1. HOME
  2. World Now
  3. ロシアや中央アジアの政権はなぜ長期化するのか? 辞めるに辞められない男たち

ロシアや中央アジアの政権はなぜ長期化するのか? 辞めるに辞められない男たち

迷宮ロシアをさまよう
2013年の来日時のベルディムハメドフ・トルクメニスタン大統領(撮影:服部倫卓)

一時代の終わり

前回のコラムで、カザフスタンのナザルバエフ大統領が大統領職からの辞任を突然発表したことをお伝えしました。大統領の座からは退くものの、ナザルバエフ氏はそれ以外の枢要なポストを保持し、まだしばらくは実質的な最高権力者の地位に留まるものと見られています。

それでも、今回のナザルバエフ大統領の退任表明は、一時代の終わりを強く印象付けました。かつてのソ連邦では、連邦レベルでも、15あった「共和国」のレベルでも、国家と共産党が一体化し、共産党のトップが実質的に連邦および共和国の最高指導者でした。そして、1991年暮れにソ連邦が崩壊し、15の共和国がそれぞれ独立国家になっても、かつての共産党のトップがそのまま独立国の大統領になり、長期政権を築くパターンが見られたのです。それは特に、民主化の遅れた中央アジア地域で顕著でした。

しかし、2006年12月にニヤゾフ・トルクメニスタン大統領が、2016年9月にカリモフ・ウズベキスタン大統領が亡くなり、かつての共産党トップからの生き残りは、ナザルバエフ・カザフスタン大統領が最後の一人でした。完全引退するわけではないにしても、ナザルバエフ氏の大統領退任は、時代の大きな節目になりそうです。

長期政権の系譜

ナザルバエフ氏のような、共産党トップから大統領に転身した指導者に限らず、旧ソ連諸国(いち早く脱ソ連化しすでにEUにも加盟しているバルト三国は除く。以下同様)では、全般に政権が長期化する傾向が目立ちます。そこで、上掲のとおり、旧ソ連諸国の主な長期政権を、図にまとめてみました。基本的に、3期以上、10年以上君臨したような大統領を挙げています。中央アジア諸国(カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタン)およびアゼルバイジャンといったイスラーム系の国で、政権が長期化する傾向が特に目立ちます。

学者出身で、中央アジアにおける民主化の雄と見なされていたアカエフ・キルギス大統領も、政権が長期化するにつれ強権化し、晩節を汚しました。タジキスタンのラフモン氏は、1994年11月に大統領に就任してから、もうすぐ四半世紀が経とうとしています。トルクメニスタンでは、ニヤゾフ大統領という絶対的な権力者が亡くなった際には変化への期待も生じたものの、結局ベルディムハメドフ大統領という新たな絶対的権力者に取って代わられました。極めつけはアゼルバイジャンのケースで、絶対的な存在だったヘイダル・アリエフ大統領が2003年10月に亡くなると、後を継いだのは息子のイルハム・アリエフ氏でした。さすがに旧ソ連諸国でも政権の世襲は今のところこれが唯一の事例です。

むろん、イスラーム系の国だけでなく、キリスト教系の国も、権威主義体制および長期政権と無縁ではありません。ロシアとベラルーシでも、強大な権力を持つ大統領によるいつ終わるとも知れない政権が続いています。

ロシアでは、1999年の大晦日に辞任したエリツィン大統領に代わり、プーチン氏が最高権力者の座に就いて以降、もう20年近くプーチン体制が続いています。なお、良く知られているとおり、ロシア憲法では三選が禁止されているため、プーチン氏は2008年にいったん大統領の座を退いて首相に転身し、メドベージェフ氏に一時的に大統領の役職を委ね、4年後の2012年に大統領に返り咲きました。メドベージェフ氏が大統領の座にあった時も、実質的な最高権力者はプーチン氏であったという点で衆目は一致しているので、上掲の図でも2000年から現在に至るまでプーチン体制が続いていると描いています。

「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ・ベラルーシ大統領の治世も、もう四半世紀ほど続いています。ナザルバエフ大統領が退任したことで、旧ソ連諸国の現役の大統領としては、ルカシェンコ氏が最も古株ということになりました。ベラルーシでは、独立直後は大統領制がとられていませんでしたが、1994年に大統領制が導入され、その最初の選挙で権力を掌握したのがルカシェンコ氏です。したがって、ベラルーシ国民はルカシェンコ氏以外の大統領は一人も経験していないということになります。

