45兆円規模の大事業
目下ロシアで、「国家改造計画」とでも呼ぶべき大事業が進行しているのをご存知でしょうか? 一連の「ナショナルプロジェクト」という政策のことです。
2018年5月7日に4期目の政権をスタートさせたプーチン・ロシア大統領は、大統領令「2024年までのロシア連邦発展の国家目標と戦略的課題」を公布し、今後6年間の政策的な指針を示しました。その中で、12の優先的な政策分野を指定し、それぞれについての「ナショナルプロジェクト」を策定して実施すると発表したものです。また、「ナショナルプロジェクト」という形態はとっていないものの、それと同格のような形で、「2024年までの基幹インフラ近代化・拡張総合計画」も策定されることになりました。
ナショナルプロジェクトの一覧は、下表のとおりです。各ナショナルプロジェクトの実施期間は、2024年まで。12本のナショナルプロジェクトとインフラ計画の6年間の予算額を合計すると、25兆7,253億ルーブルとなり(日本円換算では約45兆円)、これは単年のロシア連邦予算を上回る規模です。ただし、すべてを公的資金で賄うわけではなく、29%程度は民間資本の導入を想定しています。
人も、コンクリートも
プーチン政権が、12本のナショナルプロジェクトを策定して、その推進に全力をあげているということは、取りも直さず、それらがロシアにとって喫緊の課題であり、その解決なくしてロシアは一流国になれないと認識していることを意味します。では、各ナショナルプロジェクトが具体的にどのような課題の解決に取り組もうとしているのかを、以下に整理してみましょう。
「保健」では、ロシア国民の死亡率の引き下げ、医療機関の人手不足の解消、定期健康診断の実施、基礎医療を手頃な料金で受けられるようにすること、といった目標を設定。
「教育」では、ロシアの教育を世界的に競争力のあるものにすることを目指し、具体的には、普通教育の質のランキングで世界の主要10ヵ国入りするという目標を掲げる。
「人口」では、健康寿命を67歳まで伸ばすこと、合計特殊出生率を現状の1.62から2024年までに1.70に高めること、スポーツ人口の比率を現状の36.8%から2024年には55.0%にまで拡大すること、といった数値目標を設定。
「文化」では、文化施設の利用者数の拡大、国民の文化にとっての創造的な条件の創出、文化領域でのデジタル情報の拡充といったことが目標。
「安全で質の良い自動車道路」では、道路の傷みが激しい現状に鑑み、改修工事を進める。交通事故死亡者は現状の人口10万人当たり13人から4人にまで減らすことを目指す。
「住宅・都市環境」では、住宅ローンの利用を含め、手頃な住宅を国民に提供し、都市環境の改善、スマートシティ化を図る。
「環境(エコロジー)」では、都市周辺に不法投棄された廃棄物の撤去、環境上きわめて危険な施設の撤去、ゴミ処理施設の新規稼働、大気汚染物質の排出削減、質の高い飲料水のより高い普及、森林再生の推進と森林火災の防止など、課題山積。
「科学」では、ロシアが研究開発の実施比率や知的所有権の申請件数で世界の5位以内に入ること、ロシアの研究機関がロシア人および外国人の研究者にとって魅力ある職場になることを目指す。
「中小企業活動および個人事業の支援」では、中小企業で働くロシア国民が現状の1,920万人から2024年には2,500万人に拡大すること、GDPに占める中小企業の比率の拡大、中小企業の輸出比率の向上といった目標が掲げられている。
「デジタル経済」では、デジタル経済の発展に向けた支出の対GDP比を6年間で3倍に、ブロードバンド・インターネットに接続している家庭の割合が現状の72.6%から2024年には97%に、世界のデータ保管・処理に占めるロシアの比率を現状の0.9%から2024年には5%に、といった数値目標を設定。
「労働生産性・雇用支援」では、様々な施策を通じて、ロシアの非資源基礎産業部門における労働生産性を、6年間で9%ほど向上させることを見込む。
「国際協業・輸出」では、ロシアの輸出が現時点で石油ガスをはじめとする原燃料に偏重している現実に鑑み、「非原料・非エネルギー商品」の輸出額を、2018年の1,490億ドルから、2024年までに2,500億ドルに拡大するという目標を設定し、サービス輸出も同じく640億ドルから1,000億ドルに拡大するという青写真が示されている。
最後に、ナショナルプロジェクトと同等の位置付で採択された「2024年までの基幹インフラ近代化・拡張総合計画」では、運輸インフラ、エネルギー・インフラにつき、連邦政府の主導で推進していく建設計画を列挙。
以上が、一連のナショナルプロジェクトが掲げている課題および目標です。2018年以降の4期目の任期で、プーチン政権は健康、家庭、教育、人材育成といった「人」に重点を置いており、ナショナルプロジェクトにはそれが如実に表れています。その一方で、インフラ総合計画では大規模な公共投資も打ち出しています。かつて「コンクリートから人へ」という標語を掲げた日本の政党がありましたが、今日のプーチン政権は「人も、コンクリートも」という欲張り路線なわけです。
気になる政策の継続性と整合性
プーチン政権が、ロシアの直面する課題を直視し、その解決に重点的に取り組もうとしていること自体は、高く評価できます。ナショナルプロジェクトの12のテーマも、それなりに納得できるものです。
しかし、気になるのは政策の継続性・整合性の問題です。2012~2018年の第3期プーチン政権では、ナショナルプロジェクトではなく、「国家プログラム」という政策枠組みが柱となり、紆余曲折を経て、結局44本の国家プログラムが採択されました。ちなみに、国家プログラムは、生活の新たな質、イノベーション的発展と経済の近代化、国家安全保障の確保、バランスのとれた地域発展、効率的な国家、という5つの分野に分類されていました。実は、これらの国家プログラムは破棄されたわけではなく、今も生きており、しかも実施期間は順次延長されています。
本来であれば、2018年に第3期政権が完了した時点で、プーチン政権は44本の国家プログラムの実施状況と成果がどうだったのか、きちんと総括すべきでした。しかし、実際にはそうした総括がほとんどなされないまま、第4期政権に突入してしまいました。そして、既存の国家プログラムの枠組みは残したまま、まるで屋上屋を架すように、ナショナルプロジェクトという新たな政策枠組みが打ち出されたわけです。「ナショナルプロジェクトは、一部は新たな措置だが、一部は既存の国家プログラムを新たなパッケージに再編したものにすぎない」と指摘する現地専門家もいます。
鳴り物入りで導入されたナショナルプロジェクトでしたが、果たして2024年5月にプーチン大統領の4期目が終わる際に、その成果がきちんと総括されるでしょうか? またぞろ新たな政策枠組みに取って代わられるだけ、などということがないといいのですが。