げはおいそれと実施できるものではありませんが、それを別にすれば、国民が強く望んでいるのは、エリートの特権や腐敗を根絶すること。また、EUやNATOの加盟交渉を始めるよりも、まずはロシアとの対話が喫緊であると考える国民の方が、はるかに多くなっています。
選挙戦終盤、ポロシェンコは、「この選挙は、私(ポロシェンコ)を選ぶのか、プーチンを選ぶのかという選択だ」と訴えました。国民の声に真摯に向き合うことなく、仮想敵の脅威を煽るばかりでは、有権者に見限られるのも無理はありません。
なぜコメディアンが?
ウクライナ国民は、とにかく古株の政治家たちに強い不信感を抱いています。今回の大統領選では、現職のポロシェンコと同じように、有名な女性政治家のYu.ティモシェンコも、国民からの支持が伸び悩み、第一回投票3位で敗退しました。
それとは対照的に、ウクライナ国民は既存の政治に汚れていない他ジャンルの有名人に、政治リーダーとしての役割を期待する傾向があります。2014年には、ボクシングの元世界チャンピオン、V.クリチコの人気が急騰し、結局クリチコは首都キエフの市長になりました。今回の大統領選に向けた世論調査では、本人が出馬しないと言っているにもかかわらず、ミュージシャンのS.バカルチュークが高い支持を集めていました。ウクライナでは、「政治経験がない」ということが、選挙でむしろ有利に働くのです。
むろん、そうした中で、まさにゼレンスキーが現政権への対抗馬として浮上したのには、理由がありました。ウクライナを代表する大富豪の一人に、I.コロモイスキーという人物がいます。コロモイスキーはポロシェンコ政権と対立し、プリバト銀行を国有化される憂き目にも会って、現在は外国に身を寄せています。ただ、コロモイスキーはテレビ局「1+1」などの有力マスコミをウクライナに保有しているものですから、自らのメディアを駆使してポロシェンコへのリベンジを開始したのです。
そうした中、「1+1」局はゼレンスキーの主宰する「クバルタル95」という番組制作会社と契約を結び、「クバルタルの夕べ」というバラエティ番組と、テレビドラマ「公僕」の放映を開始しました。特に後者は、ゼレンスキー演じる名もない学校教師がひょんなことから大統領になり、国民のために身を粉にして頑張るというストーリーであり、ゼレンスキーのイメージを決定付けました。今回の大統領選におけるゼレンスキーの勝利は、フィクションが現実となるような展開であり、真相は不明ながら、このシナリオをコロモイスキーが完璧に描いていたのだとしたら、驚くべきことです。
ゼレンスキーを待ち受けるいばらの道
かくして、ウクライナ国民は既成政治に「ノー」を突き付け、清新な素人候補ゼレンスキーを大統領に据えました。しかし、国民が抱いているのはテレビドラマで作られたイメージであり、ゼレンスキーの実像ではありません。自転車に乗り国民のために奔走する劇中の姿とは異なり、ゼレンスキーは高級車に乗るお金持ちで、実はオフショアやロシアに資産があるとも言われます。国民が、「あれ? 思ってたのと違う」と気付くのに、そう時間はかからないでしょう。
ゼレンスキーにとって最も厄介な問題は、前出の富豪コロモイスキーとの関係でしょう。自らの政界進出をお膳立てしてくれた恩人ですが、2人の関係は広く知れ渡っており、露骨にコロモイスキーの便宜を図ったりしたら、ゼレンスキー株は急落します。とりわけ、上述のプリバト銀行の国有化を見直し、コロモイスキーの所有に戻すようなことをすれば、国民は激怒するでしょう。かといって、パトロンを裏切れば報復を受けかねず、このあたりの塩梅が難しいところです。
ゼレンスキーに政治経験がないことは、選挙には有利でしたが、就任後には不利になります。先日、EU各国の大使たちがゼレンスキーと面談し、ゼレンスキーがあまりにも無知であることに、大使たちは失望したと伝えられます。ゼレンスキーは、知識が乏しいのに、思い付いたことを不用意に発言してしまう癖があると言われ、就任後に失言を繰り返したりしないか、心配になります。
実は、ウクライナの政治制度は、議院内閣制に近く、まず議会(最高会議)で多数派の連立が形成され、その多数派連立が首相を指名するという仕組みになっています。現状でゼレンスキーには議会に自前の勢力がなく、人事や立法などの面でできることは限られています。本年10月27日に議会選挙が予定されており、ゼレンスキーの政党である「公僕党」が躍進する可能性はありますが、これから半年間でゼレンスキー・ブームがすっかり下火になり、議会選挙でつまずくことも考えらます。そうなれば大統領と議会がねじれたままで、ウクライナ政治は手詰まりになるでしょう。
ロシアの有名な政治評論家のA.マカルキンは、ゼレンスキー現象を解き明かす中で、一般にタレント政治家には3つの特徴があるということを指摘しています。第1に、タレント政治家は、有権者の既存政治家への失望、汚職や非効率への怒りから誕生することが多い。第2に、タレントが政界に進出するに当たっては、特定のパトロンに依存しているのが常である。第3に、タレント政治家が実際に国家指導者になると、その酷い実績により、新たな失望をもたらす。
すでに述べてきたように、第1、第2の点は、ゼレンスキーに典型的に当てはまります。果たして第3の点はどうなるでしょうか? ゼレンスキーに望みを託したウクライナ国民の心情を思うと忍びないのですが、筆者はなかなか楽観的になれません。