アゼルバイジャンの首都バクーにある故ヘイダル・アリエフ大統領の墓(撮影:服部倫卓)

政権が長期化する原因

それでは、旧ソ連諸国の政権は、なぜ長期化してしまう傾向があるのでしょうか? もちろん、以下に述べることは旧ソ連諸国に限った現象ではないかもしれませんが、筆者の見解を記してみることにします。

まず、全体として言えるのは、旧ソ連諸国では、「権力か、さもなくば死か」という状況に陥りやすいことです。強すぎる権力は、不正蓄財や政敵の弾圧などを伴いやすく、仮に大統領が権力の座から降りると、過去の犯罪行為を追及される恐れがあります。そうなれば、単に地位や名誉を失うだけでなく、本人および一族郎党の財産・生命も保障されないかもしれません。

そうならないために、なんとしてでも権力の座にしがみつこうとする。野党を迫害したり、選挙で不正をしたりする。そうやって罪を重ねることで、ますます辞められなくなる。こうしたスパイラルで、政権がどんどん強権化し長期化していくというのが、旧ソ連政治の基本構図です。選挙で円満な政権交代が起きることはまずなく、最高権力者が天に召されるまで、ずっと同じ政権が続くことになります。

そうした観点からすると、旧ソ連諸国の中で、ウクライナの存在は貴重でした。ウクライナでは曲がりなりにも選挙による政権交代が実現しており、引退した大統領も普通に国内に留まっていたからです。重要な国家行事で、歴代大統領が勢揃いするような光景は、旧ソ連圏においては、ウクライナならではのものでした。しかし、2014年の政変で、ついにヤヌコービチ大統領が石もて追われる事態となり、比較的ノーマルな政権交代の伝統にも終止符が打たれました。

旧ソ連諸国の最高権力者は(どこでもそうかもしれませんが)、政権内で自分を脅かすライバルが台頭しないよう、常に目を光らせています。大統領は、政治的野心を持たず粛々と実務をこなすようなタイプを首相に据えるのが常です(旧ソ連圏ではそうした首相のことを「技術的な首相」と呼んだりする)。その結果、国民の目には、政治家は現大統領一人しかいないように見えてしまいます。

旧ソ連諸国で大統領選挙をやると、現職が圧勝するのが一般的です。政権側によるマスコミの統制や独占、野党への圧迫に加え、投票・開票の不正なども横行していると考えられます。ただ、仮に公正な選挙を行っても、野党候補がどこまで票を伸ばせるかは未知数です。というのも、権威主義体制の下で日頃抑圧されている野党陣営は、「民主化」、「人権の擁護」といった主張を唱えがちです。しかし、旧ソ連諸国で国民が重視するのは、自分に身近な生活や社会の問題です。民主化とか人権というのは、どちらかというと野党自身が望んでいることであり、国民の関心事とは言いがたいのです。国民が現政権に多少不満を抱いていたとしても、それが野党への支持に繋がりにくい原因がここにあります。

ヤヌコービチ・ウクライナ大統領は、国民から総スカンを食らい、最後はロシアに逃亡した。これは2011年に来日した時の姿(撮影:服部倫卓)

一筋縄では行かない権力の問題

前掲の図には、ウクライナ、モルドバ、アルメニア、ジョージアといった旧ソ連諸国は登場しません。これらの国は、強力な大統領制を廃止し、議院内閣制の方向に転換したという共通点があります。また、キルギスも2010年以降は議院内閣制に移行しています。ただ、強権的な大統領による長期政権を回避した代償として、これらの国々は、政治が不安定化したり手詰まりになったりするという別の問題に直面しています。

残念ながら、大統領制であると、議院内閣制であるとにかかわりなく、現在のところ旧ソ連諸国で競争的な民主主義が上手く機能している国は、見当たりません。

むろん国民の選択で決まるのが理想ですが、旧ソ連諸国のこうした現実を前提とするならば、今回カザフスタンのナザルバエフ氏が見せた権力継承の道筋は、絶妙です。すぐに引退するのでも、死ぬまで大統領を務めるのでもなく、まずは大統領職から身を引きつつ、実権は保持して、来たる新時代への移行を見届けるというものであり、大向こうを唸らせました。おそらく、プーチン・ロシア大統領やルカシェンコ・ベラルーシ大統領も、自らの身の振り方を決めるに当たって、ナザルバエフ方式を一つの参考にするのではないでしょうか。